じっしつむげん1
「おとなしくしててよ」
鈴木はメリコの身体に巻きついたビニール紐を解きはじめた。
進常には背を向けている。
すると背後で進常が吹きだすような音がした。鈴木は振り返る。
「なんですか、進常さん」
進常は笑いをこらえるような神妙な表情で言った。
「鈴木くん、きみ、後頭部ハゲてるぞ?」
「えっ!?」
鈴木は作業を中断して手鏡を取ってきた。
大きな姿見と合わせ鏡をして、みずからの後頭部を確認する。
あった、そこに。
十円玉くらいの円形無毛地帯が。
なめらかな頭皮が見えている。
「え、なんで急に?! なんでハゲ!?」
鈴木の戸惑いを見て進常が爆笑する。
「わはははは! なんで! 急に! なんで! ハゲ! おもろい! あははは! あ、あのさ、わたし思うんだけど、あはははは! び、ビーム使ったから、ハハハ! ハゲちゃったんじゃないの? あははは!」
「なんでビーム使うとハゲちゃうんですか?! カンケーないじゃないですか!」
「あはははは! だって! それくらいしかないじゃん! あははは!」
メリコは腕の戒めを解かれていたので自分で足のビニール紐を外していた。
そうしながらボソリとつぶやく。
「超体の力を行使するには代償が必要……みたいよ」
鈴木と進常の動きが止まった。ふたりそれぞれ口走る。
「ナニソレ……」
鈴木は直感した。
進常も特殊な力を使っている。
このハゲが力を使った代償なのだとしたら、
進常もなにかしらの代償を支払っているにちがいない。
その兆しを探して進常をみつめる。
そして変異にすぐ気づいた。
進常も心当たりがあったらしく、腰をひねりながら自分の身体を点検しはじめた。
「な、なんにも変わってないよねー?」
しかし進常の声には疑惑の震えが混じっていた。
すでにうっすらと変化した自覚はあるらしい。
鈴木にもわかっている。
鈴木は疑いを確信に変えてやった。
「進常さん、丸みを帯びています。明らかに太ってますよ」
「いやぁぁぁーっ!」
進常は血相を変えて走り、鈴木家の体重計に飛び乗った。
ピピピと電子音が鳴り、測定結果を表示する。
固まる進常。
「う、うっそだぁぁぁー?!」
「何キロですか?! 進常さん、何キロ太ったんですか! 正直に教えてください!」
進常は涙目になりながらもごもごと言った。
「じゅっ、十キロ……」
「そ、それはまた一気にデブりましたね……」
「ヤバい、ヤバいわこの力。おいそれとは使えないわ。便利かと思ったけど……」
「体重はまだダイエットできるからいいじゃないですか、ぼくなんかハゲちゃうんですよ! 二度とビーム撃てません!」
「毛だってまた生やせばいいだろ、若いんだし」
「生えてこなかったらどうするんですか! 大惨事じゃないですか! まだ若いのに!」
「わたしだって予知したら太るんだぞ! このボディを維持するのにどれだけ努力してるのか知らないのか!」
「ハゲよりはまだマシです!」
「じゃあデブってみろよ! ハゲでデブの二重苦だぞ! ツライぞ!」
「なんでぼくまでデブらせるんですか、このデブ!」
「まだぽっちゃりでぇーす!」
仲間割れで騒がしくなった空間に、凛とした声が響く。
「できるだけ力を使わない方向で計画立てましょ。こっちにも武器がないわけじゃないし」
スカート付きのメタリックスーツを再び身につけたメリコが言った。
光線銃も腰のホルスターに収まっている。
進常が言う。
「着替えあったんだ。それ目立つからわたしの服貸してもいいけど」
「こっちのほうが涼しいからいい。温度調節機能があるの」
宇宙船が倒れて半壊したこの部屋は、
エアコンも止まっているし屋根が抜けてオープンエアなので蒸し暑くなっていた。
メリコが涼しげな顔をしているので鈴木は腹がたった。
「きみ、暑苦しいカッコで涼しげに言ってくれちゃうけどさ、きみのおかげでぼくんちボロボロだよ、もう暑いどころか寝ることもできないよ。どうしてくれんのさ」
進常があごに手を当てて唸った。
