じっしつむげん2
「金かー」
進常は神妙な面持ちで目を閉じて考えこんでいた。
そしてなにかを思いついて目を見開く。
「金! 手はある! あまり使いたくはない手だが、可能性が!」
鈴木は文字どおり小躍りして手を叩いた。
「ひゃっほー! さすが進常さん! 将来のベストセラー作家ー!」
「調子いいな」
「で、どんな手なんですか?」
「ま、それはおいおいな……。まずは買い物してわたしんちへ行こう。ここは暑いや」
進常はだいたいにおいて変人だが、意外と頼りになることも多い。
その進常がいうのだからいい手があるのだろう。
鈴木はいくぶん気が休まり、そのおかげで注意力も回復した。
宇宙船内部を見回して言う。
「その前に宇宙船になにか役に立つものが残っていないかあらためてみましょうよ」
「お、鈴木くん冴えてるね」
「メリコちゃん、ほかになにか取り出せるものない?」
「えー、なにかあるかなー。もうなにもないかもー」
メリコは操縦席のなかをごそごそと漁った。そして銀色のパックと筒を取りだす。
「とりあえず、これあった」
鈴木は手のひらサイズのパックを受けとって聞く。
「なにこれ」
「アタシの食料……」
「進常さん、食べてみましょうよ!」
進常は呆れ声をだした。
「ホント好奇心強いなー。わたしは遠慮しとく」
「じゃいってみます」
鈴木はパックの封を開けた。
白いクラッカーのようなものが詰まっている。
それを取りだして口に入れる。咀嚼する。
鈴木はボリボリ噛みながら感想を述べた。
「まっず。不味いなこれは。ボソボソしててちょっとカビくさいし、ほんのりしょっぱいだけだ。これが常食なら地球のメシはさぞかしうまいでしょう……」
「こっちもどうぞ」
メリコが筒を差しだしてくる。
いつのまにか飲み口が開いている。
鈴木はそれもごくごくと飲んでみた。
「うーん、ほとんど水。ちょっと生臭い。ほんのりしょっぱい。不味い。ホントにこれしか食べ物ないの?」
メリコは答えた。
「うん。ずーっとそればっかり。だからみんな食事そんなに好きじゃない。必要だから食べてるだけ」
「そうだろうなー。ほかになにかないの?」
「カンパニースーツとイレイザーの予備はいま身につけてるでしょ。本当にこれだけ」
「ほかに取り出せるものがない……。医療キットみたいなのさえないじゃないですか。スーツと銃の予備があったのが驚きですよ」
進常は納得したように頷いた。
「うんうん、特攻兵だから最低限のものしか与えられてないわけだ。通信機はどうなん?」
メリコは片手をあげた。
「あうとー」
進常は眉間にシワを寄せた。
「あ、そう。もうこの家に思い残すことはないわけだ。移動しよう」
鈴木、進常、メリコの三人は近所のショッピングモールへ向かった。
五階建ての大型店舗で、服飾店、スーパー、電器店など多くのテナントが入っている。
三人そろって整備された歩道を歩く。
メリコのピカピカ輝くスーツはもちろん目立つが、
人々は関わりを持ちたくない様子で避けてくれた。
数分後。
「いい手があるって、宝くじかよ……」
鈴木は渋い顔で口走っていた。
三人はショッピングモールの入り口にある宝くじ売り場に来ていた。
記入用のでっぱりの前で、備えつけのえんぴつを持ち、
数字の書いてあるマークシートを一枚とって、進常が意気込む。
「ただの宝くじじゃない。数字選択式宝くじだ。当たりの数字はこっちで選ぶことができる。それに見ろ」
進常はブースの前に立ててあるノボリを指差した。
そこには『今週、十億円のチャンス!』と大きく書かれていた。
「へ、へへへ、十億ありゃあたいていのことはなんとかなる……」
鈴木は疲れ果てたような声をだした。
「当たればでしょう? こんなのいったい確率どれくらいなんですか」
「バカモノ! そこでわたしの予知能力だ! こっちが数字を選べるんだから予知が使える可能性は高い。抽選は今夜。スピードもある。力を使えばデブるったって、この一回が当たればいいんじゃ! じゃ、いくぞ! むむむむーん……」
進常は唸ってしばし動きを止めたあと、
素早い手つきでマークシートに鉛筆をこすりつけていく。
「よし、これでいい。数字七つ!」
進常はそのマークシートで宝くじを一枚購入した。
鈴木が口を尖らせる。
「そんなので当たったら進常さんあっというまに億万長……」
進常の変化を目にして言葉がつまる。
進常はあきらかに丸みを帯びていた。
「し、進常さん、さっきより丸くなりました。確実に太ってます!」
進常は気迫たっぷりに答えた。
「だろぉ? 代償が支払われたということはつまり、力が発揮されたということだ。当たるんだよ! この紙切れは十億円なんだよ! 今夜には! うぅ……っ!」
進常は突然屈みこんだ。
メリコもしゃがんで手を貸す。
「だいじょうぶ、シンジョー!」
鈴木も進常を助け起こそうとした。
「だいじょうぶですか、進常さん! 救急車呼びますか!」
進常は青い顔で答えた。
「パ、パンツのウエストが苦しい……」
鈴木は怒るか同情するか迷ったが、同情しておくことにした。
「人騒がせだけど、まぁしょうがないか。とつぜん体型が変わっちゃうんだし……」
進常はビッとウエストのボタンを外した。
そうしてもほかの部分がつかえるのでパンツはずり落ちない。
「はぁー、ラクになった。服も買っていくぞ。メリコの分も。今夜はパーティーだ。食べ物も買っていくぞ。十億あるんだからなに買っても問題ない!」
「ぼくにも帽子買ってください!」
「問題ない! いくぞ!」
「なんかわからないけど楽しい感じ!」
メリコも楽しげに両手を広げてぴょんぴょん跳ねた。
「ひゃっほー!」
「うぉー!」
「ひゅーっ!」
三人は浮かれ調子でそのままショッピングモールへ突っこんでいった。
あとには静寂が残る。
宝くじ売り場のおばちゃんは騒がしい客が消えてくれてほっとしているにちがいない。