共感と理解、そして〇〇があったなら…
(色々言っているけど、要は「年上を敬え」「女が調子に乗るな」の二点よね)
(っていうか、これからクライアントの打ち合わせなんだけど、私が外出するって分かっていて話しかけているわよね?)
唾を飛ばしながら熱く語るおじさん社員に対して、彼女は営業の資料などが入ったカバンをぷらぷらと揺らしながら仕事があることをやんわりアピールする。
もはや解釈違いのコミュニケーションだ。
ちなみに、こういうジェネレーションギャップを社内からなくすことはほぼ不可能であることを彼女は理解していた。
それは世代による独自の文化や思想とも言えるものだし、どっちが良くて悪いというものでもない。
漫画で言うなら恋が始まる音がいい例だろう。彼女はドキッやキュンを連想するが、最近ではトゥンクという言葉が目立ってきている。
みんな違う。だから大切なのは互いに理解して歩み寄ることだろう。
たとえ受け入れられなくても、知っているのと知らないのとでは大違いだろう。
さらに余談だが、海外の人に「お風呂どうぞ」と言うと、嫌な顔をされるケースがある。
全人類が風呂好きなわけではない。ただの身繕いの場と思う人もいれば、汚いから入る人もいるのだ。
そんなギャップを知っているからこそ、彼女はおじさん社員の長話に付き合っているところもあった。
でも、さすがに時間と我慢の限界だった。
呆れてため息をついたのが悪かったのか。
それとも、たった一言「上司には敬語を使いなさい」と命令口調で叱ってしまったのが悪かったのか。今となっては確かめようがない。
おじさん社員は顔を真っ赤にして――
「小娘が調子に乗るな!」
彼女の肩をドン、と押した。
「あっ」
ふたりが声をあげたのは同時だった。
ふたりがいたのは階段の踊り場だった。
彼女は手にしたカバンを握りしめたまま動けなくなった。
襲いくる浮遊感。時間がゆっくり流れる感覚。叫び声。後頭部と背中を打ちつけた痛み。
それははしごから落下したときと全く同じ感覚だった。
やがて彼女の視界は暗転した。
ルシアは夢から目を覚ました。日はすっかり傾いていた。
ベッドの傍らにはルカともうひとり、幼馴染であり商人の息子であるテオがいた。
平気そうに微笑むルシアの姿を見るやいなや、ふたりは堰を切ったようにルシアを叱りつけてきた。
寝起きではっきりしない頭に大音量。だけど、涙交じりに叫ぶふたりが、自分のことをとても心配していることだけは理解できた。
(感傷に浸らせてくれそうにないわね)
彼女――前世のルシアは若くして亡くなってしまった。その原因となった男の顔は、未だ脳裏に焼き付いている。
(でも今は、ふたりがいる。ウガルテ村のみんながいる)
それは仕事に明け暮れていた彼女が忘れていた温もりでもあった。
ルカとテオの大声を聞きつけた村のみんなが、家の中に入ってきたり窓から覗き込んできたりと、辺りは騒然としてしまう。
遅れて、ルカの祖父でもある村長が野菜スープを持ってやってくる。
村長曰く、ルシアが意識を失ってから丸一日が経っていたのだという。
ちなみにその時のスープは、前世のものと比べてひどく不味かった。