二日目 ーWho are you?ー
祈は、目を覚ました。それと同時に体をガバッと勢いよく起こす。
「い、生きてる…」
体が動いているあたり、特に問題なさそうだ。だが、右腕に妙な痛みを感じていたため、祈は袖をまくった。そして彼女が見たのは、何かに掴まれたかのようにくっきりと残った青あざだった。
(え、なにこれ!?)
祈は驚いた直後にハッとした。そういえば、夢の中で着ぐるみにものすごい勢いで掴まれたのは右腕だった。だが…こんな事あり得るのだろうか?祈は心当たりを探ろうとしたが、自分にはそんな時間がない事を悟った。
「祈―っ。起きてるのー?」
案の定、母の声が聞こえてきた。祈は考えるのは後にして、急いで一階へと降りて行った。
「祈…緊張してる?」
「うん…ほんのちょっとだけど」
「けど?」
「なんか今の緊張は…留学生さんと会うのとはちょっと違う気がするんだ…」
駅に向かう車の中、赤信号で止まっているときにあった母との会話で、祈は問われたことに素直に答えた。母は不思議そうな表情を見せたが、青信号に変わった時、その表情は平静そのものに変わった。
一方の祈はというと、昨夜のあの夢が引っかかっていた。
(本当に…何だったんだろう? 凄く怖かったのは覚えているんだけど…)
夢から覚めた今でも、あの着ぐるみの姿が頭から離れない。あの時、誰かが助けてくれなければ、下手したらそのまま連れていかれていたかもしれない。
(そういえば、あの女の子って結局誰だったんだろう…奈々子ちゃんでも優香ちゃんでもなかったし…あんな感じの子と会った事あるっけ…?)
考え事をしているうちに車が止まった。どうやら駅に着いたようだ。祈は誰にも不安を悟られないように、緊張感を持つことにした。そして車を降りると、見慣れた姿が見えた。
「おはよう星名さん」
「夢原先生、おはようございます!」
「いよいよ今日だけど、大丈夫?」
「はい。念入りに準備したので、失敗しなければ大丈夫…だと思います」
「まあ、失敗したって大丈夫よ。何事もやってみなくちゃ分からないんだから、ね?」
祈は深呼吸をした。留学生の受け入れ自体、祈も初めての体験だったので、どう対処をすれば良いのかは正直なところ不明瞭でもある(だからこそ、夢原先生と念入りに計画を立てたのだが)。
待ち合わせ場所で待つこと数分後。駅の出入り口からそれらしき姿が見えてきた。相手もこちらに気付いて向かってくる。
(…え!?)
祈は、自分の目を疑った。これは…現実なのか?それとも自分の思い違いか? だが、あの姿は…覚えていない訳がない。
その姿は、間違いなく夢の中で見たあの少女だった。服装こそ違うものの、綺麗に切りそろえた短めの髪に色白な肌、そしてあの黒目がちなパッチリとした瞳…間違いなかった。
(な、なんで…あれって夢…だったよね? でも…)
祈が一人で戸惑っている間に、少女は二人の元に来ていた。夢原先生が呼び掛けたので、祈は我を取り戻した。祈は英語で話しかける。
『初めまして。ヨミ・レ―ヴさん。ホストファミリーの星名祈です。よろしくね』
『…よろしくお願いします』
ヨミという少女も緊張しているのか、答え方がやや、たどたどしかった。軽くあいさつした後も、ヨミはじっと祈を見ていた。
「…よし、二人とも。それじゃあ学校に行きましょうか」
この空気を察した夢原先生がそう言ったので、二人は先生の車に乗り込んで学校に向かった。乗り込んだ後一時はどうなることかと思ったが、ヨミは祈の話についていけている様であったし、祈も初めこそ緊張していたが今は普通に会話するまでになっていた。
(気のせい、だよね。そうだよ。ヨミさんはヨミさんなんだから)
祈のあの戸惑いも、いつの間にか消え去っていた。
「それじゃあ、留学生さんから自己紹介してもらうから。ヨミさん、よろしくね」
