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10 【完結】

 お父さんと別れたあと、私はお母さんに連絡をした。お父さんに会ったこと、明日道を創ることを話した。そしてお母さんとの連絡を切ったあと、菫にも連絡をして明日道を創ることや方法を伝えた。すると菫は私のお母さんに電話をし始め、スピーカーで「明日の朝一お伺いしても大丈夫ですか」と聞きお母さんも「大丈夫よ。待っているわ」と返事をした。そうして菫も私の家で待っていてくれることになったので、絶対に帰るぞと強く思う。


 その夜はとても静かで、空気が澄んでいた。


 翌朝、日が昇る前に起きた私は身支度を済ませ部屋から出る。


 服装と身につけるものはここへ喚ばれたときと同じものに。そしてエドさんと桜さんからもらった髪飾りと連絡手段である鏡は部屋に置いてきた。ただ一つ、天さんが残してくれた鍵だけはポケットに入れてきた。これだけは持っていこうって悩まずに思ったから。


 今の私の目的地である私が喚ばれた場所へ続く通路は、外から入ってくる自然な光で仄かに明るい。


「わがまま言っちゃったなあ」


 アメリアさんたちが一緒に行くと言ってくれたけど、どうしても私は一人でここに来たくて理由を話してお断りした。なので、今は私一人。


「まだ、暗いよね……」


 当たり前か。まだ日が昇っていないし。手に炎を灯しながら中へ入ると、目が開けられないような強い向かい風が私を出迎えた。


「わっ……!」


 強い風に負けて体が後ろへ下がる。そのときふわっと柔らかな花の香りがした。


『汝に、溢れんばかりの幸を』


「え?」


 脳に直接響く声が聞こえ、ゆっくりと風がやむ。また風が強く吹くかもしれないと警戒しながら恐る恐る目を開ける。


「わ……」


 喚び出されたあの日よりは、恐怖を強く感じることはなくなった。それでも冷たさの残る場所で、できれば長居はしたくないと思わせる。だからここに一人で来たかった。その恐怖を克服したかったから。


「すごい……」


 でも今私の目の前に広がる光景が、私の中に残っていた恐怖を綺麗に消してくれた。


「わあ、不思議な感覚……」


 ふわふわとした暖色系の光の絨毯が暖かく、綺麗に整えられた蔦と花たちが壁を彩っている。香りも強すぎず仄かな匂いがする。空気も澄んでいて美味しい。


 目を閉じて思いっきり吸って体を伸ばす。


「んー! はあ……」


 気持ちがいい。心も軽い。


「ありがとうございます!」


 中央に立ってお辞儀をする。そしてにっと笑う。


 ふっと誰かが柔らかく笑った音が聞こえた。それは私の内側から聞こえたような気もするし、過去からのような気もした。桔梗の嬉しそうな(こえ)も聴こえる。


「桔梗。私、道がちゃんと創れたら一度帰るね。それでここに来る。そうしたらたくさん話を聞いてね」


 胸に手をあて桔梗に伝える。するとポスッと何かが頭にのった。私はそれをそっと触れる。感触的に花かんむりだ。壊さないように掴んで目の前に持ってくる。


「ふふ、綺麗で可愛い。素敵な贈り物をありがとう」


 早く起きてよかった。とってもいい朝だ。


「うん。今日はとってもいい日になる」


 そう確信した私は大きく頷いて、それから花冠を頭にのせる。そしてちょっとくるくる回ってみたり。今は私一人だから見られる心配がないのではしゃいでしまう。


 いやまあ、はしゃいでいる場合ではないんですけどね。もう少ししたらみんなここに集まってくれて私の帰り道を創るの手伝ってくれるんですから、真面目にやりないよ。


「でもあれなんだよ。素敵な場所だからさ」


 こう、くるくるっとね……ねえ、今一瞬入り口に誰か立ってるのが見えたんだけど気のせいかな。


「雪さん、おはよう」


 気のせいじゃなかった。見られたよね。思いっきりはしゃいでるの見られましたよね。はしゃいでごめんなさい。


「お、はよう。ユーリ」


「その花かんむり似合ってるし可愛いね」


「ありがとう」


 ユーリはどこかご機嫌に私の前まで来て、私に手を差し出した。


「僕、少しなら踊れるから一緒にどうですか。雪さんより背は低いけど力はあるから支えられるよ。だから安心して」


「え、と……」


「雪さん、嬉しいことがあったんでしょう?」


「うん」


「えへへ、さっきの雪さん可愛かったからそうだと思った。それでね僕にだけその可愛いを見せてほしいっていうわがままなんだけど、聞いてもらえると嬉しい。ちょっと踊るくらい許されるよ」


