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三日目 ー夢は儚くー


祈は目を覚ました。ベッドから飛び起きた後、急いで着替えを済ませて部屋を出た…と同時に、同じく着替えを済ませていたヨミと会った。


『お、おはようヨミさん』

『おはよう祈。調子はどうかしら?』

『あー…今のところは大丈夫だよ。話の続きは下の階でいい?』


祈のこの問いにヨミはYesと答え、二人は一階のリビングへと向かった。


『昨日の夢で分かったでしょう?今ここで起こっていることは、紛れもない事実だってこと』

『何となく…えっと、あの檻の中にいた人たちは、現実じゃ目が覚めてない人ってことだよね?』

『そう。だけど、夢に囚われている人は、あれで全部じゃない。この前の祈みたいに別の空間に留まっている人もいる』

『え、あの檻の中にいた人だけでも数百人位いたよ!?じゃあ、実際はもっといるってこと…』


ヨミは『そうなるわね』と答えて、適温になった紅茶を飲んだ。それも、ややしかめっ面で。


「あ、ごめんなさい。紅茶の味、少し濃かったかしら」

『ヨミさん、紅茶の味濃かった?って、お母さんが聞いてる』

『いいえ、大丈夫よ。美味しいって伝えてくれる?』


祈は母にそのことを伝えると、母はホッとした表情をした。まあ、ヨミがしかめっ面をしたのは、恐らく夢のことだろう。ヨミはあの時、「マズい事になっている」とも言っていた。何がマズいのかはまだよく分からないが、死人が出てきている以上は早く止めないといけないのだろう。祈は、トーストの最後のひとかけらを口に放り込んだ。



今日は生憎の雨模様だった。幸い土砂降りというわけではなかったので、傘をさせば十分だった。それでも、学校までは距離が微妙にあるので、制服や靴が濡れるのは嫌だったが。


『そういえば、ヨミさんに聞きたかったことがあるんだけど』

『聞きたい事って?』

『夢の中にいる時、私、日本語で喋っちゃったんだけど。何か話が通じているみたいで特に問題が無かったなーって思って…』

『夢の中の世界は、魔法の世界とほぼ変わらない。魔法の世界は、どんな言葉で話しても全ての人々に言語が通じるのよ』

『通じるって…凄すぎ。あの、ヨミさんの住んでいた世界ってどんな場所なの?』

『そうね…なんて言えばいいか、人間以外の種族も沢山いるし、魔法が当たり前に存在するから、魔法にちなんだ仕事もあるわ』

『それって、魔法使いって事?てことは…ヨミさんもそうなの?』

『まあ、そんな感じかしら』


英語で会話していたから、こんなぶっ飛んだ内容など誰も分からないだろう、きっと。しかし…魔法の世界の話は、祈にとって心躍らせるものだった。話が進む中、いつもの二人の姿が見えてきた。


「おはよー!」

「おっ、祈、ヨミさん! おはよう!」

「おはようございます。祈さん、ヨミさん」

『おはよう、奈々子、優香』


学校まで、四人で話をしながら向かっていく。ほとんど英語ではあったものの、祈の通訳もあってか、滞りは無かった。この様子ならば、ヨミも学校で生活するには問題ないだろう。話をするのは楽しかったし、ヨミの話を聞いているのも面白かった。昨日の不安など、吹っ切れていた…と、祈は思っていたかった。



学校に着いて数十分後、不安は早くも甦ってしまった。いつも学校に通っていたからこそ気づいた違和感に、祈は恐怖すら覚えていた。


「…」

『祈? どうかしたの?』

『…昨日よりも、人数が減ってる』

『そうなの?』

『うん。冬に感染症とかで学級閉鎖になるのとかは見たことあるけど、この時期にここまで人が減るって、そうそうないからさ…』


不安を感じていたのは、彼女だけではないようだった。周りの他の生徒も、今起こっていることの不安や恐怖を次々と口にしている。


『これ…マズいわね』

『やっぱり?』

『ええ。これだけ人がいなくなったら…もう死人も出ているかもしれない』

『怖い! 怖いってば!!』

『なんにせよ、今夜から本格的に行動してみないとダメかも』


そして、朝のホームルームでも教師からその話があった。原因不明の昏睡状態…。まさかこの事件に、非科学的な魔法の世界が絡んできているなんて誰も想像できないだろう。仮に言ったとしても、病院送りになるのが関の山だ。それに…他の誰かを危険に巻き込むことは、祈もヨミも望んではいなかった。



