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木蓮さんのいる場所にあと少しで着くというときに、少し遠くにある木に何かが立て掛けてあることに気づいた。
「なんだろ」
言いながらその木に近づく。そして立て掛けてあるものは何かの枠であった。
「この大きさ……」
形、なんだか既視感がある。そう、あれだ。お母さんが作ってくれた鏡の枠をお父さんと一緒に見に行ったときのような……。
「あ」
「え?」
声が聞こえ振り返ると、目的の人物であったギルベルト・フライクが立っていた。そして彼は私の後ろを指差し問いかける。
「見た?」
「見た」
「そうか。出来はどうだ?」
そう問いかけられもう一度、今度はよく見てみる。
右上には狼がいて右下には鳥、左下には女性がいて左上にはトカゲ。そして枠の中央には愛らしいジニアが咲いていて、想いの花弁が嵌め込めるサイズの穴もあった。
柔らかな空気が枠から伝わってくる。
優しい音が枠から聴こえてくる。
「好き」
心が感じた音が口から零れると、ギルベルト・フライクが小さく笑った。
「好きか。それは最上級の褒め言葉だな」
「この枠って、もしかして姿見用?」
「そうだよ。俺と木蓮さんからの贈り物だ。あと木蓮さんが姿を条件付きだけど取り戻した」
枠を見ていた私は、その言葉にばっとギルベルト・フライクを見る。
「それは本当?」
「本当。木蓮さんが鏡を作ってくれて今持ってきてくれるから待っていたら会える」
「待っていてもいい?」
「もちろん。木蓮さんも喜ぶよ」
木蓮さんに会えることが嬉しくて頬が緩む。そこでふと思い出す。私がここに来た理由を。
そうだった。私、ギルベルト・フライクに伝えたいことがあって来たんだ。なんとなくここにいるような気がして来ただけだからいてくれてよかった。
「ギルベルト・フライク。想いの花弁をありがとう。綺麗でした」
「どういたしまして。魔力問題で道を創るのは明日かな」
「うん。集合場所は私が召喚されたところだって言ってた」
「ああ、あそこは道を創るにはいい場所だな」
ギルベルト・フライクの言葉に頷きながら、ペンタスもそう言ってたなと思う。そしてよくよく考えてみれば、確かに召喚された場所だから異世界への繋がりは強いよね。
「雪月。明日は絶対に安心安全な状態で向こうと繋げるからさ、だから帰ってゆっくりしてね」
「うん。ありがとう」
「それでさ……こっちに来たときは雪月の生まれた世界の話を聞かせてほしい。何が好きかとか、何をしたかとか。あ、でも話したくなかったら話さなくていいから。気が向いたときにでも聞かせてもらえると嬉しい」
ギルベルト・フライクを見ると、ほんのり頬が赤く色づいていることに気づく。それがなんだか愛しくて私は木々を見ながら言葉を発する。
「たくさん好きなことあるから話し出したらとまらないと思う」
「そうしたらお茶とお菓子を用意するよ」
「それはとっても嬉しい。ありがとう。たくさん話しちゃう」
「俺も嬉しい」
「おや、雪月。来ていたのか」
「木蓮さん! わ、本当に木蓮さんだ!」
ばっと立ち上がり腕を広げながら木蓮さんの元まで駆けている途中で気づく。今、木蓮さんは鏡を持っている。そして何より抱きつく勢いで途中まで来たけど迷惑かもしれない。
「ギル、頼めるか」
「もちろん」
「ありがとう。雪月、おいで」
木蓮さんは鏡をギルベルト・フライクに預けると、私に向かって腕を広げてくれた。
「っ、木蓮さん!」
「ふ、はは……愛しい子よ。久しぶりだね。やはり抱き締められる腕があるのはいい」
抱き締めてくれるその腕は優しい。
「我がこの姿に戻ることができたのは雪月のおかけだ」
「私、ですか?」
「そうだよ。雪月がこの世界の濁った魔力を清めてくれた。そのおかげでこの姿になれるまでに至ったよ。それでも条件付きではあるがな」
「その条件ってどういうものなんですか」
「我のもう一つの姿である大樹がある場所だけこの姿になれる。ただ離れすぎるとこちらの姿は消えてしまう。ただ心配はいらない。大樹の中に戻るだけだからね」
「そうなんですね」
「ちなみにあの姿見用の枠は大樹でできている。そして試してみたが、大樹でできたものがある場所でもこの姿は維持できた」
木蓮さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべて、そして私の後頭部に手を添えて自身の肩にそっと押しつけた。
「我も雪月を守り大切にしたいのだ。そしてできれば見送りたいし出迎えもしたい」
「……嬉しいです。ありがとうございます」
「喜んでもらえてよかった。さ、仕上げよう」
