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あれから三十分。団長さんが本当の本当に限界を迎えた。そして一時中断しているところ。
エミリオたちはみんなユーリのところに残り想いの花弁を作ってくれている。そして団長さんは中庭のベンチに座り項垂れていた。私はコップと水差しを持って団長さんに近づき声をかける。すると団長さんの体が大きく跳ねた。
「っ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「……いえ。あなたのせいではありません」
昨日は本当に団長さんと目が合わないから、やっぱり何か気になることがあるのかもしれない。
「シーヴァさん。あの、昨日言っていたこと以外にも私に対して何か思うことがあるのなら教えてください。直せるところは直しますので」
目が合わないけれど、じっと団長さんを見つめる。すると団長さんはとても言いづらそうに私を見て口を開いた。
「あなたに直してほしいところはありません。ただ……」
「ただ?」
「その、王子の力はあなたの力です。だからなのかあなたの感情が私に流れてきてですね、その、触れてはいけないところに触れてしまったような気持ちになってしまって……申し訳ありません」
団長さんの言葉をしっかり聴いて理解してしまった私の顔に熱が集まる。
「謝らないでください……! 私こそ感情を無にできず、だだ漏れにしてしまってごめんなさい。やりづらかったですよね」
そりゃあ目が合わないはずだ。私も気まずいし、団長さんと目が合わせられない。
私はただただ恥ずかしさと戦いながら地面を見つめる。
エミリオたちが飄々としていたから恥ずかしくはあったけれどここまでではなかった。だけど受け取る側の気持ちでここまで私の恥ずかしさも増すとは思わなかったです。はい。
エミリオが力を貸すってことは、貸し出されているその間ずっと私の感情が団長さんに流れるんだよね。それは成功しても、団長さんが九割で私が一割くらいの精神的なダメージがあるよ……ん、あれ。ちょっと待って。今気づいたけどエミリオの力じゃなくてもいいのでは。
「あの、シーヴァさん。エミリオの力じゃなくて、他の誰かではいけないんですか?」
「駄目ですね。ドウマンとフォールマは貸し出せるほどの魔力量がありません。そしてユーリの魔力が特殊なため、私の体が持つかがわからないとのことでなしになりました」
「なるほど」
「クロウに関してはできないことはないけれど、自分よりエミリオ王子のほうが適任だと進められました。アメリア姫は女性というのもありますが、何より力の形が何かを作るということに関しては向かないと仰られていましたので……いろいろな話し合いがあった結果エミリオ王子になったのです」
「そういうことだったんですね。でも、そうするとアメリアさんも力を借りないとですよね……?」
「いいえ。アメリア姫は力の形を一時的に変化させるとも仰られていましたので、恐らく私に貸すことはできないけれどという話だと思います」
団長さんの言葉に頷きつつ、あとでアメリアさんに確認しようと決める。
力の形を変化させるってことはアメリアさんにとって負担かもしれない。それを言ったら、力を貸すエミリオもだし力を借りる団長さんもだ。みんな何かしらの負担がある。みんな私のために何かをしてくれている。私も、みんなに何かしたい。けど何をしたらいいだろう。
「大丈夫ですよ。無理はしていませんし、危険なこともありません」
「……」
「あなたが私たちの心配をしてくださることを知っている。だから私たちはあなたに心配をかけない方法でやることに決めたのですが……あなたの感情が伝わってくるのは予想外でした」
ふっと表情を和らげた団長さんは「私たちを信じてください」と言葉を続けた。
「っ、はい」
「あともう一つ。これは個人的なお願いなのですが、あなたの心に触れることをお許しいただきたです」
逸らされることなく、まっすぐ目が合う。それがなんだか嬉しくて満たされる。
私は頷き笑顔を浮かべ「どうぞ」と伝える。
「ありがとうございます」
「いえ。ご丁寧にありがとうございます。それと私、シーヴァさんと目がちゃんと合って嬉しいです」
「申し訳ありません。後ろめたさのような感情が邪魔をしまして……ですがよくよく考えてこの後ろめたさのような感情は、あなたからの許可を得ていないのに勝手に触れてしまったからだと気づきました。ですので許可をいただけて安心しております」