「……よろしくお願いします」


「はい。任せて」


 ユーリはここに手を添えてねなどいろいろ教えてくれて動き出す。言葉通り支えてくれたし、リードもしっかりしてくれて私自身が踊れているような気持ちになる。まったくそんなことはないのだけど。ユーリがただただすごいということだけお伝えします。


「雪さん、楽しい?」


「楽しい! ユーリありがとう」


「うん。雪さんが笑顔でいてくれて僕も嬉しい」


 そうして少しの間、二人だけの舞踏会を楽しんだ。



    ***



 日が昇りきる頃にはみんな集まってくれて、みんなと一緒に道を創る準備を始める。


「道を創る準備はできた。これより道を創る」


「うん」


「ゆづきは姿見に手をかざし繋げる世界と鏡を思い浮かべて。そうしたらわたしがそこまで飛び道を創りながら繋ぐ。そのあとはゆづきが魔力を送り玄関として安定させる。あとの者はこの姿見を玄関として安定させ続けてほしい」


 ペンタスの言葉にみんな頷き、言われたように立ち位置につく。


 姿見に映る私は少し顔が強ばっていた。緊張している。


「ふー」


「ゆづき大丈夫だよ。少し迷ってもわたしが必ずそこまで往く。そして道を整えながら戻ってくるよ」


「うん。ありがとう。お願いします」


 まだ少し緊張しているけど、口角を上げて笑みを浮かべる。


 大丈夫。やれる。みんなも一緒にいてくれるし、力になってくれているんだから……緊張する必要はない。


「やります!」


 自分に渇を入れるようにはっきり言葉にする。そして目を閉じ手に魔力を集中し帰る世界を、自分の部屋にある姿見を思い浮かべる。


 できるだけ詳細に思い浮かべていると、目を閉じているから真っ暗なままのはずなのに突然色づく。


「っ……」


 色づいた先へ入ると、瞼の裏にはっきりと自分の部屋と姿見が映る。そしてお母さんとはるちゃんとなつくん、それから菫が姿見の前で私を待ってくれているのが視えた。みんながお母さんの作ってくれた想いの花弁(かけら)を持って強く願ってくれているのが伝わってくる。


 ここ、だ。私が帰りたい場所。


 私は姿見の前に立ち魔力を込め始める。


 ここがもう一つの帰る場所(いせかい)へと繋がる玄関だ。


 魔力を馴染ませろ。

 想いを込めろ。

 願い続けろ。


「……っ」


 血液が沸騰するような感覚が襲い始める。それでも魔力を込め続ける。


 ーー会いたい。みんなに、会いたい。


『わたしがそばにいる』


『桔梗……?』


『大丈夫よ』


 桔梗は私を支えるように後ろに立ってくれて、私の手に自身の手を重ねた。すると血が沸騰するような感覚が落ち着き、魔力が先程より順調に流れる。


『ゆっくり呼吸をして』


 桔梗の存在が、とても心強い。


 頭もすっきりして、魔力の純度も上がる。


 ーーカチリ、カチリ。


 どこかからそういう音が聴こえる。なんとなく、これが嵌まれば完成すると思った。


 私は、私が出せるありったけの魔力を込める。想いも、願いも全部ここに。


 ガチャンッーー。


 綺麗に嵌まる音が聴こえた。


 その音を聞いた瞬間、ふっと体から力が抜ける。そして誰かが私を支えてくれたのを感じた。


 意識が家から今いる世界へと戻る。


「ゆづき」


「ペンタス……」


「行き来できる道はできた。そしてしっかり繋がったよ」


「よかった」


 魔力を使いすぎたらしい。体を起こそうとするけれど力が入らない。


「ペンタス、支えてくれてありがとう」


「どういたしまして。少し魔力を渡すね」


「うん」


「よく頑張ったね。あともう少しだよ」


 ペンタスは右手で私の右手に触れそこから魔力を流し入れてくれて、左手は優しく頭を撫でてくれる。


 ゆっくりと体の調子が戻ってくる。そこでふとペンタス以外の声が聞こえないことに気づく。


「あれ、ここ……」


「ここはわたしの神域。(ちから)を預かるために連れてきたの」


「そうか。そうだった……(ちから)を預けなきゃだった」


「そうだよ。決まった預けかたはないから、ゆづきの思う預けかたでわたしに預けて」


「それはまた難しい……」


「ふふ、ごめんね」


 私は首を左右に振り、預けかたを考える。


 そのとき楓さんたちのことが頭を過った。そして頬に、柔らかな感覚が……。


「あ」


 そうか、頬だ。頬に口づけをしよう。楓さんたちが私にしてくれたように。想いを込めてペンタスに預ける。


「ペンタス」


「決まった?」


「うん。頬に口づけをする」


「親愛だね」


 ペンタスは嬉しそうに微笑む。私も微笑み返し、ペンタスの両頬に手を添えそっと左の頬に口づけを落とす。そしてペンタスは私の背に両腕を回しゆっくりと引き寄せ、額同士を合わせた。


