追放された女王は隣国で愛に染まる
長岡更紗様主催『ワケアリ不惑女の新恋』企画参加作品です。
この企画は不惑に至るまでのヒロインの背景を考えるのが楽しいですね。
今回は追放を絡めてみました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
「女王陛下、貴女を追放いたします……」
「わかりました」
重々しい宰相の一言に、私は静かに頷く。
とうとうこの日が来たのね……。
「……本当によろしいのですか……? 今からならまだ……」
「いいえ。私にできる事はもう何もありません」
私は玉座を立ち上がると、多くの重臣や兵士達の間をゆっくりと歩く。
睨みつけるような強い視線が注がれるのを感じる。
玉座を去る事に寂しさが無い訳ではない。
それでも私は……。
「それでは皆様、ご機嫌よう」
扉が閉まるや否や、玉座の間から勝どきとも怒号とも号泣ともつかない声が響いてくる。
きっとこれがこの国の産声なのね。
私は振り返らず、荷物が積まれた馬車へと向かった。
「……良い風」
村を見渡せる丘の上。
二階の寝室の窓を開けた私の金色の髪を、風が撫でる。
下を見れば美しい花咲く花壇と、実りを待つ小さな畑。
綺麗な湧き水から、村へと細い川が流れている。
追放された女一人の終の住処にしては贅沢な程ね。
「荷物の配置が終わりました」
「ありがとうロペラ」
「勿体ないお言葉」
頭を下げると見事な銀髪が音を立てるよう。
近衛隊長ロペラ・エスパダ。
銀髪碧眼、白磁のような肌に滑らかに高い鼻筋。
演劇の舞台に立ったなら、主役以外は有り得ない美麗さ。
長身で一見華奢と見える細身の身体で、同時に放たれた十本の矢を難なく防ぎ切る超越の剣技。
あぁ、『女王の美しい剣』と称されたロペラとも、これでお別れなのね……。
「……長かったですね」
「……そうね」
「国王陛下と王妃殿下がお隠れになり女王となられた時、私は十五歳。王宮に上がったばかりの若造でした」
「懐かしいわ」
両親が病没し二十歳で国を継いだ私は、右も左も分からず、とにかく国のためにがむしゃらに働いた。
集められるだけの情報をかき集め、時には実際に視察を行い、財政を立て直し、古い法を整備し、新たな産業を起こし、流通や衛生を整えた。
「お陰でクラリティは見違える程の発展を遂げました。国境とはいえ隣国であるこの村にまで、その影響は及ぶ程に。かつては滅びを待つばかりの寒村でしたのに……」
「私だけではないわ。働いてくれた皆のお陰よ」
そう、だから国が整ったところで考えたのは、この国を国民に継がせる事だった。
未婚のまま玉座についた私は、自らの子を持たない。
国のために夫を迎え、子をなす事も考えたけれど、子に恵まれるとも、王に相応しく育つかもわからない。
そこで国民が自ら考え、国民が自ら動く、王を必要としない国を目指す事にした。
「そして国を民に託すために十年間法を整え、教育と意識を高められました。偉大な行いです」
「ふふっ、文字を教わった子ども達から感謝の手紙をもらうなんて思わなかったわ」
「……そして最後には、国民を自立させるために、御身を追放させる、という手段まで取られました……」
「私も悠々自適を楽しみたかったのよ」
これは半分本当で半分嘘だ。
二十年間政務に追われ、ようやく訪れた自分の時間に安らぎを感じている。
それと同時に、慕ってくれていた臣下や国民達から離れる寂しさも感じている。
異国の地で知る人もなくただ一人。
国費から私の生活費を出すわけにもいかなかったから、僅かな宝飾を処分して買ったこの家と、持ち込んだ衣服や生活用品が私の全て。
でも大丈夫。きっとすぐに慣れるだろう。
「ロペラ、ここまで本当にありがとう……」
「勿体ないお言葉、ありがたく存じます」
「今後は共和国となったクラリティのために、その剣を振るってください」
さようなら、ロペラ。
さようなら、クラリティ王国。
「それはできません。私が剣を捧げたのは貴女にであって、クラリティにではありませんので」
え?
「……ロペラ? わかっているとは思いますが、私はもう女王ではありません」
「はい。今私の目の前にいるのは、フローレス・ディ・クラリティという一人の女性です」
「わかっているなら……」
「わかっていらっしゃらないのは貴女の方です」
悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべるロペラ。
何故そんな切なそうな顔を見せるの?
宝石のような蒼い瞳から目が離せない……。
「重ねて申し上げますが、私の剣はフローレス・ディ・クラリティ様、貴女に捧げたのです。『クラリティ王国女王』に剣を捧げたのではありません」
「私、に……?」
女王の地位を降り、歳だけ重ねたこの私に……?
「……この時をずっと、ずっと、二十年待ちました……! 女王の位を降り、一人の女性となった貴女に私の想いを伝えるこの日を……!」
……まさかそんな……。
厳格で礼儀正しく、常に私の剣に徹していたロペラが、私をそんな想いで見つめていたの……!?
「……貴女を、愛しています……!」
「……!」
突然の事に、何が何だかわからない……。
国賓の突然の来訪にも、天災の報告にも、こんなに動揺した事はないかもしれない……。
「貴女に不自由はさせません。クラリティからは貴女を慕う者達から、多くの資金や物資を預かっております。いや、それがなくとも、私が貴女を生涯かけて守ります!」
「ロペラ……」
「どうか貴女の側でこの命尽きるその日まで、お仕えする事をお許しください!」
叫ぶような告白。
私が国を思っていたのと同じ歳月、私へ想いを募らせてくれていたのだろう。
……だからこそ、私は断らなければならない。
「許しません」
「……フローレス様……!」
「夫となる者を使用人のように扱っては、妻としての品位が疑われてしまいますもの」
「……? あっ! そ、それでは……!」
きょとんとした後まるで子どものように顔を輝かせるロペラに、私は女王ではなくフローレスとしての笑顔を向ける。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「……!」
無言で強く抱きしめられ、私はその熱と痛みと逞しさに、孤独への覚悟が解けていくのを感じた……。
「なぁ、あの丘の上に引っ越してきた夫婦、知ってるか?」
「あぁ! 美男美女で上品な!」
「そうそう、どこぞの貴族じゃないかって噂されててよ」
「それなのに気取ったところがなくて、良い人達だよなぁ」
「昨日旦那さんの畑仕事ちょっと手伝ったら、奥さんが昼に俺の分まで弁当作ってくれてさ!」
「へー! 俺も手伝いに行こうかなー」
「あんないい人達、村を挙げて大事にしてやんねぇとな」
「全くだ」
読了ありがとうございます。
ロペラッ! おまえの二十年越しの片恋ッ!
ぼくは敬意を表するッ!
この後フローレスはロペラにめっちゃ溺愛されます。
終わりがないのが『終わり』
それが、『ロペラの愛の超特急』。
なおクラリティ王国改め共和国民の大多数が、フローレスガチ勢です。
フローレスが一言「戻る」と言えば、二時間後には女王の座は完璧に用意されます。
うわっ……。女王の支持率、高すぎ……?
恒例の名前紹介。
フローレス・ディ・クラリティ……ダイヤモンドの品質に関する用語から。
ロペラ・エスパダ……レイピアの語源から。
今後二人は穏やかな村人に囲まれて、幸せな人生を送る事でしょう。
スローライフ万歳!
長岡更紗様、素敵な企画をありがとうございます!