バレていたようです
使用人は近づいてくると、私の様子を見て痛々しそうな顔をした。
うん、掴みはオッケー。
なぜか手を繋いだまま、彼に連れられるように歩きだす。
彼はあのガキ(ちゃんと王子と言っていたが)が私の髪を引っ張った現場を見たとその使用人に説明していた。筋書きは私の菓子を王子がねだって髪の毛を引っ張って引き摺り倒したというものだ。半分以上本当のことだ。
その時たまたま私の手が王子に当たり、驚いた王子が倒れてすぐに走り去っていたことを彼は目撃証言として話しながら私にそっとハンカチを差し出す。
ここで受け取らないのはマナー違反になるのでうつむいたまま受け取った。
あ、このハンカチ、すごく良い香りがする。なんだろう。石鹸みたいな、花みたいな。
ハンカチを顔に当ててスンスンしていると彼はまた吹き出しそうになったらしく唇を噛んで肩をプルプルさせていた。使用人からは私が泣きじゃくっているように見えたらしく大層哀れんだ視線を向けられた。掴みはオッケーどころか完ぺきでは?
俯いた状態で手を引かれてお茶会の場所まで戻ると、会場である庭園は人がぐっと減って閑散としていた。
王妃様と王子と、あ、姉も残っている。あとは物々しい騎士たちに距離を少し取られながらあのガキがムスッとした顔で座っている。そしてさっきまではいなかった、威厳のある男性もいる。すごいわ、オールバックが似合いすぎてカッコイイ。オールバックの似合うイケオジである。うちのお父様の後退し始めた髪ではあんな風に決まらない。
「あいつだ! あいつが俺の髪をひっぱったんだ! 早く捕らえろ!」
あのガキは私を見つけると立ち上がって指さしながら大袈裟に喚き散らす。やっぱり王族って嘘なんじゃ?と思ってしまう態度だ。そのガキの言葉には誰も従わない。むしろ騎士に肩を押さえられて座らされている。
そんなガキから見えなくなるように彼が前に出てくれた。ちゃんと庇ってくれるようだ。
姉をちらりと見ると、ライバルがいなくなったのを良いことに王子の側にべったりだ。姉よ、私より不敬罪になりそうだから離れた方がいい。王子、わかりやすく嫌がってるよ? 子供だからってちょっと限度が……。
先導してくれた使用人が王妃様の側に行き耳打ちをする。王妃様はゆったり頷いた。
「お黙りなさい」
王妃様のたった一言でピンと空気が張り詰める。喚いていたガキが口を閉じ、王子にすり寄っていた空気の読めない姉も思わず背筋を正している。うん、王妃様……超怖い。
「私の招待客である令嬢に暴力を振るったうえにお茶会を無茶苦茶にするとは」
パチンと王妃様が扇を閉じる音がやけに響く。おおぅ……思わずびくっとなってしまった。
「まさか陛下はまた庇ったりしないでしょうね? 私はとっても恥をかかされたのだけれど」
王妃様はオールバックイケオジを見る。
「以前は父親と一緒に王宮に来ていた侯爵家の令嬢に相手にされなかったからと、その令嬢の髪飾りを奪って壊したわね」
まじか……
イケオジは神妙に頷いている。
「その前にもあったわね。何だったかしら? そうそう、図書館に来ていた伯爵家のご令嬢が本に夢中で挨拶しなかったからと本を台無しにしたわね」
おおぅ……暴力常習犯。目の前で庇ってくれている彼もうんうんと頷いている。
そんなに傍若無人なガキだと知ってたら急所も蹴っとけばよかった。おばあ様は必殺技って言ってたけど。
「今日で3度目ね。どうしてくれるのかしら」
「3カ月の謹慎と使用人・家庭教師の総入れ替えを陛下に進言……」
「甘いわ。半年の謹慎と、そうね、側妃とそこの躾のなっていない恥さらしへの支給金を半額にしなさい」
なんだか大人の会話がイケオジと王妃様の間で繰り広げられている。とりあえずめっちゃ怖い。それに太陽が照って良い天気なのになんか寒い。
「そこの恥さらしを元の場所に返してきなさい」
2人の淡々とした会話が終わると、あのガキは騎士にどこかへ連れていかれた。喚くほどの威勢の良さは王妃様の怖さの前に吹っ飛んだようで、大人しくすごすごと退散していた。
「さてと」
王妃様が私の方を見たのでビクリとする。美人は怒っていても美人だが迫力があって怖い。
『も、もうしわけありません!』
先手必勝でとりあえず怖いので謝る。演技でもなんでもなく手と声は震えた。
「あら」
王妃様の少し驚いたような声が頭上に降ってくるが、顔は下げたままで腰を90度に折り曲げお辞儀をキープする。王妃様の出身国ではこれが正式な謝罪の仕方だ。想像よりこの体勢キツイ。
他の国では土下座という地べたにひれ伏すものもあるようだが……
ちなみに何故知っているかというと、お父様が王宮で文書の翻訳のお仕事をしていて、他国の言語や文化に明るいから。王妃様の出身国であるエーテル国についてお茶会前に本を読まされたし。
「顔を上げなさい」
王妃様に言われて恐る恐るお辞儀をやめる。
「ふふ、エーテルの言葉と文化をよく学んでいるわね」
私は先ほどエーテル国の言葉でたどたどしく謝罪した。これはお茶会会場に戻ってくるまでに考えた策だ。あのガキに謝るつもりは毛頭ないが、王妃様には私がお茶会会場を抜け出してしまい起こったことなので謝っておいた方がいいと思ったのだ。
「久しぶりに母国の言葉を聞けて嬉しいわ」
王妃様はゆっくり立ち上がると私に近づいてきた。
彼もさすがに王妃様を遮ることはなく、手は握ったままそっと横に避ける。
「なかなか見どころのあるご令嬢ね。演技も上手いし。もうちょっと涙は出しておいた方がいいわよ」
王妃様は笑いながらそっと私に囁く。
おぅ……演技とウソ泣きはばれてますね……。
私が頷いたのを確認すると王妃様は使用人とイケオジに何か指示を出して去って行った。
王宮の使用人に服装と髪を整えられ、なぜか菓子の土産をたくさん持たされた。
馬車までは彼と王子が付き添ってくれた。姉は王子に付き添ってもらえて大変ご満悦だった。