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泉門

「部活に入った後で少しお話して、気づいたんです。ああこの人は他人と自分の間に谷を作ってるなって」


「へえ」


「谷の向こう側からでも手を振ったり会話をする事は出来ます。でもそれだけです。お互いに触れ合う事も内緒話も出来ません」


「うんうん」


「パーソナルスペースは誰にだってあります。その輪に他人が近づいた時、まず中に入れるか入れないかの判断をするのが普通です。でも、先輩は違う」


「成程ね」


 ぶっちゃけると正解だった。俺が他人との付き合いの際に自分の中で決めているこれはバレようが無いと思っていたけど、こうも的確に言い当てられるのは流石にビビる。


「誰にでもそつなく、でも誰にも入れ込まない。意図して築いた平坦な友人関係。そうですよね」


「いや、凄いわ悠木ちゃん。心理学とかそういう感じの話っぽい。……ちなみに、なんでそう思ったの?」


「私も同じだからです」


「……え」


 これまた予想外の返答だった。いつの間にか俺の目に向けられた強い目線。さっきよりも更に強まっている気がしていて、なぜか目が離せない。


「本当に同じなんです。私を外向的でコミュニケーションに積極的な後輩だとか思ってたりしてました?であれば全然違います。私がしているのは皆と仲良く、ただそれだけです」


 重みの無い、冗談のように聞こえる声だった。でも悠木ちゃんの言ってる事が本当だという事は理解出来る。


「だから漫研に入部したんです。同級生が全然居ないあそこならクラスの皆とフラットな付き合いが維持出来るから。先輩も同じですよね?」


 否定出来ない。図星だった。


「先輩が私と同じな事に気づいた時は嬉しかったんです。部活を辞めれば消えてしまうような薄い関係を、お互いが維持しようとしてる感覚が心地好かった。そして今度は」


 言葉を挟む事は出来なかった。有無を言わさない圧力のようなモノを感じていた。


 そしていつも彼女が浮かべている何かを演じているかのような薄い笑みは、そこには無い。


「そんな先輩となら、他人との触れ合いにどこまでも繊細になれる先輩となら……私でも誰かと深い関係になれるかもしれない。そう感じたんです。悩みました、何度も躊躇いました。でもやっと、言えました」


 一息でそこまで言い終わり、悠木ちゃんの告白は終わった。それと同時に俺は未だに動かない彼女の目線を避ける為に横を向いてしまっていた。


 正直、どう答えれば分からない。初めて会った自分と同じ何かを抱えている異性。俺が作った境界線を強引に跨いできた彼女に自分は何を感じているのか、俺自身が分からない。


 ただ、少しだけ。少しだけこの機会を逃したくないと。今まで掴みどころの無い後輩としか思っていなかった悠木ちゃんに、俺は興味を持っている。それぐらいしか分からない。


 そのの心情を伝える為に、再び顔を悠木ちゃんの方へ向き合わせる。


「……悠木ちゃん。俺はまだ自分が悠木ちゃんを――」


 言葉が止まる。気づけば目の前に悠木ちゃんの声があって。


 唇に冷たい、それでいて柔らかい感触が一瞬だけ触れた。


「……今は答えて貰わなくても良いです。返事はいくらでも待ちます。その間で先輩にも私と同じ気持ちになって貰えるように頑張りますから」


 あまりにも突然の出来事に俺が唖然としていると、悠木ちゃんは既にベンチから立ち上がっていた。


「あと」


 そして、最後に一言。


「冗談じゃ、ないです」


 それだけを言い残して、急ぎ足でこの場所から去っていった。去り際に見えた悠木ちゃんの耳は赤くなっていた。というか俺も多分赤い。


「……どうしよう」


 とりあえず、今まで握りしめていた缶を横に置いた。





 ☆




 中学二年の時、当時の友人関係の間でちょっとした問題があった。俺が他人との付き合い方を変え始めたのはこれが原因で、変化の区切り自体は高校入学が契機だ。


 今思えばその問題自体は別に大したことじゃない。だれもが思春期の中で経験するようなありふれた失敗の一つなんだろう。ただ俺はそれ以来人付き合いの嫌な面ばかりを見てしまうようになった。


 だからこそ、薄く広く。話す話題とレスポンスは当たり障りなく。言葉から自分の本心を切り離して。


 試しにそんな感じの人付き合いを心がけてみると、これが中々ラクだった。明日には無くなってるかもしれない、そして無くなってしまったとしても大したダメージを受けない。そんな繋がりが心地良かった。


 だからこそ、悠木ちゃんの告白に悩む必要なんてない筈だった。


「結局俺も、突っ込んだ人付き合いに飢えてるんだな……」


 自販機に硬貨を入れながらも、頭の中にあるのは悠木ちゃんの事ばかりだった。寝ても起きても授業中も昨日の出来事を忘れる事が出来ない。無意識に唇を気にしていたのか乾燥してるのかと友人連中に突っ込まれた事もあった。


「現状に満足してるならそもそも悩まないよな」


 満足しているなら即答で断れただろう。俺は今の自分に心の底から納得出来ていない。そして恐らくそれは悠木ちゃんも同じ。俺と同じような生き方に満足していない、だから同類に興味を持った。


 要は傷の舐め合い。そう考えるとあの時の悠木ちゃんの一変した雰囲気も理解出来る。


「何があったんだよ……」


 多分、悠木ちゃんも今みたいな生き方になった理由がある。そしてその理由は俺のモノとは比べ物にならない筈だ。


 普段の様子を見ていても彼女は俺なんかよりもよっぽど上手く自分の生き方に沿って他人と接している。それはつまり、そこまでして他人と明確な一線を設けたい()()があったって事だ。


「……あれ?」


 自販機のボタンを押した後に取り出し口を見るとそこにはミックスジュースがあった。カフェオレを選んだつもりが考え込みすぎて無意識に別のボタンを押してしまったらしい。


「まあ中島さんにあげるか」


 今度こそカフェオレを買って俺は自販機を後にした。これから部活だから丁度良い。


「てかそうか、今日は中島さんと二人きりか」


 今日は部活を休むと悠木ちゃんから連絡があった。告白された手前顔を合わせるのが気まずいとは思っていたけどそれはあっちも同じらしい。考える時間をくれたという事かもしれない。


 だけど今は、とりあえず現実逃避がしたかった。


「漫画読もう」


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