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氷が溶けて華になる(ランバート視点)


 十三歳の時に見た、一瞬の蕩けるような微笑みがずっと脳裏に焼き付いていた。


 ある日の昼休み、中庭。

 アドリという平民の少女に姿を変えた隣国の王子、その傍に立つ初恋の人の姿に胸が沸き立つと同時に、何故その方と一緒に――と(はらわた)が煮えくり返る思いだった。

 ローザミア・オークソン子女は、氷のような突き刺さる表情で俺たちに苦言を呈した。その背にアドリを庇って。

 アドリに脅されているか、知らず利用されているのかも知れない。そう思い、こっそりとアドリと深く関わらないよう警告する。

 しかし、彼女は俯きその華奢な肩を震わせ、何も言わず早足で去って行った。一度も振り向いて顔を見せる事はなかったが、間違いない――泣いていた。

 何故。

 そんなにも、あのアドリと離れたくないのだろうか。ブロウが危惧するようにアドリ――隣国の王子と通じていて。

 そこで俺は思考を止めた。そんな事は有り得ない、と。


 彼女の潔白については、はっきりと殿下他に主張しておく。国を思い、一臣下として自分をしっかり持っている女性だと力説しておいた。


 俺はあのデビュタントからずっと、彼女を見ていた。頑張り屋で、様々な分野に食指が動くようで知識を欲する貪欲さもある。時には大図書館でこっそり彼女を見守る事も。

 これは決して付き纏いではない。将来騎士を志す者として彼女を守るため控えていただけだ。彼女の護衛は別に居たのだが。

 そんな頃、ローザミア嬢に美しい二つ名がついて広まっていた事に驚き、焦った。彼女が注目されてしまう。

 そもそもあれには様々な意味、思惑が込められている。純粋に彼女の美しさや気品を褒め称える意味と。まだ子供であったというのに、大人ですら委縮させる気を纏う恐ろしく心無い令嬢――後者は断固として全力で否定したい。

 あんな――花開くような、それでいて儚い笑みをする少女に心が無い訳がないだろうと、当時の俺は子供ながらに呆れたものだ。大人でも節穴はいるのだな、と。

 それにあの毅然と引き締まった表情が、俺には美しいものにしか見えない。デビュタントの時はどう見ても緊張で固まっていただけだろう。


 そんな事をつらつら語って聞かせた俺。納得の笑みを浮かべる殿下はともかくとして、馬鹿みたいに口を開けて俺を見る二人はどういう事だ。色々言いたい事はあったが俺はブロウとコルトを睨むにとどめておく。

 色々あって、昼休みにアドリの監視として俺たちは一人ずつ彼女らについている事になった。 

 四日に一度でもローザミア嬢と会える――。俺はそわそわして、今までになく身嗜みやらに気を遣うようになった。


 だがあの時の警告のせいか、ローザミア嬢は俺とまったく目を合わせてくれない。始終悲しそうに目を伏せアドリとばかり話をするのだ。

 そんなにも、引き離される事に悲しみを覚えるのか。二人を引き裂く俺は――彼女にとって悪者でしかないのだろうか。

 疑っていたブロウも、警戒していたコルトも。ローザミア嬢と打ち解けたらしく、報告として殿下へ様子を伝える時には非常に楽しげであった。

 あの警告のせいで俺だけが、彼女をずっと見てきた俺だけが。そっけない態度を取られている。

 友人である二人、更には絶対に口外できないが、殿下に対してすら俺の中で激しい嫉妬が腹に渦巻いていた。


 何より一番妬ましいのは、あの少女に扮した王子だ。

 ローザミア嬢が絡んでくるまでは、冷戦状態にある隣国の、とは言え王家に連なる人物であるという認識が強かった。目的が何であれこの方に何かあっては両国にとっていい事にならないと。いざとなれば俺が矢面に立って守らねばならないとすら思っていたのに。