「うーん、ホント家どうしようかね。地球侵略の被害だと思えばまだ軽微だろうけど、その侵略をわたしたちは止めようとしてるんだから、侵略を防げたときには大問題になるな。鈴木くんはしばらくわたしのウチにくればいいとして、せめて修理する金でもあればなー」
「親の遺産で食べてて無職の進常さんでも、そんなお金持ってないですよねー……」
「ちょっとカチンとくる言い方だけど、まあそうだ」
メリコが申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、アタシが騙されていたせいで。なにかできることがあれば遠慮なく言って」
鈴木はひらめいた。
「アレだ! あの宇宙船売りましょう! 隕石だって何百万にもなるんだから、アレなら億いきますよ!」
進常は眉根を寄せる。
「でもアレ売っちゃったら敵のマザーシップへいく方法がなくなっちゃうだろ」
メリコが屈託なく笑う。
「それならどっちみちムリ! 壊れて飛べなくなっちゃってるから!」
「なにぃ!」
進常が続けて聞く。
「マザーシップってやっぱ宇宙にあるんでしょ?」
メリコは頷いた。
「静止軌道上にオプティカルジャマー展開して浮いてる。見えなくなってるよ」
鈴木は素早く頭を回転させて経緯をまとめた。
「ぼくたちは中央宇宙連邦にメリコちゃんの会社の違法行為を通報しなくちゃならない。そのためにはマザーシップの超光速通信機が必要。でも、そのマザーシップは宇宙に浮いてる。ぼくたちにはそこまで行く乗り物すらない。こういうことだよね……」
進常はぽっかり穴のあいた天井を通して空をみあげた。
「問題山積だなぁー」
鈴木は腕組みして言った。
「ぼくたちのことは敵にどれぐらい知られちゃってるんですかね? メリコちゃんは調査が目的の特攻兵だったわけだし、ぼくたちが生きてることは知ってそうだけど」
「ん? そうだな、そうだ。いままでの情報をまとめると、敵はわたしたちが生きてることを知ってるのは間違いない。となれば、新手が来るのも確実だ!」
「新手もきっと宇宙船乗ってやってくるでしょ。その宇宙船を奪うか、メリコちゃんみたいに仲間にできれば!」
メリコも同意した。
「アタシもそれしかないと思ってた!」
進常は胸を張ってどんと叩いた。
「よおし! 方法がないわけじゃないんだ! やるぞ! わたしたちで地球を救う!」
「えー、やっぱぼくたちがやらなきゃだめですかねー」
「決まってるだろ! これは使命だ! ただし力はできるだけ使わない方向で……」
「そうですよね、そこはだいじ……」
「と、なると宇宙船は売れるわけだが、そもそも買い手をどうやって見つけるかだ。やっぱ国か?」
鈴木は心配そうに言った。
「このまま大穴開けたままだと、近所の人が集まってきちゃうかもー。なにかいい手はないですかね。ブルーシートでも買ってくればいいですかね」
メリコが宇宙船へ向かって行った。
「ちょっとまって。なんとかできるかも!」
鈴木と進常もついていって、横になった搭乗口からメリコが機器を操作するのを見守った。
メリコはポンポンと機器をチェックしたあと、声に出して言う。
「オプティカルジャマー、オン」
荒れ放題になった部屋のなかがチカチカ瞬く。
次の瞬間、壁と天井が復活した。
宇宙船も完全には隠れていないが目立たなくなる。
操縦席からメリコがほほえんだ。
「オプティカルジャマー、生きてた」
鈴木が感心してつぶやく。
「ホログラムかー、すごいなー」
よく目を凝らしてみれば、壁のひび割れも見えるし、天井の穴からうっすら空が覗ける。
あくまでごまかしでしかない。
進常は言った。
「いいじゃんこれ。このままなに食わぬ顔して住んじゃえば」
「いやですよ! けっきょくオープンエアなのそのままじゃないですか! 空気の流れ感じるし暑いし雨も降ってくるだろうし!」
「そっかー。じゃ、ふたりともしばらくわたしんちで暮らすか。けっきょく宇宙船売れなくなっちゃったな。少なくとも家の修理を始めるまでは」
「こんな大穴の修理なんていくらかかるんですかー」
鈴木はふたたび泣きそうになる。