私の婚約者様
ルカリオス・グレイ
それが私フランシーヌ・スウェンソンの婚約者の名前。
由緒正しきグレイ公爵家の三男。彼と私が婚約したのは……私が6歳の時。その時を思いだしそうになって慌てて頭を振る。今はそんな場合ではなかった。父の事を言えたものではない、私も現実逃避気味だ。
「なんか大変そうだね」
頭をかきむしる父を執務室に置いて、私は彼と、彼に手紙を届けに行った侍女と一緒に私の部屋へと退散する。彼は手紙を届けた侍女と共にうちの屋敷へやってきていた。
ルカリオス(長いので私はルカと呼んでいる)は廊下を歩いている間、屋敷の様子を観察して大変イイ笑顔だった。
「姉が駆け落ちしたみたい」
証拠の便せんとともに事情を説明するとルカは姉のスペルミスを指さしながらひぃひぃ笑っていた。
「ぶふっ……なんで駆け落ちは書けてるのに……探さないでくださいにスペルミス……ウケる……探すなくでくださいとか……どうやったら俺と同い年なのにこんなスペルミス……」
侍女のミーミは大笑いしているルカを青い顔で見ながら紅茶を淹れてくれた。
「で、どうする? 公爵家のツテで姉を探してほしいって話かな?」
「ううん。別にお姉さまが戻ってこなくても私は良いんだけど……婚約してるグルーバー伯爵家をどうしようかと思って」
「見る限りじゃあそんなに慌ててないから、何か案があるんだろう?」
「まぁね。お父様は私がグルーバー伯爵家に嫁に行けって言ってたけど」
「え、お義父さん、引退したいの? 知らなかった! 早く言ってくれればよかったのに! じゃあまずは俺とフランの婚姻届を出してからお義父さんには引退願おうか!」
ルカはイイ笑顔で立ち上がる。彼にとっての引退はこの世からの引退という意味も含まれているから怖い。さっきの引退が隠居なのかそっちの意味なのか……。
「なんでそうなるの……」
「だってー、俺がフランとの婚約を解消するわけないじゃん」
語尾に、こんなに君は面白いのに、と付いている気がしなくもない。
「お姉さまが駆け落ちするような家なのよ? 妹の私もそんなだとか言われるかもしれないし……ばれたらルカにもグレイ公爵家にも迷惑がかかるわ。今のうちに婚約解消した方がいいかもしれない」
「問題ないよ。うちの叔母よりも駆け落ちの方がマシだ」
「いや、そこはどっちもどっちだと思うけど」
姉の婚約者を寝取るのと婚約者がいるのに駆け落ち。うーん、比較しがたい。
とりあえずルカは私と婚約解消する気は微塵もないらしい。
「もしお姉さまがこのまま見つからなかったとして、グルーバー伯爵家に払わなきゃいけない慰謝料の相場ってどのくらいかしら?」
「そうだな……吹っ掛けられてこのくらいかな。相場はこのくらいだな」
ルカが姉の残した便せんに書こうとするから慌てて止めて、他の紙に書いてもらう。
「キツイわね……あのお姉さまのためにこの金額……」
吹っ掛けられたら領地収入のほぼ5年分かぁ……無理無理、払えない。この先災害もいつ起きるか分からないし。
「こういうものがあるんだけど、慰謝料の減額材料になるかしら?」
私はある方々から預かっていたものを取りだす。
「へぇ……これはまた面白いね」
ルカのチャコールグレーの瞳がきらりと光る。こういうことを面白がるのは出会った時から変わらない。
「これで交渉する気かい? イイね。他にも叩けば出てきそうだな。俺もその交渉、参加するから」