学校に着いてしばらく経った後、祈のクラスではヨミの紹介が行われていた。留学生が来るという事はもう既に知らされてはいたが、その整った容姿は男女問わず注目を集めていた。祈の隣に座っていた奈々子が、祈にコソコソと話しかかる。
「あの子、ヨミっていうんだっけ。すっげえ美人じゃん」
「ヨミさん綺麗だよね」
「ねえねえ、マジであの子が祈の家に泊まるの?」
「泊まるっていうか、ホームステイね」
そうこうしているうちに自己紹介が終わったらしく、ヨミは祈のもう一つ隣の席に着いた。
『ヨミさん、緊張してる?』
『少しだけ』
『気分悪くなったら、いつでも私に教えてね』
『分かったわ。ありがとう』
ヨミは微笑んで会話に応じてくれた。彼女もだいぶこの空気に慣れてきているようだ。
(お昼ご飯は奈々子ちゃんと優香ちゃんも一緒で大丈夫かな。後で聞いてみよっと)
ホストファミリーとしての日々の始まりは、思いの他うまくいきそうだと、祈は予感していた。
『ヨミさんは、どうして日本に来ようと思ったんですか?』
『前から来てみたいとは思っていたの。そうしたら先生から留学の話があって、この機会に行こうって決めたわ』
『なるほど…日本に興味があったんですね』
昼休み、祈は奈々子と優香、そしてヨミの四人で昼食をとっていた。校舎に隣接している食堂を利用しようとも考えてはいたが、祈はヨミの分の弁当も持ってきていたので、いつも通り教室で過ごす事となった。
「優香さ、通訳無くても普通に英語で話してるじゃん…」
「英語って言っても、祈さんみたいに本格的な英会話は苦手ですよ。教科書に書いてあるような事しか聞けないです」
「ええー…それでも十分だって」
『祈、この人は優香…でいいかしら、英語上手ね』
『優香ちゃんは頭いいから、英語以外も得意だよ』
『奈々子はクールって感じ。さっきの体育の時間のバスケで、活躍していたもの』
「奈々子ちゃんはバスケ部のエースなんだよ。今日、見に行ってみる?」
祈とヨミの会話を聞いていたのか、奈々子は「なんの話してんの?」と尋ねてくる。祈が奈々子に説明している時、ヨミと優香が何かに気付いた。
「ねえ、月野先輩が学校来てないってマジ?」
「そうらしいよ。珍しいよね、月野先輩って真面目なイメージあるし…」
「体調管理とかもキッチリしてる方だって聞いたよ。でも、なんで…?」
「もしかしてアレじゃない?ほら、眠ったら目が覚めなくなっちゃうってやつ」
「またそれ?普通に風邪とかそんなんじゃないの」
「でも、月野先輩が風邪って…逆に珍しくない?」
「じゃあ、本当に?」
この会話、ヨミと優香は偶然聞いてしまったのだが、ヨミは何がなんだか分からず優香に『なんの会話?』と尋ねる始末。当然、優香は何と答えれば良いか分からず、ちょうど話を終えた祈に助け舟を出した。
『ヨミさん、ちょっと怖い話になるかもしれないけど…それでもいい?』
『ええ、大丈夫よ』
祈は、自分の持ちうる語彙をひねりにひねり出して何とか伝わるように説明した。数分後、話終わった時のヨミの表情は何とも言えないものになっていた。
『えーっと、ヨミさん?』
『ああ、ごめんなさい。なんていうか、不思議で恐ろしい事件ね』
『最近周りの人の会話もこんな感じばっかりなんだ。なんか、ごめんね』
『いえ、気にしないで。祈のせいじゃないのだから』
祈はヨミの身を案じていた。こんな事件がある時に来てしまったのは、タイミング的に最悪だっただろう。下手したら、ヨミだって犠牲になる可能性があるのだ。昨夜の祈のようにもなってしまうかもしれない…。
(そうなったら…私、どうすればいいんだろう?)
また、不安がのしかかってきた。祈はこうやって、どうしようもない事にウジウジ悩んでしまう自分にわずかな苛立ちを覚えてしまうことに嫌悪を抱く時があるのだが、今がまさにその時だった。その時、ヨミが祈の肩にポンと手を置いた。
Don’t worry.
