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 翌日の朝、柔らかな音に誘われるように目が覚めた。


「ゆづき、おはよう。鏡が反応しているよ」


「え? あ、本当? ちょっと待ってね」


 体を起こし、手早く髪を整える。


「ペンタス、お願いします」


「うん」


 ペンタスは笑顔で鏡を手渡してくれて「ありがとう」と言って受け取る。そしてペンタスは姿を小鳥へと変えて一鳴きした。


『あ、おねえちゃん! おはよう!』


『おねえちゃん! おはよう!』


「おはよう」


『おねえちゃんのところもあさ?』


「朝だよ」


「いっしょだねえ」


「そうだね。あ、なつくんたちは朝ご飯食べた?」


『まだだよ!』


『いまね、おかあさんがぱんぺーきつくってくれてるの!』


「そっかあ。お母さんのパンケーキ美味しいから楽しみだね」


『うん! おねえちゃんもかえってきたらぱんぺーきたべようね! おかあさんにおねがいしますするから!』


『ぼくも! おかあさんにおねがいしますするよ! あとね、おねえちゃんがすきなもものじゃむもあるよ!』


「はるちゃん、なつくん。ありがとう。桃ジャム嬉しいなあ。わけっこして食べようね」


 はるちゃんとなつくんが二人揃って元気よく返事をしてくれる。その姿を見て胸がじんわりとあったまる。


『はるちゃん、なつくん。パンケーキできたよ』


『はあい!』


『おかあさん! おねえちゃんとおはなしできるよ!』


『なつくんとね、おねえちゃんにあさのごあいさつしたくてもしもししたの!』


『え、ゆずに?』


「お母さーん! おはよう」


 床が映っている状態からお母さんに声をかけると、はるちゃんとなつくんから鏡を受け取ったお母さんが鏡を覗いた。


「おはよう、お母さん」


『おはよう。そっちも朝なの?』


「朝だよ。こっちの今の時間は七時五分」


 私が時計を確認して時間を伝えると、お母さんも私の部屋にある時計を確認して『こっちも七時五分、あ、今六分になったわ』と言った。


「時間の流れは一緒みたいだね」


『そうみたいね』


「お母さん。行き来できるようにする方法のことなんだけど、想いの花弁(かけら)になったよ。それで私の世界からこちらの世界に行く扉に、私の部屋にある姿見を使おうと思ってる」


 お母さんが鏡の枠を作ってくれた私の大切な姿見。優しさと愛が感じられて、温もり溢れる私の宝物。


 お母さんは寄り添ってそっと抱き締めてくれるような、そういう感情を含んだ優しい笑みを浮かべた。


『そう。いいと思うわ』


「お母さん……私、帰ったらお母さんのご飯食べたい」


『ええ。ゆずの大好きなものたくさん作るわね』


「うん……ありがとう」


『わたしおてつだいするー!』


『ぼくもするよ!』


『二人ともありがとう。たくさん作りましょうね』


「はるちゃんとなつくんもありがとう。嬉しい」


 あったかい空気に涙がじんわりと溢れ始める。たぶん帰ったら泣き止まないなあ、私。


『ゆず。実はあのあと想いの花弁(かけら)を硝子細工で作ってみたの』


 私の机の上に並べられた色とりどりの硝子細工。それは花弁のように並べられていて、お父さんの絵本で見たあの想いの花弁(かけら)で……私の涙腺がさらに緩む。


「綺麗だね……お母さん、すごい」


『ありがとう。私は魔法が使えないけれど、想いをたくさん込めたから魔法にも負けないわ』


「ん、ふふ……お母さん最強だ」


『私は、ゆずのお母さんだもの』


 その言葉に笑顔を返すけれど、上手に笑えているかと言われると否である。泣き出してしまいそうなぐちゃぐちゃな笑顔だ。


『おねえちゃん! ぼく、なでなでしたよ! おねえちゃんだいすきって! いっぱいいれたよ!』


『おねえちゃん! わたしもおねえちゃんだいすきっていったよ! それでね、たくさんなでなでもしたの!』


「なつくんとはるちゃんもありがとう」


『おねえちゃん! はやくかえってきてね!』


『それでいっしょにごはんもたべたいし、いっしょにねんねしたい!』


「うん。頑張って早く帰るよ。もう少し待っていてね」


 はるちゃんとなつくんが元気よく返事をしてくれた。そしてお母さんと姿見について話をして、姿見には一応布を被せることにした。なぜかと言うと、繋げたときに私の自室が丸見えになる可能性があったためである。一応、私もそういうところは気にするんだ。