さて、時間は放課後まで飛ぶ。今日の放課後は、祈とヨミの二人で様々な部活動を見て回った。ヨミは表情こそあまり表には出さなかったが、祈には非常に楽しそうに見えた。そして部活動巡りも終盤に差し掛かり、二人は音楽室へと向かった。


『最後は吹奏楽部。うちの学校のこの部活は、全国大会にも出るから、結構有名なんだよ』

『全国大会って凄いわ。それだけ実力があるってことなのね』

『ちなみに、優香ちゃんはこの部活なんだよ』

『優香が? じゃあ、今もいるのかしら』

『いると思うよ。それじゃ、入ろうか』


音楽室の扉を開けて、顧問の先生と部長に挨拶をした後、後ろに用意されてあった椅子に腰かけて練習を見学した。二人はしばらくの間、この演奏に聞き入っていた。しかし…それであの不安が全て拭えた訳ではないが。


演奏終了後、数人の部員が二人の元にきた。その中には優香も混ざっていた。


「お疲れ様です、祈さん、ヨミさん」

「優香ちゃん、お疲れ」

『優香、演奏凄かったわ』

『ありがとうございます。もうすぐコンクールがあるので、今はその仕上げの段階ってところですね…って言いたいところですけど』


優香が突然言葉を詰まらせ、それに気づいた周りにいた他の部員が、どんな会話をしているかを尋ねてきたので祈が意訳をすると、部員たちの表情が少し変わった。


「あれ、みんな?」

「あ、あのね…その…」


部員たちの戸惑ったような表情に、祈とヨミはなおの事不安を抱いたが、次の一言でそれが現実へと変わった。


「実は…コンクールの出場、見合わせるかもしれないの」

「えっ!? それは…なんで…」


祈のこの問いに、思わぬ答えが返ってきた。


「夢の噂、あるでしょ? アレっぽい症状が出ている人が、うちの部活だけでも十人位いて、主要メンバーの人たちも入っているから…」


祈は、目を見開いていた。また夢!? またなの!? その時、ヨミが祈の肩を軽く叩いて、『どうしたの?』と聞いてきたので、事情を説明するとヨミはギョッとした表情を見せた。


「主要メンバーの一人ってさ、月野先輩でしょ? ヤバいよ。あの人いなかったら終わりじゃん」

「月野先輩?」


祈は反射的に聞き返した。そういえば、この前誰かが月野先輩の噂をしていたような、そんな覚えがあった。


(あれって…本当だったの? だとしたら…マズいよね…!?)


祈とヨミは目を合わせた。ヨミもあの話は聞いていたので、状況は把握できているだろう。しかし…あの噂があってからもう数日経過している。最悪…もう手遅れの可能性もあった。


『ヨミさん、これは…どうなの?』

『夢の中に行ってみないと分からない。今日は長丁場になりそうね』

『じゃあ、月野先輩の捜索が今回の目的だね』

『ええ…』


ヨミは、何とも言えない微妙な表情で答えたきり、何も言わなかった。結局この日の学校での生活は、いくつもの不安要素を抱えたまま終わってしまった。



『祈、今回はハッキリ言って、成功するかどうか分からないわ』

『成功って?』

『月野さんの救出よ』


学校からの帰り道、その一言を聞いた時、祈の思考が止まった。これから対策を練ろうという段階でいきなりこれである。


『な、なんでそんなことを…』

『夢に囚われた人が、説得に応じてくれるかが分からないの。でも、今のところ応じてくれたのは…ゼロ、ね』

『ぜ、ゼロ!? それって、つまり…』

『誰も、応じてはくれなかったってことになるわね』


ヨミの一言一言に、祈の心は既に折れかけていた。まるで、希望なんてどこにもありはしないと言っているようなものだったから。


『そ、それでも、やってみる価値はあるよね…? そうじゃないと、助けられないし…』

『やるだけのことはやる。だけど、あまりいい結果は期待しない方が賢明ね』


ヨミは、今までになく淡々とした、いや、これまでに無いほど冷たい口調で、冷静にそう告げた。祈は、この姿に戸惑いを隠せなかったものの、ヨミに尋ねたいことがあったが故、話を続けた。