ヨミはただ一言、そう言ってくれた。不安げな表情で悟られてしまったのだろうか。だがその一言に、祈はいくらか安心を覚えた。
さて、時間は放課後まで飛ばすことにしよう。祈はヨミと共に、様々な部活動を見てまわっていた。ヨミは一つ一つのものに興味を持ったらしく、非常に楽しそうであった。そうして気が付くと、いつの間にか下校の時間になっていた。
「祈―っ、お疲れー」
「あっ、奈々子ちゃんと優香ちゃんだ」
「ヨミさんと一緒に行動していたんですね。部活動巡りはどうでしたか?」
『ヨミさん、今日はどうだった?』
『とても楽しかったわ。明日もまた見てまわれるかしら?』
『多分、大丈夫だと思うよ。明日先生に話してみるね』
家に着くまでの時間もあっという間だった。いつもの場所で奈々子と優香の二人と別れて、家まで歩いていく。ただ、いつもと違うのは、ホームステイする留学生も一緒だという点か。
「ただいまーっ」
「おかえり。おっ、その人がヨミさんね」
『初めまして、祈のお母さん。ヨミ・レ―ヴです。よろしくお願いします』
『よろしくね』
祈の母とヨミが挨拶を済ませた後、祈はヨミを部屋へと案内した。しばらくして、準備が終わったヨミを連れて祈はリビングに向かった。テーブルの上には、作り立ての料理が並べられている。
「祈、お母さん英語あんまり分かんないから、難しいのは通訳お願いね」
「分かった。ヨミさん、ここ座って」
『ありがとう、祈』
その後は、三人で穏やかな時間を過ごした。夕食はもちろんのこと、ヨミが持ってきた学習ノートを見たり、祈がこれからの予定を話したり、その内容は様々だった。
「そろっと部屋に行こうかな…」
「あら、もうこんな時間?寝るの遅くならないようにね」
祈とヨミはそのまま二階の部屋へと向かった。
ヨミが使用する部屋にて、祈はヨミに明日の説明をし終えていた。
『よし…これで大丈夫かな。何か聞きたいことある?』
『聞きたいこと?』
『なんでもいいよ。学校のことでも、他のことでも』
すると、ヨミは間髪入れずにこう聞いてきた。
『…気付いているんでしょう?』
『えっ?』
祈は一瞬、何の話か分からず困惑していた。だが次の瞬間、頭の中で固まっていた何かが氷解した。朝の時に感じた、あの違和感。それが繋がっているとしたら、祈が『気付いている』事といえば、あの出来事である。
『ねえ…やっぱり、そうなの? ヨミさんは…あの時、夢の中で私を助けてくれた人なの?』
『その様子だと、覚えているみたいね。なら…』
ヨミは何かを言いかけたかと思うと、彼女の持ってきたカバンから小さな巾着袋を取り出した。中に入っていたのは、星形のペンダントだった。ヨミはそのうちの一つを祈に差し出した。
『祈。もしもあなたが、あの夢を見てなお真実を知りたいというのなら、これに「夢を見せて」と唱えて。そうすれば、あなたはまたあの世界に行くことができる』
『あの世界って…夢の中の世界?』
『そうよ。強制するつもりはないわ。あくまで私の提案だから、行くかどうかはあなたが決めて』
『う、うん…わかった。』
ヨミの、何ともいえない圧に押された祈は、若干引き気味に答えてしまったが、ヨミは何も気にしていなかったようだった。その後、時間も時間だったので、祈とヨミは『おやすみなさい』と互いにあいさつをした。
祈は部屋に戻った後、ベッドに座り込んでヨミから渡されたペンダントをまじまじと見ていた。
(本当にこれで…? い、いや、でも普通に考えたらおかしいけど、でも…)
祈はこれまでにない程困惑していた。シラフであんな事を言われて、頭がおかしいんじゃないかと突っ込んでしまいそうではあったが。だが…ヨミが言うならば…不思議と冗談ではないような気がしてくるのだ。
(それに…夢ってことは…あの事件と何か関係あるのかな…?)
あの時、祈は夢の中で死にかけた。正直、夢の中に行くのは躊躇したが…それ以上に、今起こっていることの真実が知りたいという好奇心の方が、より強くなっていくのだ。祈は、静かに言葉を発した。
「夢を見せて」
唱えた途端、祈は強烈な眠気に襲われた。危うくバランスを崩しかけたが、何とか態勢を整えて、祈はすぐに布団の中に潜り込んだ。そして、あっという間に眠りについた。
In the Dream World...
気が付くと、祈は見たことのない場所に直立していた。それも、昨夜とは違う場所だった。
(こ、ここって…夢の中で合ってるよね?)
