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パラダイス

「セイ、霊園に来た時点では自殺する理由も意志も無かったって事よね?」

「まだ死ぬ運命では無いから、影は無かったのかな」

「突発的な自殺?……元々の病なら、いつか起こりうる運命。山田社長は死の影を見る。これは運命に逆らう外的な働きかけ?……薬物でも飲まされて頭が変になったのかしら。……でも、」

 男が、何度もエスカレーターを上り下りする動画は公表されている。

 挙動不審ではあるが

 平常心を無くし、頭がぶっ壊れている顔つきでは無い。


「同じモノが関わっている、かも」

 マユは、

この男も<黒犬>のカードを持っているのでは?

と、心配げに言った。


「新宿の事件では、誰かに名刺を貰って、人殺しになったのよね。被害者の一人は無差別殺人。中学生は名刺とお金をもらって無差別殺人の罠を張った。……今度もエスカレーターを使っての道連れ自殺。無差別殺人でもあるわ。……同じモノに会ったのかな。この近くで」

「モノ? コンビニの男、だろ。俺が捜している」


「中学生が、お金に釣られ、事の重大さが解らず罪を犯した、これはありそうな事よね。異様な感じはしないわ。だけどね、大人の男に人殺しを……実際どうやって洗脳出来たのかと……」

「南マコトは自分の子に殺意はなかった。だけど、もし居なくなれば全ての問題が解決する状況だった。男は、そこを突いたのかも」

 簡単に解決しましょうよ。

 貴方はもう重荷を背負わなくていい。

 きっと成功します。

 ほんの少しの勇気です。

 お守りを上げましょう。

 特別な(悪の)力を与えてくれるでしょう。


「エスカレーターで死んだ人も、山田動物霊園に来たあとに同じように洗脳されて自殺した可能性があるのよね」

「死ぬ気の無い奴を、自殺させるんだ。洗脳以上か。催眠術かも」

 催眠術、強い暗示。

 たとえば特定のモノを口に出来なくなるよう、

 エスカレーターに乗ったら死にたくなるように

 催眠術をかけられた?


「耳元で優しく囁いてコントロールしたんだ。……殺してしまいましょう……死んでしまいましょう……」

「悪魔のささやきね」

「そうだよ。悪魔のようにね。地獄に誘った」


「悪魔のように……『師』に会ったと新宿事件の犯人は言っていたわね。偶然であった男を『師』と呼び、洗脳されて人殺しになった」

 <剥製屋には会わなかった。

薄々運命に導かれているとは感じていた。

師が橋の上で待っておられた>


  南マコトが残した言葉だ。


  出会いの最初はどうだっただろう。

男が声を掛けたのか?

    どちらへ行かれます? 

    見慣れないかたですね

    ちょっと道を教えてくれませんか?

 

会話のきっかけは月並みな言葉。

で、

それから?


「よっぽど第一印象感じが良くて話が巧い奴だろうな。……初めて会って色々話して、最後に名刺を渡して終了」

 (悪魔のような心を持つ男が、邪悪な念を込めて奇妙な名刺を作り、

言葉巧みにそそのかした。

洗脳に使うアイテム

いかさま師の小道具)


「マユの推理に間違いは無いと思う」


「間違っているかもしれないわ」

「どこが?」


「もし今度の道連れ自殺にも、絡んでいるとしたらね」

 洗脳でも催眠術でも

 短い時間では不可能。

 接触し

 打ち解けて

 信頼し

 身の上話に行き着いて……。

「霊園を出た後に大きく運命が変わり、4日後に自殺した。……帰り道に、この山で、何かに出会った。……それは人間では無いかもしれない」

 マユの言葉に

 聖は、そう驚かない。

 

 <黒犬>

 の名刺の文字が

<黒山羊>に

変わっているのを知ったときから

ヒトではない邪悪なモノが関わっている予感はあった。


 マユの言う通り

 この山で……出会ったなら、始まりは只の通りすがり。

 生身の人間が、見ず知らずの他者と

 洗脳、催眠術可能なほど一気に距離を縮める、

 シーンが想像出来ない

 有り得ない、と思う。

 

「人間では無いかもしれない。……だけど今のところは中学生達がコンビニで会った男を捜すしか無い」


聖はコンビニに通った。

だが有益な情報は得られない。

2週間過ぎ

クリスマスが近い。

ワイヤー事件は世間から忘れ去られていく。

結月薫から連絡は無い。

なぜかぷっつりと

何も聞いてこない。

エスカレーターで死んだ男については

意外な出来事が

ちょっとした記事になっていた。


自費出版の詩集が売り切れ

大手出版社が著作権を得て

立派な装丁の本が出るという。


「好奇心で買うのかしら」

マユは、ため息を付いた。

「だろうね。そして平凡なつまらない詩なら、まだ良かったんだけどね」

「素晴らしい詩集だったのね……それは悪い事では無いでしょう?」


「俺は読んでないんだけど、コメント見るとね」


タイトルは<パラダイス>

綺麗

柔らか

優しい

癒やされる

 ……この美しい世界から出たくない

 

「天国体験、ってコメントもある」

「天国?」

「そう。詩を書いた時は自殺の意志はなかったとしよう。詩人はこの世界の美しさを綴ったのかも知れないが、読む側は遺書と受け取る。自殺予定の頭が描く未来、死後の世界の賛美だと」


「それ、良くないわね」

「そうだろう」

「自殺願望のある人が読んだら、引き込まれそうじゃない」

「もう、引き込まれているみたいだ」


(友達が自殺しました。詩集「パラダイス」を胸に抱いて。安らかな顔でした)


「パラダイス」で検索すれば、こんなツイートも出てくるのだ。


「この人は死後も、自殺の道連れを増やしていくのね」

「短い流行で終わって欲しいけど」


「セイ、明日もコンビニに行くの?」

「……もう終わりにしようと、今日中川さんか電話があった」

「中川さんも何も得られなかったのね」

「うん。これ以上あの人に迷惑掛けられない」

「カオルさんは? 最近来ないのね」

「なんでだか、音沙汰無しだよ。こっちから連絡しにくい。どんな仕事抱えているか解らないし。頼まれた調査は何の役にも立たなかった。報告する事は無いんだ」


「セイ、疲れた顔だわ。大丈夫?」

「さすがに滅入っているけどね。明日中川さんに会うんだ。あの人と話をしたら気分が、少しは晴れるよ。だからマユ、心配しなくていいよ」


聖の本心は(少し気分が晴れる)程度では無かった。

中川に会いたいと切望していた。

落ち着いた佇まいと

いかなる時も温厚な態度。

慕い、懐いている自分を感じた。

……親父のように?

……全然、似てないよな。

亡き父は自分にそっくり。

長身で痩せていて細面。

中川はがっしりした体つき。

……顔も、似てないよな。

頭に中川の顔を、

描こうとして

……あれ?

中川の顔が思い浮かばない。

……なんで?


そっか。

俺って、あの人の雰囲気は掴んでるのに

顔面、ちゃんと見てないかも。


聖は自分が雑いだけだと、思った。



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