お菓子の恨みはおそろしい
笑い声が聞こえる方に回ると、そこにも少年がいた。
あまりにもひぃひぃ笑っているので、笑い終わるのを待ちながら観察する。
噴水の淵に手をかけて体を折り曲げて笑っている少年の動きに合わせて黒い髪が揺れる。
さっきの少年より年上みたいだ。
やがて笑い疲れたのかお腹いたい……と言いながらその少年は目じりの涙をぬぐった。おい、笑いすぎだ。
「はぁはぁ……苦し……君って面白いね」
「はぁ……」
「一応、王族の髪ひっぱるとか最高だったよ。しかも蹴りまで入れてるし。最後には小さい男ね、とか。助けに出ようと思ったのに全然意味なかったよ」
ばっちり見られていたようだ。しかし気になるワードが入っている。
「ん、王族……?」
「さっきのガキは一応、王族だよ?」
「……王族にあんなにしつれいなガキがいるんですか? お菓子はきっと食べ放題なのに人の菓子をよこせとか!?」
「気にするとこ、そこなの!?」
彼はまた笑う。そんな彼には偉ぶった様子はなく、知的な雰囲気が漂っている。
「あなたの方がさっきのガキより王族みたいだわ」
さっきから不敬オンパレードだが、思わずつぶやいてしまう。彼の方がよっぽど王族らしい。
「んー、まぁもしかしたらそんな未来もあったのかな? いや、そもそも生まれてないかも……」
彼もブツブツ言っているが、そこで私は大事なことに気付いた。
「はっ! さっきのガキは王妃様の子供ではないですよね?」
王妃様の子供はさっきの茶会にいた、嘘くさい笑みの金髪王子しかいないはず……だ。
「うん。さっきのガキは側妃の子だよ」
「ほほぅ」
おじい様の口癖がつい口から出てしまった。彼はまた笑いだす。腹筋大丈夫だろうか。
側妃さまっていうと、あれだ。公の場には一切出ずに離宮にいるという。側妃さまについての話はお父様もお母様も使用人達も私達子供の前でしたがらない。触れてはいけない、タブーみたいな存在である。
「うちが不敬罪で取りつぶしになったりしますか? あのガキの髪をひっぱったから」
「いや、アイツの方が先に引っ張ってたでしょ。万が一、そんなことで不敬罪にしたらもう王家は終わりだよ」
「ふむ……じゃあ大丈夫ですかね」
「まぁ、アイツは茶会が開催されてる方向に走って行ったから、今頃乱入して大変なことになってると思うけどね。多分こっちにもそろそろ騎士か使用人が来るよ」
彼の声色には少し軽蔑が入っていた。
「そうですか……」
母上に言いつけてやるとか喚いてたからちょっとマズイかも。
「え! 何してるの!?」
私は使用人によって整えられた髪の毛を両手でわしゃわしゃと乱した。あのガキに引っ張られたから元々少し乱れていたけど。
彼が慌てて止めようとするが、その手を避けて地面に倒れ込む。
「ちょっと! ほんとに何してるの!」
「あ、土は払わないでくださいね。王妃様には、かわいそうないじめられた令嬢にみられたいので」
せっかく髪を乱して、ドレスを汚したのだ。これで髪の毛を引っ張られていじめられた、かよわい、可愛い令嬢の出来上がりだ。彼の手を借りて立ち上がりながらえっへんと胸をはる。
「まぁ……確かにいまの恰好の方が……説得力はあるね」
彼はまた笑っていたが、さっきの無邪気な笑いとは違ってなにか企んでいるようだった。
「王妃様はこれであやまったら許してくれるでしょうか?」
「王妃様は君には怒らないよ。問題はアイツだね。ふふ、ちょっとおもしろくなってきたね。つまらない茶会だと思ってたけどこれからおもしろくなりそう」
不穏なことを言いながらイイ笑顔だ。
「僕も庇うから大丈夫だよ。安心して。さて、使用人がきたみたいだ」
「よし。絶対わたしのお菓子を奪おうとしたことは許しません」
「やっぱりお菓子なんだ……」
「アイツさえ来なければ花を見ながらお菓子を楽しめたのに……最後の1個をいそいで食べなきゃいけなかったんですよ! 私のお菓子と時間を返せ!」
「んんっ……」
彼は吹き出しそうなのを頑張って堪え、私の手を握った。
使用人が何か声を上げながら近づいてくるのを視界の端に捉えながら、私は泣いているように見える様に彼を見上げながらごしごし目をこする。もちろん涙も頑張って出す予定だ。
彼はイイ笑顔を浮かべながら私の意図を瞬時に汲んであやすように頭を撫ででくれた。
その時に私は気づいた。
さっきまではブルーだと思っていた彼の瞳はチャコールグレーだった。
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