聴取してみた
「あ、カオルからラインです。中学生達がコンビニで男に会ったのは、
11月15日の午後5時、ワイヤーを張った前日、と」
聖は、並んで歩く中川に報告した。
「ほう。そうですか。まるで刑事さんに、私たちの行動が見えているみたいじゃないですか」
面白げに言う。
「俺たちを尾行しているとかね、」
聖はコンビニの駐車場を振り返ってみた。
辺りは暮れかかっている。
店内からの明かりで、かろうじて駐車場は見渡せた。
もちろん、結月薫の姿はない。
二人が乗ってきた聖の愛車超旧型ロッキーと
黒い軽自動車
<りんどうケアハウス>のワゴン車
ピザ宅配バイク
自転車3台。
軽トラック1台。
「黒いのは店長の車ですよ。自転車はスタッフのじゃないかな」
と、中川がさらりと言う。
「よく、ご存じですね。さすが調査のプロですね」
聖は、誰が店長なんだか、知らない。
10年近く利用しているというのに。
「で? おれたちは何を調べるんですか?」
警察が調べ尽くした後に
出来ることはあるのか?
中川は(5時15分、ちょうどいい時間か)と呟く。
「店から出てくる客に、何か見なかったか聞いてみましょう」
平日は常連客が多い。
地元民か、
或いは仕事で此処を通るドライバーが移動途中に立ち寄る。
「と言うことは毎日同じような時間帯に来ているのか」
駐車場でおこった出来事を目撃しているかも知れないのだ。
(問題の男について
中学生達からは服装さえも聴取出来なかった。
対応した者は亡くなり、残る二人は<男>だという以外の
特徴は記憶にない。ちらっと見ただけだから、と言う。
これでは目撃情報を募るポスターは作れなかった)
最初に水色のジャージを来た
若い男と、40代位の女が出てきて
<りんどうケアハウス>のワゴン車に乗り込もうとする。
「ちょっと、いいですか」
中川が話しかける。
話しかけられた2人が、あっ、と
顔なじみに向ける笑顔で応じた。
「ご存じでしょう。ワイヤーで首切断事件……この駐車場で中学生がね、」
事件のあらましを語り、<怪しい男>を見なかったかと聞いている。
2人は中川の隣に黙って突っ立っている聖を
汚れた白衣のポケットに両手を突っ込んでいる
長身で 細面で切れ長の目、美形の男を
ちらちら見ながら答える。
「ここで3人の中学生は……何回も見たな。いっつも3人。同じ中学生やったんちゃうかな」
若い男が言う。
「中学生の子やろ。学校から遠いからな、僕らだけ特別に自転車通学やと言うてたよ。
肉まん、よお買ってたわ。この近所の子やろ」
40台の女はこう言った。
そして
見知らぬ男と、見知っていた中学生3人が駐車場で話すのは見ていない。
と答えた。
<ピザ宅配バイク>の若い男は
週3回、この時間にコンビニに立ち寄っていると言う。
「この先の精神病院からの注文ですわ。トイレ休憩に、ここしかないから毎回使ってます。事件は知ってます。中学生男3人、何回も見てますよ、アイツラやと思いましたよ。他に中坊見た事ないからね……此処はこの時間決まった客しか来てないでしょう?……霊園の中川さん……ほんで白衣の……剥製屋さんですよね」
中川にも聖にも見覚えが有ると言う口ぶり。
聖は記憶に無いが
考えてみれば、現時刻に来た頻度は低くは無い。
「自分はね、9時から17時までの勤務時間です。で、帰宅途中に寄ることが多いです。事務所に泊まる時に夜食を買いに来ることも……どっちも今くらいの時間ですね」
中川がさりげなく説明する。
話している間に
スキンヘッドでイカツイ体格の老人が
店から出て軽トラックに……。
「コウモリさん」
と中川が呼びかける。
老人は中川を見、
続けて隣の聖を見た。
「やあ、中川さんやんか。……そっちは……剥製屋の三代目か?」
と。
「はい……神流聖です。神流剥製工房、やってます」
聖は反射的に言葉を返した。
「やっぱりな。二代目に似てるやんか。きっと、剥製屋の三代目と思ってた」
見知らぬ老人は嬉しそうだ。
「ワシはな、酒屋のばあさんも、よお知ってるねん。隣の組やで。この裏一面柿作ってる」
アンタの事は知っている。
このコンビニでずっと、見てきた。
剥製屋の跡取りやと知っている。
話が出来て嬉しい。
老人は目を潤ませて一気に喋る。
「剥製屋は一代目も二代目も、背の高い男前やった。アンタも血を引いてるな……あんな、一代目はここらの有名人やってんで、」
「コウモリさん、橋に中学生がワイヤーを掛けた事件、神流剥製工房前の橋で一人死にましたよね。……中学生達と接触した男、心当たり無いですか?」
長引きそうな<思いで語り>を、中川が遮った。