木蓮さんは私をもう一度強く抱き締めてから離れてそう言った。
「雪月には悪いけど、出来上がりを明日見てほしいからできればいないでほしい」
「うん、わかった。気をつけて作業してね」
「ああ。悪いな」
「楽しみにしておいておくれ」
「はい! 姿見お願いします!」
私は笑顔でそう伝え一度お辞儀してその場から去る。
「さて、菫にも連絡しよう」
「ピャッ!」
突然ばっと両手を広げジャンプしたリーヤに驚いてしまう。
「ピャッ! ピャキュキュ」
「え? あっちに何かあるの?」
ふんすふんすとちょっと興奮気味なリーヤに首を傾げつつ言われるまま背の高い草を掻き分けながら向かう。
「え……?」
ある場所を越えたら世界が暗闇に包まれた。けれど嫌な感じはしない。むしろ、安心するような。
「ゆづ」
「っ……!」
聴こえた声に、勢いよく振り向く。
「大きくなったな」
「……あ」
開いた口を閉じ噛み締める。涙が溢れる。涙が零れる。
ぼろぼろと落ちた涙が、記憶を揺らし思い出させるように。
わかる。わかるの。本物だって。だからこそ私の心がこんなにも動く。
「悲しませて、寂しい想いをさせて……ごめんな」
喉が張り付いて伝えたい言葉がうまく出てこない。ただ涙がぼろぼろと溢れ零れていく。
それでも、なんとか意思を伝えたくて顔を左右に振る。
「ありがとうな。お父さんを忘れないでいてくれて」
「……わ、すれないよ。っ、大好き、だから」
「お父さんも、ゆづたちが大好きだ」
そっと頭に大きな手が置かれ撫でられる。
確かな温もりが、私の心を満たす。
なんでいるの、とは言わない。これは夢ではないし、現実でもない。
これはーーとびっきり優しい魔法使いの魔法だ。
私はそれを知っている。
「おと、うっさ、ん。わた、し……」
会えて嬉しいの。だけどうまく言葉にできなくて伝えられない。
「ゆづ。お父さんの手は魔法使いの女の子と同じ魔法が使えるんだ」
「う、ん……」
お父さんは宙に指で何かを描いた。
それは、きらきらとしていてあったかい。
それは、幻のように朧気だけど確かにある。
大きな木、選択という枝。
それを見ながらお父さんは「ゆづが選んだたくさんの道。お父さんは、ゆづが選んでくれた道を見ていたんだ」と言った。
「お父さんを選んでくれてありがとう。たくさんの幸せをありがとう」
「っ、私もたくさんの幸せをありがとう。大好きだよ、お父さんのこと」
泣きじゃくりながらお父さんに抱きつく。大好きなお父さんの匂いがした。でも微かにお線香の香りがして、ああ、やっぱりもういないのだと理解する。
「実は神様が生まれ変わる前に一度だけ、自分として会いたい人に会いに行っていいって言ってくれたんだ。だからお父さんはゆづに会いに来た」
「私じゃなくて、お母さんのほうが……」
私が言いながら離れると、お父さんはふっと微笑んでまた頭を撫でた。
「静さんに、ゆづに会いに行ってってお願いされたんだ」
「え?」
「ゆづがいなくなった最初の頃はゆづを助けてって言われてた。でもゆづと連絡が取れた日に、ゆづに会いに行って無事だったからって。それで魔法がある世界でなら、もしかしたら姿を維持できるかもしれない。ゆづは私の前ではあなたのことで泣かないの。だからお願いって」
「それ、私に言っちゃっていいの?」
「静さんには秘密で」
「ん、ふふ。うん。秘密」
「だから会いに来たんだ」
私は涙を拭って、笑顔を見せる。
「リーヤ」
「ピャッ!」
「もしかしたら知ってるかもしれないけど、このこはリーヤ。リーヤ、私のお父さんだよ」
「ピャッ! ピャキュキュ!」
「はじめまして、リーヤくん。直接見ると愛らしさが増すね」
「ピャッ」
「リーヤくん。ゆづのことをこれからもよろしくね」
「ンピャッ!」
リーヤは大きく頷きお父さんと握手した。そして「ありがとう。他の方々もよろしくお願いします」とお父さんは頭を下げた。
「ゆづのことが大好きなお父さんから最後の贈り物を、どうぞ」
「わ、つげ櫛だ。ありがとう」
「どういたしまして。ゆづ、本当に大好きだよ。ゆづのことも、静さんのことも。なつくんとはるちゃんもみんな大好きだ」
お父さんは微笑んだ。その姿が透けてきていることに気づく。
「お父さん!」
櫛を大切に持ったままお父さんにもう一度抱きつく。お父さんも抱き締めてくれて、これが本当の最後。私がお父さんに『大好き』を伝えられる最後。
とびっきりで、全部の、私の想いを言葉に込めてーー。
「お父さん、大好き!」
にっととびっきりの笑顔を向けると、お父さんも同じように笑顔を見せてくれた。そしてお父さんは……消えた。
神様、ありがとうございます。最後にお父さんに会える機会をくださって。私は、ちゃんと前に進める。