 くっついた場所からゆっくりと(ちから)が移動していく。そうして数分、私の中から(ちから)はいなくなっていた。


「はい。これで終わり。戻すときも同じような方法で行うからね。そのときもわたしの神域で」


「わかった」


「それじゃあ戻ろう。他の者たちには伝えてから来ているけれど心配しているだろうから」


 差し出されたペンタスの手を握り立ち上がる。そして一歩踏み出した次の瞬間には、私が喚ばれたあの場所に戻っていた。


 みんなが笑顔で出迎えてくれて、道が完成したことを喜んでくれる。それが嬉しくて私もずっと笑顔だ。そしてみんなと談笑してから伝える。


「それでは、私は一度帰ります」


「はい。雪月様、お気をつけて」


「雪月、気をつけて」


「アメリアさん、エミリオ。ありがとう」


「ユヅキさん、難しいかもしれないけれど戻ったら意識してゆっくり休むんだよ」


「うん。意識して休めるようにするね」


「雪さん! 僕いいこで待ってるね! それからみんなのことも見てるから安心して」


「雪月様。俺もいいこで待ってくるから、ゆっくりしてきてね」


「救世主様、こちらのことは一時お忘れください。勉学のこともありますし」


 ドウマンが私の耳元に寄って小さな声で言ったことは、私が数日前に流れで話した内容の一つだった。


「ありがとうございます。頑張ってきます」


「またどうだったか教えてください」


「はい」


 ドウマンはふふっと笑って私から離れた。


 勉強はもちろんだけど進級とかその他いろいろ考えなくてはならないことがある。ただこういうことを考えられるだけの余裕が生まれたのは、うん、よかったと思う。帰ってからが大変だけど、それでもどうにかする。


「救世主殿。いってらっしゃいませ」


「いってきます!」


 団長さんの後ろにいたギルベルト・フライクと木蓮さんは手を振ってくれて、私は頭を下げた。


「リーヤ、ルナ、スターチス。私がいない間お願いします」


「ピャッ!」


「ウォン!」


『ーー』


「それじゃあ、またね」


 私はリーヤとルナの頭を撫で、スターチスとはハグをしてから立ち上がり姿見の前に立つ。そして振り返り、深く頭を下げる。


「……」


 姿見に向き直り手を伸ばし中へ入ると、真っ白な空間に出た。その空間を一周見回す。私が入った姿見以外は何もない。


「まさか、だよね……」


 ペンタスは繋がったと言っていたし、私も繋がったと思う。それじゃあなぜあっちに繋がる玄関がないの。


 不安に思っていると突然スカートがふわっと持ち上がる。


「え?」


 慌てて押さえるけど片側だけはどうしても持ち上がってしまう。


 そういえばこっち側に鍵を入れてたな。鍵を出せ、ば……鍵。


「鍵?」


 もしかしたら鍵を閉めるのかも。そうだよ。よくよく考えたら鍵閉めないと危ないよね。私だけが通れるわけじゃなくて、他の人も通れてしまうかもしれない。もしそうだとしたら行き来が自由になっちゃうし。


 私はポケットから鍵を取り出し、鍵穴を探す。でもなくて。とりあえずこの辺かなという辺りに鍵を差し込むふりをした。すると差し込まれた感覚があったので鍵を回す。ガチャンと鍵がかかった音が聞こえ、姿見は白い空間に溶けて見えなくなった。


