王妃の気品
(そう……。申し訳ないけれど、あれは本当に不味かった!)
(ボイルした野菜をお湯に浸したかのような味の無さ。あれで味付けされているなんて、塩分過多の日本人には分からないわよ)
口の中は甘いが、思い出した記憶は苦々しい。
人類、そして文明の発展というものは得てして残酷だった。
自分が〝ルシア・ウガルテ〟という村娘に転生したことを思い出した後は大変だった。
今までの食事が口に合わなくなり、食が細くなってしまったことで、村のみんなからは未だ体が本調子ではないんじゃないかと心配をされてしまった。
(元気になるように祈祷師を呼ぼうとした時はさすがに焦ったわ……。どんなものかちょっと見たかったけれど)
前世のジェネレーションギャップだけでも大変だったのに、異世界との文明格差なんて思いつくだけでお腹いっぱいになっていった。
前世では当たり前に食べてきたお菓子――主に砂糖は高級品で、とてもじゃないが平民には手が出せない。肉類はあるけれど、貴族たちの食べ物という認識が強い。
無論、ゲームやアニメに漫画は存在しない。小説は紙を使っているから高級品に該当している。
(それに紅茶も高級品だし、ハーブティーなんて存在するかどうかも分からない!)
前世は文字通り、朝から晩まで仕事に明け暮れていたルシア。休日にはゲームや漫画などでストレス解消をしていたが、連日勤務になる平日はそうもいかない。
だからルシアは、美味しい食事やお茶で自分にご褒美をあげて自分を労わっていたのだ。
そのふたつが今は雲の上同然の存在になり、平民のルシアには手が届かない。
叶えるためには、どうしてもお金が足りなかった。
「うふふ。干しブドウがお気に召したのね」
はっ、とルシアは我に返った。
恐る恐る手元を見れば、たくさんあったはずの干しブドウが見る影もない。
ルシアがひとりで食べきってしまったことは言うまでもない事実だった。
「ごめんなさい。つい……」
「いいえ。むしろよかったわ。私は朝に食べ過ぎてしまってね。よければ私の分を食べてもらえると助かるわ」
言いながら王妃は傍らに立っていた執事に目配せをする。
執事はサッと、王妃の前にあった干しブドウ入りの器を手に取ると、ルシアの前にそっと置いた。
(これが王族の気品ってものかしら。すっごくスマートな対応……)
ルシアの行いは、明らかなマナー違反。だが王妃は特に気にする様子を見せず、扇子で口元を隠しながらクスクスと笑っていた。
前世でも王妃のような人間は見たことがなかった。高貴なオーラにあてられたルシアは、呆けた表情をしながら、新たにやってきた干しブドウに手を伸ばした。
「先ほどの謁見では、ごめんなさいね。側妃の言葉で不快な思いをしたでしょう。機嫌が直ってくれたようでよかったわ」
にこりと微笑を浮かべる王妃に、ルシアは「はは……」と苦笑しながら紅茶に口をつけた。
(笑っているのに怖いわぁ)
シワがありながらも美しい王妃の顔には、笑みは笑みでも黒い笑みが浮かんでいる。
それだけでふたりの関係性が見えてくるようだ。
ルシアは謁見の間であったことを思い返した。