言葉通りほっとしたような柔らかな表情に私の頬も緩む。
「想いの花弁が作れるよう努めます。もう暫しお待ちください」
「はい。シーヴァさん、お願いします」
立ち上がり頭を下げるとシーヴァさんも立ち上がり私に手を差し出した。
その行動があまりにも自然だったから、私は悩むこともせず団長さんの手に自身の手をのせる。するとそっと握られ引かれた。
「行きましょう」
「はい」
私のペースに合わせ歩いてくれる団長さん。手が触れていないほうにはコップと水差しがある。それがなんだか面白くて不思議な気持ちだ。
***
ユーリたちのところへ戻ると、みんなが作ってくれた色とりどりの美しい想いの花弁を見せてくれた。それにお礼を伝える。そして団長さんは現在エミリオから力を貸してもらって、力の扱い方を教えてもらっているところ。ちなみに団長さんから緊張するので見ないでほしいとお願いされているので、団長さんには背中を向けている。ただ気になってそわそわしてしまうのは許してください。私の感情が伝わるのに邪魔してしまうようなことをして申し訳ないです。
そう思うと、ぐっとめちゃくちゃ渋いお茶を飲んだときのような表情になってしまう。
「雪さん。はい」
「ん?」
「団長と手を繋いでたでしょ。僕も繋ぎたい」
手を繋ぎたいとは言われたけど両手を差し出されて困ってしまう。
「駄目?」
「駄目じゃないよ。うん。駄目じゃない」
とりあえず両手だから、私も両手でいけばいいよね。
そう思ってユーリの手に自身の手をのせる。すると満足そうに可愛い笑顔を見せてくれて、にぎにぎと握られる。
「ユーリ、いいことしてるね。俺も……」
「駄目。無理。嫌」
「せめて最後まで言わせてほしいんだけど」
「クロウも雪さんと手を繋ぎたいんでしょ。無理。クロウは雪さんの力で一緒にいられるんだから今は僕に譲ってよ」
クロウに向けるユーリの表情が年相応のもので、なんだかそれが嬉しい私はユーリの手をそっと握り返して口を開く。
「クロウ。あとで手を繋ごうよ。もちろんクロウがそのときまで手を繋ぎたかったらだけど」
「お許しがでたから、待ってるよ。あとで繋ご
うね」
クロウは団長さんたちのほうへと戻ったのを気配で感じる。
「ねえ、雪さん。クロウって僕たちが知るクロウの雰囲気に戻ったよね。雪さんが僕たちのところへ帰ってきてくれたときは冷静で穏やかな雰囲気だったのに」
「私が元気でいられるようにしてくれてるんだ」
「そうなんだ。雪さんが元気でいてくれるならいいんだ。ああいう雰囲気の人が苦手だったでしょ? だから少し心配になっただけ。でもクロウって嫌な人じゃないから安心した」
ユーリの言葉にじんわり嬉しさが広がる。私は「うん」と笑顔で返事をした。でもやっぱりユーリも気づいていたんだなあ。私がああいう雰囲気の人が苦手だって。
そのあとしばらくユーリと話したり、ときどき来てくれるドウマンとクロウにアメリアさんと話をして過ごす。そして団長さんから許可が出たので振り返ると、団長さんの手に想いの花弁がのっていた。
「きれい……」
「ありがとうございます。エミリオ王子のおかげで作ることができました」
「シーヴァさんありがとうございます。エミリオもありがとう」
「どういたしまして。あとは嵌め込んで道を創るだけだ」
「うん」
「ただそれは明日にしよう。みんな魔力の消費が激しいから、今道を創っても安定しない可能性がある」
「そうですね。道を創るときは雪月様も魔力を多く使います。ですので今日の残り時間はゆっくりと過ごしてください。穏やかな心で使うほうが魔法は安定しますから」
「はい!」
「それじゃあ全員の想いの花弁をここに入れようか。そのあとは俺が預かるから」
そう言ってクロウは小箱を取り出し想いの花弁を嵌め込んでいく。そして小箱をマジックのようにどこかへしまった。
マジックというか魔法だ。本物の魔法。うん。
「安全なところに置いたから大丈夫だよ」
「ありがとう」
「明日もここに集合でいいのかな」
「明日はゆづきが召還された場所に集まってほしい。あそこは道を創るのに最適な場所だ」
ペンタスの言葉にみんな頷き返事をして解散となった。そこで気づく。
ギルベルト・フライクの姿を見ていないことに。そしてクロウが小箱を取り出したとき、既に一つ仕舞われていたことにも。
「……」
私は誘われるように外へと出て、木蓮さんがいる場所へと歩みを進めた。