「あ……」


 さっきまではなかった姿見が白い空間に現れる。その先にお母さんたちの姿が見えて駆け寄る。そして鍵を開け、中へ勢いよく入った。


「お母さんっ! なつくん! はるちゃん! 菫!」


 手を伸ばしながら出るとお母さんが腕を広げ私を抱き締めながら受け止めてくれて……ぶわっと涙が溢れる。


「ふ、う、ただいま……ただいま、お母さん」


「おかえりなさい」


「おねえちゃん、う、わああああああんっ! おねえちゃ!」


「うわあああんっ! おねえちゃん!」


「っ、はるちゃん、なつくんもただいま」


 私の左右でぎゅうっと抱きついて泣き始める二人を抱き締める。


 帰ってきた。本当に、帰ってきたんだ。


 安堵は涙となって流れ続ける。そのあとそれはもうたくさん泣いた。泣き疲れて眠くなるくらいには泣いた。


 ずびっと鼻を啜りながら菫を見ると、菫が腕を広げてくれたのでそっと抱き締める。


「菫、放置してごめん。来てくれてありがとう」


「家族との再会だもの謝る必要はないわよ。むしろ私を優先したら叱ってたわ。あと私からも、おかえり」


「ただいま」


 背中をとんとんとあやすように叩かれてさらに眠くなるやら、その優しさに涙が滲むやらでぐちゃぐちゃだ。


「これから大変になるけど、わたしが力になれることなら全力で力になるから迷わず言いなさいよ。いいわね?」


「う、ん……ありがとう」


「言わなかったらデコピンだから」


「それは痛そうだから嫌だなあ」


「言えばいいだけだから簡単でしょう」


 菫からふっと笑う声が聴こえたのと同時に私をさらに抱き寄せた。


「本当に無事に帰ってきてくれて、安心したわ」


「みんなのおかげだよ。みんなが私を守ってくれていたから、無事でいられた」


「その言葉、雪月らしい」


「菫、私を覚えていてくれてありがとう」


「っ、どういたしまして」


 もう一度ぎゅうっと抱き締めあい、そのあと離れる。そのタイミングで泣き疲れて眠ってしまったはるちゃんとなつくんを別室に寝かせてきてくれたお母さんが戻ってきた。


「ゆづ、お母さん目を冷やすものと飲み物用意してくるわね。菫ちゃんと一緒にきてちょうだい」


「うん。ありがとう」


「ありがとうございます」


「いいのよ。菫ちゃん、ありがとう」


 母さんが部屋から出たタイミングで鍵を取り出し、先ほどと同じ方法で鍵を閉める。


「雪月、何をしているの?」


「鍵を閉めてるの。ちゃんとしないと危ないから」


「鍵? ああ、なるほど。それを用意したのは雪月じゃないわね」


「え、うん。ひなたさんのお姉さんが私にって残してくれたものだけど、もしかして見えなかったりする?」


「ええ。わたしには見えないわね。しっかりしてるわ。雪月にしか見えないようにしてる」


 菫はそう言って頷きながら納得していた。


 私が鍵を見つめていると、すっと私に馴染んで姿を消した。たぶん必要なときに使えると思う。


 そう思いながら姿見に布を被せる。


「菫、行こっか」


「ええ」


 菫と一緒にリビングに行きお母さんが用意してくれていた冷やしタオルで目を冷やしたり、飲み物を飲んだりしながら話をした。


「わたしそろそろ帰りますね」


「送る」


「ありがとう。でも大丈夫よ。まだ夕方前だから。それに帰ってきたばかりなんだからゆっくりしてほしいの」


「……うん」


「また連絡するわ。それじゃあお邪魔しました」


 菫は立ち上がって靴を履いて玄関から出た。私も続いて玄関から出て菫を見送る。振り返ってくれた菫は笑顔で手を振ってくれた。


 その日はみんなでご飯を囲んで、寝るときは私を真ん中に川の字で眠った。翌朝、起きてすぐ家かどうかお母さんたちがいるかを確認して……みんながいることに安心してと心が少し忙しかった。そのあとはいろいろな対応に追われ、学校はとりあえず補習や課題をこなせば進級はできることになった。補習に付き合うと仰ってくださった先生方に感謝である。


 あとそこからの数日は特に忙しなかった。なぜか変な噂がたっていたらしく友達やクラスの人たちからの質問攻めあったりして、それを曖昧に誤魔化し続け飽きてきたらしく質問されることがなくなった。ようやくの平穏に安堵したのは言うまでもない。


 日が落ち暗くなっている空を背景に下校中の私。頭の中はさっき覚えた単語やら数式が詰まっている。あとは明日と明後日の予定。


 明日は土曜日で向こうに行く日。日曜日はこっちでお母さんたちと過ごす。向こうにお菓子とか持っていくのって大丈夫なのかな。美味しいからみんな分買っちゃったけど、駄目だったらお母さんたちと分けて食べよう。向こうに行ってからペンタスに確認して大丈夫なら取りに戻る。うん。それでいこう。


 そうこう考えているうちに家の前まで着いていて、鞄から鍵を取り出し開ける。そして。


「ただいまー!」


 明るく暖かい家の中へ入った。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 このあとは番外編や個別ルートなどを書いていく予定です。

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