「やらしい事件やな。そんで中川さんと調べてくれてるんやな。……あの子ら3人はワシの村の子や。セイヤ君が頭の血管切れて死んだのはショックやで。しやけど警察にも何回も言うたけど、例の男と喋ったのはセイヤ君、だけやねん。……ワシの孫もハルキ君も見てない。セイヤ君に頼まれてワイヤー張るのを手伝っただけや」
老人<コウモリ>は
中川の腕を掴み
とても
重大な事のように話を続けた。
「孫はな、金なんか、いらんかってん。充分小遣いやってるからな。ハルキもそうや。地主の跡取りやからな。……セイヤは去年、リサイクル工場の寮にきた余所者や」
「アノ老人、コウモリ、幸せの森って字です。知っているでしょう?」
中川に言われ
コウモリ、でピンと来なかったが
<幸森>には覚えがあった。
「県会議員いますよね、医療法人幸森会も一族かな」
「ここらの有力者のなんでしょう? 私より神流さんの方がご存じでしょう。孫が事件当事者中学生の1人みたいですね……何が何でも、たまたま死んだセイヤ君1人に、罪を被せるんじゃないかと。今思いましたけどね」
「……そうかも、ですね」
聖は
中川が幸森の孫が今回の事件に絡んでいると知っていたのではないかと疑った。
幸森と知らぬ仲では無さそうに見えたから。
事実解明に土地の有力者のフィルターがかかると知っていて
(私には手に負えない案件)と最初に言ったのか。
「神流さん、今日みたいに私は出来る限り、この時間帯に情報徴収しますよ。考えても他に私に役に立てる事は無さそうです。……霊園の仕事は17時までです。その後に毎日通います。ほぼ常連客ならば、見知らぬ男の目撃情報は常連客から得るしか無いでしょう」
「そんな面倒臭いこと、中川さん一人にさせられないですよ。俺がカオルから請け負ったんで、アドバイス貰っただけで充分ですよ」
聖はこのコンビニで聞き込みをやると心を決めた。
やり方は中川が見せてくれた。
<名刺の男>が現れた時間帯に、店に来た客に
片っ端から聴取すればいいのだ。
中学生に声を掛ける男を見なかったかと。
「では分担しましょうか」
中川は週半分づつ調査しようと提案した。
「月水金が中川さん、火木土がセイ。中学生3人が、<名刺の男>とあった時間帯にコンビニに行く事に決まったのね……」
聖の報告に
マユは
何か考え込んでいた。
「カオルに調べて欲しいと頼まれたんだ。何をどう調べるか中川さんに教えて貰った結果だよ」
「<名刺の男>は活動停止しているのかしら?……なんで、こんな山の中のコンビニが拠点なんだろう?」
マユは<名刺の男>のせいで、
どこかで起こっている無差別殺傷事件がなければいいがと、
言った。
「無差別殺傷……だよね」
聖は検索してみる。
すると、
愛知県でネイルガンを使った事件がヒットした。
被害者は猫だった。
野良猫がネイルガンで……首に釘を打たれ公園で死んでいた。
次に
大阪市内でコインランドリー駐車場入り口に
ワイヤーが張られ、原付バイクで訪れた客が転倒重傷の事故がヒットした。
「セイ、これ、模倣だったら怖いね」
「ネイルガン、ワイヤー……簡単に生物を殺せる方法を模倣した、と?」
「……気味悪いね」
「実例が無いと思いつかない凶器を……事件報道が宣伝しちゃっているかも」
「セイ、ねえ、そこ……見せて。エスカレーターで3人死亡、それよ」
大阪駅近くの商業ビル、登りエスカレーターで40代男性が転倒。突然後ろ向きに倒れた。背後の客は投げ倒しになり、倒れた男と、巻き添えの70代女性、4才女児が圧死。
「最悪。メチャ死んだ人、運悪い」
「ホントに、そうね」
「マジでさあ、人間なんで死んじゃうか、わかんないよな」
「……そうみたいね。ネイルガンやワイヤーを使った事故があったとしても……事故で死んじゃう多くの人の中の、一握りに過ぎない、のよね」
マユは大きな心配をはき出すように
おおきなため息をついた。
直後に
聖の携帯に山田鈴子から電話が来た。
こんな夜更けに……。
「にいちゃん、遅くにゴメン。今ニュース見て、ぞっとしてな。兄ちゃんにしか聞いて貰えない……話やねん」
聖は
鈴子が自分にしか話せないのは
誰かに死の影を見た、それしか無いと理解した。
「ニュース見てましたよ……どれですか?」
「エスカレーターの事故や。3人死んだやつ。転倒した男な、チワワ持って先週、霊園にきたんや。うちが受け付けたから、よく覚えてる。背が高い体格のいい…太った大男や。間違い無い……4日前やで。1時間相手した。そんでも死の影は無かった、全然見なかってん。……それが、死んでるやん。わけわからん」