「それじゃあ、そろそろ準備して行かなきゃだから」


『ええ。気をつけてね』


「ありがとう。お母さんたちも気をつけてね。はるちゃん、なつくん。連絡してくれてありがとう。嬉しかったよ」


『えへへ、わたしもおねえちゃんとおはなしできてうれしい!』


『ぼくもうれしい! おねえちゃんにまたもしもしするね!』


「うん」


 笑顔で手を振って「またね」と言って切る。昨日よりずっと穏やかな心境だ。


 弾んだ気持ちで歯を磨き顔を洗い、身支度を手早く済ませ部屋から出る。そして天さんが残してくれた空間から出ると、アメリアさんがこちらに向かってきているのに気づいた。


「アメリアさん、おはようございます」


「おはようございます。迎えに上がりました」


「ありがとうございます」


「昨晩はよく眠れましたか?」


「はい。ぐっすりでした」


「それはよかったです」


 微笑み返してくれるアメリアさんからは昨日のような雰囲気は感じられない。恐らく朝一に団長さんと話をしたのだろう。


「そういえば、雪月様がユーリのところへ着いたらきっと驚きますよ」


「驚き、ですか?」


「はい。驚きです」


 ふふ、とにっこり愛らしい笑顔で言い切られたので「そっかあ。驚くのか」と納得する。


「……」


 確かに納得したけれど、この状況は予想外すぎて口がぽかんと開いてしまう。


「お姫様、おはよう」


「お、はよう」


 扉のノブを握ったまま身動きがとれずにいた私に気づき声をかけてくれたクロウ。私がクロウに「この状況はなに」と困惑した声で問いかけると、クロウは私からエミリオと団長さんへと視線を移す。


「想いの花弁(かけら)を作るために魔力の貸し出しをしているところだよ」


「そうなんだ。でも、あれはちょっと、その、ね?」


 いい言葉が出てこなくて、歯切れ悪いことになってしまった。


 私はエミリオと団長さんから視線をずらし、どうにか焦点が合わないようにする。だってなんだか見てはいけない感じがするんだもの。


 どいうことかと言うと、笑顔のエミリオが団長さんに壁ドンしていた。しかもよくよく見てみるとエミリオの右手と団長さんの左手が恋人繋ぎされている。


 ね。え、なに、これどういう状況ってなるでしょう。なるよね。驚き越えて困惑だよ。


「団長ー、真面目にやってよ」


「やっている」


「シヴィ。今のお前は逃げているだけだろ」


「逃げてないだろう! ちゃんとやっている……!」


「それならちゃんと僕と目を合わせて。先ほどまではできていたのだから、できないことはないだろう。ほら、逸らさないで」


「っ……」


 団長さんがぎゅっと難しい顔をした。


 わかる。わかりますよ、団長さん。エミリオって美形でいい声だから、こう、いろいろな感情が襲ってきますよね。そういう表情になるのわかります。


 私の困惑が伝わったのかエミリオが私を見た。それに続いて団長さんも私を見たんだけど、なぜか団長さんの瞳が揺れて気まずそうに逸らされた。


 確かにこの状況を見られたのは気まずいですよね。私も少し気まずいですから。


「やあ、雪月。おはよう」


「おはよう」


「おはようございます……」


「雪月。今、ウォルフに力を貸そうとしているところなんだ」


「うん。そのことで話があるんだ。さっきお母さんと話をして硝子細工で想いの花弁(かけら)を作ってくれてて、お母さんたちが想いを込めて作ってくれたのが鏡越しだけど伝わってきて……だからシーヴァさんもそういう感じでお願いできないかなと思いました」


 エミリオは意味深に微笑み、団長さんからは感謝の眼差しをいただいた。


「雪月。それはいい案だけど、却下だ」


「どうして?」


「雪月の世界でなら問題ない。だけどこの世界で作るとなると素材を育てるところから始めなければならない」


「雪月様、エミリオの言う通りです。この世界は雪月様によって変化しましたが、この世界にはまだ救世主を元の世界へは帰さないという意思が残っています。その感情が入っている素材を使用するのは危険です」


 アメリアさんの言葉に「確かに」と思う。でもそうすると団長さんが無理をしなければならないということで。申し訳なさを感じながら団長さんを見る。


 団長さんは顔を青くして私を見ていた。


「シーヴァさん! 大丈夫ですか!」


「私は大丈夫です。心配いりません……」


「そうですか。もし辛くなったら教えてくださいね」


「はい」


 目が一瞬しか合わない。いや、合ったかなと思った次の瞬間には逸らされているから合っていないかも。


 昨日の今日だからとかだったりしますか。でも昨日あのあとは大丈夫だったし。何かあったとするならばやっぱりこの状況を見られたことかな。


「ウォルフ。続けるよ。雪月はあっちに座って待っていて」


「うん」


 ドウマンが椅子を引いて「こちらへどうぞ」と言ってくれたのでそちらへと行きお礼を伝え座る。


 じっとエミリオと団長さんを見つつ、団長さんの心労がこれ以上増える前にどうか力を貸せますようにと願った。

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