大宇宙のルール4
ただのケーキ一切れに対する激しすぎる反応に、鈴木と進常は引いていた。
「なんか壊れちゃいましたよ、あの顔面装置……」
おののく鈴木に対して進常もうなずいた。
「よっぽどうまかったんだな、チーズスフレ。普段ろくなもん食ってないんだろう……」
「もっと! ちょーだいっ!」
メリコは必死の形相で要求した。
メリコはこのとき初めて、バイザーの表示を介さず、生の目でふたりを見た。
艷やかな黒い瞳が驚きに見開かれる。
メリコは震え声で口走った。
「に、にんげん……!?」
ケーキを持ったまま、進常が呆れる。
「わたしたちゃ最初から人間だよ。どこを見てたんだよ」
鈴木が鋭く指摘する。
「あ、もしかして、あのバイザーになにか良からぬしかけがあったんじゃないですか……?」
メリコはわなないた。
「に、にんげんだなんて、そんな、そんな……あわわわわわ……」
進常がスプーンを振って自分に注意を向けた。
「アンタ最初からわたしたち人間に銃を向けてたんだよ。当然のように。それでなにか不都合があったの?」
「だ、だって人型生命だったら後進文明保護条約の対象だし! 撃ったら人殺しになっちゃう!」
「やっぱあのバイザーにしかけがあったのか」
鈴木がなだめるように聞いた。
「君、いままでずっとぼくらがどういうふうに見えてたの?」
「え、なんか粘着質でベタベタドロドロした変な生き物……」
「人型じゃないなら撃ってもいいんだ?」
「うん。人型じゃない場合、コンタクトのあとだいたい戦争になる歴史があったから。遭遇しだい撃つ」
「見た目重視なんて、宇宙って意外とルッキズムなんだな……」
進常が割りこんだ。
「人型じゃなかったら文明があっても無視か。人型生命だったらどうするんだい? 後進文明保護条例では?」
「より穏便なコンタクトをとって、接触した文明が大使を送って……なんか穏やかに仲間にする、はず……だけど……」
「だいたいアンタ地球になにしにきたの?」
メリコは言いよどんだが、口にした。
「え、えっと。非人類型敵性生命をペットのおやつにするための高級タンパク源として有効利用、残存文明資源を接収、弊社の利益とする……」
鈴木は呆れた。
「ひっど! 人型生命でなければ絶滅作戦、それだけでもひどいのに、ホントはルール違反の人間狩りをやらせてたなんて! しかも騙して! ひっど!」
「うぅ……っ」
メリコの倫理観に照らしてみても酷い事実なのか、その目が涙ぐんだ。
進常はチーズスフレをスプーンですくってメリコの口先へ突きだした。
「食え」
メリコはパクっと飛びつく。
「うぅ、おいし! やっぱりおいし!」
「さあ食え、もっと食え」
次々と食べさせながら、進常はため息をつく。
「はぁー、敵対心薄らいだわ。なんか可愛そうじゃないこの子? こんなに若いのに機械で騙して残虐な侵略行為させるなんてさ……」
「おいしっ! おいしっ!」
鈴木は呆れ気味に言う。
「ぼくたちが考えるほどには深刻な心理的ダメージは負ってないようですね。宇宙基準てそんなもんなのかな。もう放します?」
「いや、そのまえに今後のことを聞いておこう。いちおう」
チーズスフレはなくなった。
進常は皿を床に置き、メリコの目を見る。
「メリコ、わたしたちは保護されるべき文明後進人型生命だった。おそらくアンタの会社や上司はもともと知ってて、バイザーでアンタを騙してた。違法行為でわたしたちを資源にしようとしてたわけだ。でもアンタは事実を知った。それで、このあとどうするの?」
「つーほーするっ! 中央宇宙連邦へじかに!」
「アンタの会社や上司を通さずに?」
メリコは困ったような顔をした。
「それはやっぱりムリかな、ハハハ、超光速通信、マザーシップじゃないとできないし……」
「つーほーが届けば、中央宇宙連邦はすぐ手を打ってくれる? 会社より強い?」
「うん! 連邦は会社より強い! こんな重大な違法行為がバレたら、即座に全資産凍結間違いなし!」
メリコみたいな少女を兵隊として使っている組織が、
自分の弱点を正しく教育するとは思えない。
鈴木は割って入って聞いた。
「それは間違いない? どこでそういうことを知ったの?」
「ぎむきょーいく!」
「なるほど。それなら信用できそうかな」
鈴木は進常へ振り向く。
「これはラッキーな仕組みがありましたね。連邦に連絡さえできれば敵は全滅も同然。戦わなくて済みますよ」
進常はあごに指を当てた。
「しかしそのためには敵の本拠に乗りこんで、そこの通信機器を使わなきゃならないのかー」
「それは僕たちにできることじゃないですよー、誰か強い人たちに任せれば……」
「なんかわたしたちがその強い人たちになっちゃってるような気がするなー」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ……」
青ざめる鈴木をおいて、進常はメリコに聞いた。
「なんでわたしたちは特別な力を持ってるの? アンタわたしたちが特別だと知ってて狙ってきたんでしょ?」
メリコはもう隠すこともないといった様子で淀みなくしゃべった。
「超体化すると亜空間にも響く特殊なシグナルを出すようになるから、みつけるのは簡単!」
「んん? ということはわたしたち隠密行動には不向きってことか……」
このままだと戦いの矢面に立つのは自分と進常かもしれない。
嫌な予感に眉をひそめながら鈴木は聞いた。
「超体化って、なに?」
「星間文明が衝突するとき、遅れているほうの星は文明の防衛のため、限られた数人に特別な力を授けることがあるの。しばしばそういうことが起こるわけ。特別な力を授かった個体を超体っていって最優先で排除しなくちゃならないの。宇宙の常識」
「そんな非常識、得意げに言われても」
「そのためにアタシみたいなエリートが切り込み社員になってどんな力を持ってるか調べて即座に排除するの」
進常はなにかを思いついた様子で聞いた。
「その切込み社員ていうのほかに何人もいるの? 聞きたいのはアンタよりもっとベテランの先輩がいるのかってことだけど」
「……」
メリコは口を閉じて考えこんだ。
そしてポツリと漏らす。
「いない……先輩とかって」
「だろうね。切り込み社員てだいたいやられちゃうんじゃないの。だから先輩いない。超体の特別な力を身をもって調査しておしまい」
「うわぁ、この人、捨て駒だったんだぁー……」
鈴木は思わず決定的なひとことを言ってしまう。
メリコはうなだれ、涙声で言う。
「アタシが切り込み社員に選ばれたとき、年上の同僚たち、みんなみんな、エリートだエリートだって祝ってくれたのに……。それが、それが捨て駒だったなんてー! うぅわぁぁぁーん! うわぁぁぁーん!」大号泣。
鈴木は自分と歳が変わらないように見えるメリコが特攻兵らしいとわかると、
あまりの哀れさに同情を禁じ得なかった。
「まったく、聞けば聞くほど聞いちゃおれん……」
進常も頷いた。
「敵は邪悪で残虐非道だってわかったね。社員、ていうか兵隊のほうは悪人じゃないかもしれないけど、騙されてて物事の善し悪しもわからないときたか」
「進常さん、とりあえずこの子、開放してあげましょうよ、哀れすぎて、ぼくもう戦えません」
「そうしよっか。もう暴れるなよ、うまいもの食わせてやっから」
「はいっ!」
メリコは縛られたまま居住まいを正した。