 彼は毎日ローザミア嬢の傍にいて、気遣われ、微笑みを向けられている。

 また――いや、もう一度でいい、あの笑顔が見たい。


 ローザミア嬢始め国内の繋がりを調査したニルス殿下の号令により、隣国の第六王子を拘束する命が出た。

 追い詰め拘束する際、多分に私情が入っていた。俺は騎士失格だろう。

 ブロウとコルトと共に王子を拘束したのだが彼はずっと俺だけを睨みあげていて、ローザミア嬢は唖然としながらも彼を拘束から解き放とうとしていた。

 信じなかった、信じたくなかった想像がよもや現実だったとでもいうのか。俺は殿下が入室してこられるまでずっと茫然と立ち尽くしていた。


 しかし、事実は俺が想像していた物とは全く違った。

 ローザミア嬢の涙は、俺の言葉の、俺の行動のせいだったのだ。あの傷付いた涙は、俺が、直接刃を突き立て傷付けたせいだった――。

 ブロウの言う通りだ。少し考え、彼女の立場になってみればわかる事なのに。あれではまるで俺が付き纏っているアドリにちょっかいを掛けるな、としか捉えられないではないか。

 情けなくも慌てて弁解する俺に、悲しそうに、しかし笑って答えたローザミア嬢のその微笑みに目を奪われる。

 儚くて。胸が掻き毟られた。


「二人は居残り。何故ここまで拗れたのか、よーく話し合う事。私からの宿題だ」

 ニルス殿下はそう楽しそうに言い残され、退室していった。


 二人きりになった室内に沈黙が落ちる前に、俺は視線を落とす彼女へ告げた。

「ずっと……貴女を想っていた。デビュタントで初めて見た時から」

 彼女はゆっくりとその驚いた顔を上げた。

 色んな意味で胸が軋んだ、その痛々しい赤い目尻は俺を思って泣いた故のものだった。自惚れても、いいのだろうか。

「ローザミア嬢。俺は、貴女をお慕いしている」

 色々考える事は苦手だ。こうして直接真っ直ぐに思いを伝えるのが一番俺らしい。どうせごちゃごちゃ考えて行動しても裏目に出るんだ。

「ドリアス王子と共にいる貴女を見て冷静さを欠いたのだ。だから先走って、あのような不躾な……警告をしてしまった……すまない」

「わ、私は」

 そわそわと両手を握り込んだり指を組んだりを繰り返した後、俺を見上げるローザミア嬢の翡翠は揺れていた。なんという美しさだと俺は情けなくも、ぼーっと見惚れた。

「私はデビュタントよりずっと前から……あなたが、好き」


 足の先から頭のてっぺんまで。歓喜が駆け抜ける。

 何故、という色んな疑問はまだ置いておいて、先んじて茹で上がりそうな体の火照りと脳の痺れを感じた。何だ、この胸に感じる甘さは。この見上げてくる可愛い生き物は。

 学園内を叫びながら走り回りたい気分だ――いや、やらないが。


「アドリさんの事で、もう完全に諦めていたの……気持ちが無いどころか、邪魔をする私の事なんて嫌いになってもしょうがないと……」

「だが貴女は学園生として、一貴族としてあるべき姿を俺たちに見せた。立派だと思いこそすれ嫌いになど……」

「そう……そうよね、よかった……ちゃんと行動して」

 安堵するように目を伏せた彼女に手が伸びそうになって、拳を握ってひとまず堪えた。耐えろ、俺。

「触れてもいいだろうか……」

 彼女が目を開けて頷いたのを確認して、俺は指先を赤い目尻になぞらせた。触れただけで傷付けてしまいそうだ。

「俺のせい……いや、俺を想って泣いていたのだな……」

「は、恥ずかしい、勘違いで」

 俯く可愛い人の顔をやんわりと包み上げさせる。


 確かに先程まで自分のせいで泣かせたと血の気が引く思いだったのに、事実を知ると不謹慎にも嬉しさが勝る。もちろん、これからは泣いて欲しいとは微塵も思わないし泣かせるつもりもない。

「無骨で、単純で、言葉足らずで……そんな俺が貴女の隣にいる事を許して欲しい」


 見上げ、俺と視線を絡ませていた彼女は涙に濡れる目を見開いた後、蕩けるように微笑んだ。


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