『ヨミさんって、人が死ぬところ、見たことある?』


ヨミは突然のこの質問にギョッとしたが、すぐに取り繕って答えた。


『あるわ。もう何回も。魔法の世界でもあったし、それこそ、今回の事件でも…ね』


祈はこの事実に言葉を失った。見た目は自分と大して変わらない、同い年の少女なのに、何故か凄みがあるのだ。神妙な面持ちから発せられる、重みと説得力のある言葉。もはやヨミは一人の少女ではない。死臭を纏う一人の戦士だった。



In the Dream World...



さあ、夜の夢の始まりである。今回もあの監獄からスタートだった。だが、今までと違うのは、ハッキリとした目的があるという事だった。ただ…それも、達成できるかどうか分からないものだったが。


「まずは…月野先輩を探さないと…だね」

「ええ。だけど、この空間内にはいないと思うわ」

「分かるの?」

「大体はね。おそらく個別の空間に閉じ込められている。その中で、都合のいい夢でも見せられているんでしょうね…」


ヨミは忌々しげにそう言った。まあ、あんな絶望的な結果が目に見えている自覚があるのだ。そういう表情になるのも無理はない…と思いたい。


祈はヨミの後をついていくようにして歩いて行った。相変わらず重苦しい空間だ。それでいて人の声がひっきりなしに聞こえてくるもんだから、気味悪さすら感じる。行くことを望んだのは、他ならぬ祈自身だが、それでも…この空気に慣れたくはなかった。


一体どの位歩いた? いや、そもそも、自分はどこを歩いている? 下の景色を見たとき彼女は驚いた。先ほど歩いていた場所が、天井になっていたのだ。逆に言えば、今歩いている場所は、元々天井だったのである。夢の中だと何もかもがめちゃくちゃだった。物理法則もあったもんじゃない。


「なんか…扉が沢山あるよ?」

「この扉は、様々な人の様々な夢に繋がっているのよ。祈、月野先輩の顔って知ってる?」

「うん、それがどうし…」

「頭、失礼するわよ」


そう言って、ヨミは祈の眉間に指をトンと置いた。その瞬間、祈の頭の中がぐにゃりと捻じ曲がるような感覚に襲われる。祈は当然何が起こっているのか全く分からず、ヨミの指が眉間から離れた後に、べしゃっと尻餅をついてしまった。


「なるほど、居場所が分かった」

「本当!?」

「ええ、こっちよ」


ヨミは言い終わった後にすぐに走り出した。祈も慌てて後を追う。道中で昨日出てきたような怪物がワラワラと現れたが、ヨミは躊躇することなく倒していく。銃の発砲音が耳をつんざく勢いで鳴り響く。


「祈、怖い?」

「う…ううん。大丈夫だよ」

「あまり無理はしないで。…先に進むわよ」


怪物がただの肉塊と化した後、二人はどんどんと先に進んでいく。上下左右がめちゃくちゃなこの世界をひたすら進んでいく。


「…着いたわ。ここね」


数分位走った後、ヨミはある扉の前で立ち止まった。どうやらこれが目的の扉らしい。非常にシンプルな作りの扉だった。


「この中に、月野先輩が?」

「ええ、間違いなくいる」


ヨミは、ひと呼吸置いたあと、重苦しい口調で祈に尋ねる。


「祈…覚悟はできている?」

「…一応は」

「じゃあ、行きましょう」


二人は、扉の奥の空間へと足を踏み入れた…直後に気付く。踏み出したその場所に、まさか地面がないなんて。


「きゃあああああああああああああああああああああああッ!?」


投げ出されるような形で、二人は真っ逆さまに落ちていく。だが、ヨミは冷静を保っていたが故、すぐに風の魔法でクッションを作り、二人の体を無事に受け止めるようにした。いやはや、本当に危ない。ヨミの判断が遅れていたならば、全身の骨が砕けてそのまま死んでいただろう。


