パンダ娘のバレンタインデー
ゆかいな高校生たちが世の中の対立する物事を討論する、コントのようなラブコメ作品『パンダ娘は白黒つけない』のバレンタインデー番外編です。
ラブ甘ではないですが、ある意味甘みが強いお話です。
ここは、空振町一丁目の住宅街。
2月14日。夕方、暮れなずむ時間帯。
俺ん家の玄関口に現れたのは、おとなりに住むぽっちゃり娘。
「あおいちゃ~ん、バレンタインデーおめでと~」
「いや、おめでとうの意味が分かんねえ」
色白のまん丸な顔に、パンダ耳のような二つのお団子頭。人の良さそうな大きなたれ目。
にこにこしながら俺にバカでかい紙袋を差し出してくるのは、俺の幼なじみの黒田真白。
「はいこれ~。あおいちゃんお待ちかねの、バレンタインチョコだよ~」
俺を『あおいちゃん』呼ばわりするのはやめて欲しいんだがなあ。
俺は、赤井青なんてトチ狂ったような名前だし、女の子みたいな響きであまり好きじゃないんだよ。
「いや? 別に待ってなんかいないが」
「え~? うれしいくせに~」
おとなり同士で同級生の俺と真白は、家族ぐるみの長い付き合い。
物心ついた時から毎年欠かさず、こいつは俺にバレンタインチョコをくれる。
毎年毎年、おなじみの光景。
まあ悪い気はしないし、感謝はしている。
「ああ、いつもありがとうな。開けてもいいか?」
「いいよ~」
俺は紙袋から赤い箱を取り出す。中には大きなハート型のチョコレート。
これ以上ない意味深なデザインに、俺の鼓動が急速に高鳴る。
「おい……、これは一体……」
「それは、一番大きなチョコだったから買って来たの~」
「そんなこったろうと思ったぜ」
まったく。ドキっとするような事するんじゃない。
俺はちょっとだけホッとしながら、次にケーキの箱のような厚みのある白い箱を取り出す。
「それはね~……、わたしが作ったザッハトルテだよ~」
ザッハトルテ。
チョコレート味のバターケーキの層に、爽やかな甘酸っぱさのアプリコットジャムを挟んで、溶かしチョコでコーティングした、チョコレートケーキの王様とも呼ばれる一品。
しっとり滑らかな口当たりが売りの、俺が最も好きなケーキの一つだが、結構作るの難しいやつだぞ?
「マジか。すげえ手が込んだもの作ったなあ」
「えへへ~。あおいちゃんが好きだから、レシピ見ながら頑張ったよ~」
これは、すごいすごい。かなり本気で嬉しいぞ。ゆっくり味わっていただこう。
それから、俺は袋の中から金色の箱を取り出す。中には整然と並んだ高そうなチョコがずらりと。
「それは、ゴデ◯バのチョコレートだよ~」
おおっと、ちょいとこいつは贅沢な代物。大事に食べたいところだな。
さらに、俺は袋の中から台形の白い箱を取り出す。
コーヒーとか輸入食品とかを売ってる店のやつかな?
「カルデ◯で買った、ガヴァルニ◯のプレミアムトリュフだね~」
口の中でとろける食感がたまらない、トリュフチョコレートの最高峰。これを上回るものが、俺の中では見当たらないな。
そして、紙袋からスーパーで良く見るお徳用袋のお菓子を取り出す。
「あ、『さく◯くぱんだ』だよ。これって、すごく美味しいよね~」
これは自分になぞらえてんのか?
見た目は可愛いが、チョコとホワイトチョコとクッキーが三位一体となって絶妙なハーモニーを奏でる、今イチオシのチョコレート菓子。
試しに食ってみろよ? 群を抜いてマジでうまいぞ。
あ、見た目が可愛いって言ったが、パンダが可愛いんであって、真白が可愛いと言ってる訳じゃなくて。あ、いや、可愛いっちゃかわいいんだけども。俺は何を言ってるんだ?
……えーっと、さらにさらに、これもおなじみのチョコ菓子というか、これほど有名なものは無いだろうな。
「えっへへ~、わたしが大好きな『たけ◯この里』で~す」
まあ、これについては問答無用だな。
真白のやつはタケノコご飯とか煮物とか筍が大好物すぎて、こっちもたけのこ派なんだよな。
まさにリアルパンダ。
まあ、俺もきのこよりもこっち寄りだが。
クラスメイトの黄村と緑野にこの話をしたら、きっと『きのこ』か『たけのこ』かで揉めるだろうなあ。
あいつらすぐ意見が割れてケンカするし、場合によっちゃクラスを巻き込んだ大戦争になるかもしれん。
委員長も頭が痛いだろうな。
次が最後か。
オレンジ色の袋、ジャガイモが擬人化されたキャラクターが描かれた、これは……チョコじゃないぞ?
「それは箸休めのポテトチップス、うす塩味だよ~」
なるほど、甘い物ばかり食べてるとしょっぱいものも欲しくなるからな。
チョイスがにくいね。
そして、また甘いものに戻るというスパイラル。永遠に食べ続ける事ができるという永久機関。
…………今さらだけど、チョコ多くねえ?
真白の方を見ると、なーんか期待した顔をしてやがる。これも毎年おなじみの光景。
そして、俺は毎年こう言うんだ。
「あー、チョコが多過ぎて一人では食べきれないなあ。誰か一緒に食べてくれる人はいないかなあ?」
すると、真白は満面の笑みでにこにこと。
「も~、あおいちゃんはしょうがないなあ。じゃあ、わたしも食べてあげるね~」
ほら来た。何がしょうがないだよ、ほとんど自分が好きなやつばっかりチョイスしてきただろ。食う気満々じゃねーか。
「じゃあ上がれよ。苦いコーヒー入れてやるから、一緒に食べようぜ」
「は~い、お邪魔しま~す」
本当に幸せそうな顔してんなあ。そりゃ「バレンタインデーおめでとう」と言いたくもなるか。
こうして今年のバレンタインデーも、俺は真白と二人で腹いっぱいチョコを食って、のんびり過ごしたのだった。
えっ? もっと色っぽい展開を期待してたって?
なに勘違いしてんだ、俺たちはただの幼なじみだぞ?
えっ? 何を白々しい事言ってんだ、って?
うーん、そのへんの事はおいおいとだな。
まあ、今の俺が一つ言えるとしたら……、また来年もこうやって真白からチョコがもらえたら嬉しいなって事だな。
おしまい