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侵略のポップコーン  作者: 進常椀富
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大宇宙のルール3

「はぁー、とんだ疫病神だよこの子ー」

 鈴木がうなだれる。


 進常はずいっと身を乗りだして、縛りつけられたメリコのあごをつかんだ。顔を上向かせる。

「さあ、聞かせてもらおうかお嬢ちゃん。なんでわたしたちを狙った? いや、なんでかはわかってるか。わたしたちが特別な力を持ってるからだ。なんでわたしたちは特別な力を持っているんだ、知ってるだろう? それとおまえたちの本当の目的はなんだ、正直に言え」

「ぷいっ」

 メリコは眉根を寄せてそっぽを向いた。


 進常は手首をひねってメリコの顔を正面に戻す。

「かわいくねー、おっぱい揉んじゃうぞこのやろう」

「くっ、殺せ!」

「くっころと来ましたか。残念、ぼくたちそんな野蛮じゃないんでーす」

 密かに泣いていた鈴木が涙声でいう。

 確かにいまさらメリコを殺してもなにも解決しないのだった。

 家が壊れた事実はなかったことにはならない。


 天井が抜けて電気配線がちぎれていた。

 そのせいでエアコンは止まっている。

 屋根に大穴も開いているので真夏の空気も入ってきていた。

 部屋のなかはすでに蒸し暑くなり始めている。

 半裸のメリコには快適かもしれない。

 大暴れしたあと半裸で夏を感じる。

 それは爽やかだ。

 健康なら腹が減ってもおかしくないだろう。

 突如、メリコの腹が鳴った。盛大な音をたてて。

 眉根を寄せたままの表情で、メリコの頬が赤くなる。


 進常はなかば感心していた。

「おーおー、この状況で腹が減ったか。すげー図々しさ。こいつは強いよ」

「おなかなんか減ってないもん!」


 鈴木は思いつきを提案した。

「そうだ、まずはアメですよ! 食べ物を恵んでやって懐柔しましょう! ぼく、暴力とかきらいだし」


 メリコは毅然と抗議した。

「イヤ! 原住生物の食べ物なんて汚い!」

「よし、食わせよう」

 進常は決定した。

 鈴木家の冷蔵庫前へ行き、勝手に開ける。

「今日は虫ないの?」

「虫はだめですよ! あったらぼくが食べます、高いんだから」

「そうだよー、高いんだよー、いつも奢ってあげてるけど」

「そ、その節は……、というか迷惑料ですよ。いつも進常さんのつまらない小説読んであげてるんだから」

「だけど、その小説のおかげで今回は助かった。なんつったって予知だからな」

「いや、たしかに予知ではあったけど、あんまり役に立たなかったような。あっ! とこころで進常さん、ぼくの額どうなってます? まだ穴開いてますか?」

 進常は鈴木を一瞥して言った。

「なんにも残ってないね、痕とかは」

「あー、よかったぁー。額に目がついてたりしたら目立って外歩けないですもんねー」


 進常は冷蔵庫から白い箱を取りだした。

「思ってたよりいいもんみつけちゃった」

「あ、それ今夜のお楽しみだったやつ!」

 鈴木の声を無視して進常は中身を確認した。

「報幸堂のチーズスフレかー。野蛮な宇宙人にはちょっともったいないけど、ここは恩を売っておくか。ラッキーだったなメリコ、大人気スイーツが食べられて」

「あああ、僕はこの子に家を壊されたあげく、報幸堂のチーズスフレまで奪われてしまうんだぁあああああ……」


 鈴木の嘆きも意に介さず、進常はケーキを皿に載せ、

 スプーンを手にとってメリコの前へ戻った。


 チーズスフレをひとすくいし、メリコの口へ持っていく。

「はい、あーん」

「……」メリコは唇を固く閉ざした。

「あーんっ! 食ってみろ! おいしいから!」

 進常は容赦なくスフレをメリコの唇に押しつける。

「うぐぐぐ、や、やめ……っ!」

 メリコが文句をいおうとしたので舌がチーズスフレに接触した。

 その瞬間、衝撃を受けたように動きが止まる。

「……」

 メリコは無言となった。

 気が抜けたようになって、ゆっくり口を開けた。


「よし、食え!」

 進常はメリコの口へスフレを押しこんだ。

「……」

 メリコは無表情でスフレを咀嚼しはじめた。


 鈴木と進常が見守るなかで、メリコは地球のチーズスフレを味わった。

「……」

 ほんのひとかけらに過ぎなかったのに、メリコはまだ咀嚼を続けた。

 飲みこむのを惜しむように。

「……」

 メリコは執拗に噛み続けた。

 表情はない。

 味わうことに全神経を集中している者の顔だった。


「な、なんかおかしなことになってませんか……」

 鈴木は心配になってきた。

 進常も眉根を寄せた。

「でも不味いとか毒とかっていう反応じゃないぞこれ……」


 鈴木と進常が不安がちに見守るなか、メリコはやっと咀嚼を止めた。

 喉がこくっと鳴る。

 味わい尽くしたスフレをやっと飲みこんだのだった。

 メリコはまるで悟りを開いたような、安らかな表情になっていた。

 口を開く。

「お……」

 椅子に縛られたまま、のけぞって叫ぶ。

「おぉぉぉおいしぃいいいいいいいいぃぃーっ!」

 メリコの目を覆っていたバイザーにひびが入り、粉々に砕け散った。

 強烈な感情のフィードバックに耐えられなかったにちがいない。そんな感じだった。

 

 メリコの叫びは身体の痙攣まで伴っていた。

 ぴくぴくしながら首を振って訴える。

「おいしい! おいしい! なにこれ! おいしい! もっと! もっとちょうだい! なんでも答えるから! もっと! おいしい!」

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