軽く疑問が上がったが、このまとわりつくような重々しい空気は、現実では到底感じないものだろう。
「やっぱり、来たのね」
聞きなれた声が、背後から聞こえてきた。振り返ると、そこには…
「よ、ヨミさん!?」
「そう、私よ。そしてここは夢の中の世界」
「そ、そう…なんだ。ていうか…ヨミさん、何その恰好!?」
ヨミは、アニメに出てくる変身ヒロインのようなファンシーな姿をしていた。クオリティの高いコスプレのようにも見えたのだが…それはともかく。ヨミは、祈についてくるように催促して、この不気味な空間の中を歩き始めた。
「あ、あの…ヨミさん」
「なに?」
「ヨミさんって何者なの?この…夢の中の世界のこと…知ってるみたいだけど」
ヨミは、しばらく何かを考えた後、口を開いた。
「祈。魔法の世界があるって言ったら、あなたは信じる?」
「え!?」
「私はね、魔法の世界から来たのよ」
「…」
祈は言葉を失った。ヨミの口から、突拍子もない単語がさも当たり前かのように出てきたのだから。
「あ、ご、ごめんね。その…なんていうか…」
「まあ…普通に考えたら信じられないかもしれないけどね。でも、事実といえば事実だから」
「じゃあ、何でヨミさんは魔法の世界の人なのに、こんな所に?」
「…少し長くなるけど、いいかしら?」
祈が頷くと、ヨミは改めて話を始めた。
「私は、調査に来たのよ。今、あなたの住む町で起こっている奇妙な事件のね」
「じゃあやっぱり、あの噂って本当なの!?」
「ええ。私も聞いた時は正直驚いたわ。まさか、ここまで広まっていたなんて、ちょっと予想外だった」
「あ、あの…一つ聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「夢の中で死ぬと、現実でも死ぬっていう話が出てきていて…それは本当なのかなって…」
「ええ、本当よ」
即答だった。
「実際マズい事になっている。今でさえ思ったよりも被害が酷くて、一刻も早く元凶を見つけ出さないと、もっと多くの人が死んでしまう」
「元凶って、まだ見つかってないの?」
「見つかっていないわ。誰が何のためにこんな事しているのかも、まだ目途がたっていないから、何とも言えないけど…」
「…ヨミさん、その…私に手伝える事、ある?」
祈のこの一言に、ヨミは「は!?」と大きな声を上げた。だがその直後、ヨミは冷静さを取り戻して話を続けた。
「あのね祈、確かにここに来るように言ったのは私だけど、だからって危険なことに首突っ込んでって言ってる訳じゃないのよ?現に昨日の夜だって、あなた相当大変な目に遭ってたっていうのに…」
「分かってる。でも、人が死ぬかもしれないかもしれないって時に、一人で見て見ぬふりするのは嫌なんだ。足手まといにはならないようにするから」
これを聞いたヨミは、しばらくの間頭を抱えていたが、やがてゆっくりと顔を上げて祈に告げた。
「そこまで言うなら…分かったわ。ただし本当に危ないって判断したら、あなただけでも強制的に夢から覚ますようにする。それでいい?」
「うん、大丈夫」
「それじゃ早速、この先に進みましょう」
気が付くと、目の前には扉があった。いつの間にか相当な距離を歩いていたらしい。ヨミは何の躊躇もなく、ドアノブに手をかけて扉を開いた。
目の前に広がっていたのは、檻、檻、檻だらけの空間だった。檻の奥では、何か生き物がうごめいているようにも見えた。
「な、何ここ!?」
「夢に囚われた人々が、この中でずっと目覚めないまま閉じ込められている。幸せな夢を見続けたまま…ね」
「もしかして…昨日の私も?」
「うーん…あなたは未遂で終わったから、ここに入れられるようなことは無かったわ。それより…ちょっと気をつけた方がいいかも」
「気をつけるって?」
「アレがくる」
ヨミが言い終わったその時、奥の方から轟音が鳴り響いてきた。いや、正確には、獣の唸り声に近いものだった。そして巨大な黒い影が、瞬きする間も与えず二人の前に現れた。
「ばっ化け物!?」
「そう。あれに食われたら最後、現実では永遠に目が覚めなくなる」
「え、それってつまり…」
「死ぬって事」
これを聞いた祈は、しばらくの間鳥肌が止まらなかった。アレに食べられて、死ぬ?
「祈、下がって。こいつは私が仕留めるから」
そう言って、ヨミが取り出したのはガトリング砲だった。二人めがけて駆けてくる化け物を相手に、ヨミは弾丸をぶっ放しまくる。想像以上の音と光の明滅に、祈は思わず目と耳を塞いだ。
音は鳴りやみ、火薬と、鉄さびに似た微かな匂いが空間を満たしている。祈がそっと目を開けると、そこに広がっていたのはスプラッタ映画並みの生々しい現場だった。
「う、わ、あああ」
「祈、大丈夫?ケガはない?」
「あ、うん。な、何とか」
「そう、良かった。…もうすぐ夜が明けるわ。続きは現実で、ね」
目の前が、白に染まっていく。ああ、もう夜明けなのかと、祈は自覚した。