中川の正体
「ほんで、黒犬のカードを配ってた男、やけど」
結月薫は、日本酒とワインを混ぜた酒に
日本酒を足して
美味そうに飲む。
「何か、分かったのか?」
聖の頭から<中川>が一旦消えた。
「わかったような、わからんような」
思わせぶりな返事。
「なんだ、それ、」
気になっているんだから早く教えてよ。
言いかけたら、
鈴子が
「刑事はん。やっぱりな。そういう事やってんな」
と。
薫は鈴子に目配せしてニヤリ。
「そういう事、以外に考えられんと、社長も薄々思ってはったか」
薫と鈴子は息を合わせたように……
アハ、と短く笑う。
聖だけが
同調の輪から外れてる。
(そういう事って、どういう事?)
ポカンとしている聖に、
「セイ、吊り橋ワイヤー事件は、知ってるな?」
と、薫が聞く。
知ってるかって?
当たり前でしょ。
家ん中に、生首転がってたんだ。
通報者だし。メッチャ当事者でしょ、俺。
「実行犯の中学生3人が、コンビニ駐車場で、『謎の男』にあった時刻、聞き込みの結果、見知らぬ客は居なかった。常連、(コンビニスタッフが知っている顔)しか見なかったんやで」
知ってる、って。
俺が念押しに調査に行ったんじゃないか。
「セイ、スタッフの記憶に誤りが無ければ、……犯人は常連の中に、おる事になるやんか」
「だけど、その線は有り得ないんだろう?」
常連客の誰かが
悪質な嫌がらせを思いつき、
ワイヤーを手に入れたとしても、
素性を知られている場所は避ける、と誰もが思う。
犯人は他所から、来たのだと。
都会から人里離れた山に、死体を捨てに来るように。
「有り得ないを、隠れ蓑にした奴がおったかも。犯人は、日常の行動エリアでワイヤーを渡すターゲットを物色していた。あの日、偶然、使えそうな中学生を見つけた」
長い立ち話では無かったなら、
自転車置き場の片隅の薄暗い場所。
誰かの視界にはいったかも知れないが
目を留める光景では無かった。
自転車の側に
中学生と、知っている男が立っていただけの光景。
「セイ、該当時間前後にコンビニを訪れた常連客の中には……中川も、おったんやで」
「中川……、も?」
さっきから
薫は<中川>と言っている。
中川さん、と言ってない。
中川が犯人?
いや、それは違うだろう。
中川は山田霊園に入る橋でワイヤーに気付き
中学生らを発見し、通報したのだ。
「そうやで。実行犯を目撃通報した男が、『謎の男』と同一人物では無いと思うやろ。それも隠れ蓑や。カラクリやったんや」
中学生3人は、コンビニ駐車場の薄暗い場所で見た男と
山田動物霊園から下ってきた車に乗っていた男が、
自分たちを見咎めて車を降り、叫んだ男が
背格好が似ていたとしても
同じ男で有る筈がないと、
思い込んだので無かったか?
誰もが、中川のトリックに引っかかった、と。
刑事は言い切った。
「ホントに……中川さん、だったのか」
聖は突きつけられた事実に頭が付いていかない。
「なあ、冷静に考えて見たら、他におらんやろ?
南マコトも、例の詩人も、ここに、この山に来たんや。
偶然2人に遭遇が可能なのはセイと中川だけや。
すぐに打ち解ける話術とオーラを備えた男、となれば、中川で決まりやろ」
「カオル、例の詩人って、あの人も、もしかして」
<黒犬>のカードを持っていたのか?
「そうや。3件の無差別殺人犯には共通点があった。
犯罪直前に神流剥製工房付近を訪れ、同じ黒い名刺を所持していた。
それぞれの犯行に強い影響を与えた人物、主犯の第一容疑者は中川やってん」
警察はワイヤー事件直後から
中川をマークしていた。
聖に中川とコンビニで聞き込みをするよう、仕向けたのは……
「俺に中川さんを見張らせたのか……でも、あっさり自殺しちゃった」
「自殺の前触れというか、直前に変わった様子は無かったんですか?」
薫は黙ってワインを飲んでいる鈴子に聞いた。
「ありましたよ。あれは……無断欠勤の2日か3日前や。多分最後に会った時やったわ」
「やっぱり、前兆はあったんや」
凄く嬉しそうな薫。
早く話してと身を乗り出している。
「刑事はん。話しますけど、オフレコでお願いします。
公にされたら私まで霊感なんとかって、けったいな名前付けられますやん」
「けったいな、って(俺より強烈な霊体質のくせに)」
聖は思わず呟いた。
2人の耳には入らなかったようだが。
「もちろん。ここだけの話ですやん。社長、まあ飲んで」
薫は鈴子のグラスに日本酒を注いだ。