「はっ、はあ…はあ…」


祈は、足を踏み外したあの感覚が忘れられず、軽いパニック状態に陥っていた。頭の中も真っ白である。


「祈、聞こえる?」

「あ、うん。えっと…月野先輩は…?」

「いるわ。この中をもう少し探せば見つかる」


ヨミは静かにそう告げた。彼女が言うのならばそうなのだろう。落ち着きを取り戻した祈はすっくと立ちあがり、周りの景色を見た。それは…意外な光景であった。


「え…ここって、学校!?」

「そうよ。夢の内容は、夢を見ている本人の深層心理に関わっている。月野先輩は恐らく、学校に関する『何か』に執着しているってことになるわね」


ヨミはそう言った後、校内へと入っていく。祈が、月野先輩が三年生であることを教えると、三年生の教室に案内してほしいと言ったので、祈が先導することになった。


学校の中は先ほどの空間とは違い、夢の中とは思えない位リアルで、一度も迷うことなく三年生の教室へと辿り着くことができた。


「あっ、いた!あの人だよ」


教室を一つ一つ確認していったところ、月野先輩と思しき姿が見えた。間違いない、彼女だ。


「…あの人が月野先輩だってことは分かった。ところで、隣にいる男の人は誰?」

「えっ?…!!」


ヨミの一言で、祈はすぐに気付くことができた。確かにいたのだ。月野先輩と仲睦まじく話をする男が。


「あの服…うちの高校の制服だ。…てことは、この学校の人かな」

「あなたはあの男の人のことは知ってるの?」

「いや、知らない…。多分先輩かも」


二人は、しばらく様子を見ていた。祈にとっては、のぞき見をしているようで気分はよいものではなかったが。すると突然ヨミは立ち上がり、教室の扉を開け放った。


「! 誰!?」


月野先輩と男子生徒は、いきなり現れた二人の少女の姿に驚き、互いの体を抱き寄せあった。その姿を見て、ヨミはチッと舌打ちをする。


「月野先輩って言ったかしら?今すぐそいつから離れて」

「は?何言ってるの?」

「その男から離れろって言っているのよ」


ヨミはそう言った直後、何もない空間からピストルを取り出し、問答無用で引き金を引いた。威嚇射撃だ。祈はこの光景を見て寿命が縮んだかのように感じた。


「よ、ヨミさん!?」

「こうでもしないと、あの男が月野先輩から離れることはないわ。言ったでしょう?生半可な手では太刀打ちできないって」


そう言いながら、ヨミは威嚇射撃の手を止めることはなかった。祈は、居ても立っても居られなくなり、声を上げた。


「月野先輩! ここは夢です! 目を覚まさないと死んじゃうかもしれない!!」

「え、夢…!?」

「そうです! だから…」

「いやっ!!!!」

月野先輩の突然の叫びに祈は飛び退いた。だが、祈が驚いたのは…声というよりも、拒絶されたことだろう。


「先輩…ここが夢の中だって知っているんですか!?」

「知ってる…だから、だから覚めたくないのよ!! 現実に戻るくらいなら私は…!!」

「ダメですよ!! 現実であなたの事を心配している人達だっているんです!!」

「…ッ!? マズい!!」


ヨミが何かに気付き、男に向かって銃を放つ。弾が男のこめかみに当たった…が、死ななかった。と同時に、男が異形の姿へと変わる。


「…え?」


思考が止まったのも束の間、祈が一回瞬きをしたとき、月野先輩の頭が、無くなっていた。


「っあ…あぁ…あ…」


祈は、ここで叫びたかった。だが、喉が締め付けられるような感覚がして上手いこと叫べなかったのだ。


人が、目の前で死んだのだから。


「…クソッ」


ヨミは小さく呟いて、対戦車ライフルを怪物に向ける。発射された弾丸は怪物の頭部に直撃し、バラバラに砕け散る。


そして、その最悪のタイミングで、二人は朝の光を見ることとなってしまった。


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