ウガルテ村のルシア
(それにしてもあの使者っ。明らかにウガルテ村の人口よりも多い騎士たちを連れてきてたし)
(私の護衛とか言って、あんなの脅しでしょう! 守られる前に、拒否したら何されるか分かったものじゃなかったっての)
眉間に皺が寄る。体の前で重ねられた手には力が入り、指先は真っ白になっていた。
ウガルテ村とは、王都から少し離れたところにある小さな農村である。
森を切り開いてできた村には仕立て屋どころか診療所もない。あるものといえば、気のいい村人たち数十人と危険な魔獣くらいだ。
そのため、村の外から人が来ることはほとんどない。来たとしても、それは定期的に王都から行商に来てくれる顔見知りの商人たちくらいだ。
そんな土地で生まれ育ったルシアが、急な呼び出しで謁見の準備ができないのは仕方のないことである。
だからと言って、礼儀を欠いていいことにはならない。
ルシアは手持ちで一番きれいな服――一張羅を引っ張り出して、母がくれた金と銀でできた花の装飾が美しいペンダントを身に付けて王族の前に出てきていた。
――この花はね、プリマヴェーラ様が愛した花を元に作られたのですって。可愛らしいでしょう?
母は亡くなる前に、そう教えてくれた。
そんな形見ペンダントは今、ルシアの首には下がっていない。
今は王妃の手元にあるからだ。
ふと、ざわざわした声がぴたりと止んだ。
「面を上げなさい」
水を打ったように静まり返る中、女性の声が謁見の間に響く。王妃の声だ。
決して大きな声ではないが、静かでハリのある声に、ルシアは反射的に背筋を伸ばす。
ぎこちない動きで顔を上げると、王妃はすでに玉座へ座っていた。その頭には金色の王冠が輝いている。
王妃はサッと手を前に出した。
「ルシア・ウガルテ! お前が我が娘、マリアの子であることが証明された。よって王妃の名のもとに、お前がディオドラール王家の血筋であることをここに認めるものとする!」
王妃の声が謁見の間に反響する。
まるで時が止まったかのような錯覚になる。
そして、わぁぁ! と割れんばかりの歓喜の声が上がった。
拍手と共に「王女殿下万歳!」「ディオドラール王国に栄光あれ!」という声があがり、中には涙を浮かべている貴族までいた。
「…………はい?」
ルシアはそれどころではなかった。