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 フォールマがいるであろう医務室へ向かっている最中、鏡の向こうから誰かが呼んでいるような声が聞こえた。


 その声はまだ幼く、私がよく知る声。


「はるちゃんと、なつくん……?」


「雪月様、どうしましたか?」


「今、鏡から妹と弟が私を呼んでいるような声が聞こえた気がしたんです」


「鏡には誰か映っていませんか?」


 クロウの言葉に私は鏡を持ち上げ見てみるけれど、そこには自分とペンタスの姿が映るだけ。会いたいという想いが生んだ気のせいだったのかもしれない。


「映っているのは私とペンタスだけですね……私が会いたいから呼んでくれているような気がしただけで、気のせいだったんです。さあ、フォールマを呼びに行きましょう」


「気のせいではないと思いますよ。遠いけれど、確かに雪月様を呼んでいる声が聞こえます」


「え……?」


 私が驚いた表情を見せるとクロウは悪戯っ子のような笑みで「僕は雪月様の力ですからね。感覚共有できますよ」と爆弾発言をした。


「感覚、共有……」


「はい。雪月様と感覚の共有ですね。あ、大丈夫ですよ。心配しないでください。悪用しませんから。共有するのは雪月様に必要なときだけです」


 にっこり可愛らしい笑顔のクロウに浮かび上がった「みんなできるの」という問いはあえて声にはしない。だって私の力だからと言われてしまったらそれまでだ。それに感情が伝わっているとエミリオが言っていた。だからその他があってもおかしくはない。おかしくはないけれど、感覚共有は困る……なのでこれは私自身がどうにか対処しなくては。


 それを考えるのはあとにして、今は聞こえる声についてだ。


「雪月様。もしかするとその鏡は、雪月様への強い想いを受けてその想いを届けているのではないでしょうか」


 クロウの言葉にお母さんたちの顔が浮かんで自然と溢れた「はるちゃん、なつくん……お母さん」という声は弱々しく震えていた。


『おねえちゃん! いる!』


『おねえちゃんにあいたい!』


「っ……今、はっきり声が聞こえた!」


「ええ。僕も聞こえました」


 その声は間違いなく私の大切な妹と弟、はるちゃんとなつくんのものだ。


「ペンタス。菫じゃないけど繋げられる?」


「ピィ」


 ペンタスは返事をしてくれると、前回とは違うあの表現できない音で鳴いた。すると鏡の中がぐにゃりと動き、そして映し出されるはるちゃんとなつくん。私は瞬間的に二人を呼ぶ。


「はるちゃん、なつくん……!」


『っ、おねえちゃん!』


『おねえちゃんだ!』


『おねえちゃん! いまどこにいるの!』


『おねえちゃん! いたいとこない!』


 ぶわりと感情が昂って涙腺が緩む。だけどそれを堪えて「おねえちゃんね、今違う世界にいるの。あと痛いところはないよ。ありがとうね」と笑って答える。そしてお母さんがいるかを聞く。


「はるちゃん、なつくん。お母さんはいる?」


『おかあさん? おかあさんね、いまおはなししてるよ』


『あのね、おねえさんとおはなししてるの。それでおねえさんが、かがみでおねえちゃんとおはなしできるっていってた』


「っ……!」


 菫だ。菫がお母さんと話をしている。つまり私の帰る世界は、菫と同じ世界。


「はるちゃん、なつくん。お母さんを呼んできてくれるかな?」


 私がそう言うとはるちゃんとなつくんは顔を見合わせ、むっとしたような難しい表情をした。


 あ、この顔は嫌って言うときのものだ。


 嫌と言われる前に一応もう一度お願いしてみる。だけど帰ってきたのは二人揃っての「いや! おねえちゃんといる!」だった。


「はるちゃん、なつくん。お願い」


『やだ!』


『ぼくもやだ!』


「はるちゃん、なつくん」


『いやなの!』


『いや!』


 これは駄目だ。梃子でも動かない感じの嫌だで

ある。


「あ、そういえばはるちゃんとなつくんは今どこの部屋にいる?」


『おねえちゃんのおへや!』


『おねえちゃんがはるちゃんとぼくにくれたかがみでおはなしするからきたの!』


 私の部屋ってことは……たぶん扉は開いたまま。そしてお母さんはたぶん客間で菫と話してる。


 距離的にはいける。声が届く範囲。大きな声でお母さんを呼び続ければ、きっと気づいてもらえる。ただそれをやった場合、こっちで騒ぎになる可能性がある。


「……クロウ。私の回りだけ防音にすることできますか?」


「もちろんできますよ」


「それじゃあ私の回りだけお願いします」


「はい」


 クロウは私の肩をぽんぽんと二度叩きにっこり笑う。そして「できました」と言われる。あまりの早さと意外な方法だったので、私は目をぱちぱちとしてしまう。


「大丈夫です。ちゃんとやりましたから」


「ありがとう」


 クロウにお礼を伝え、はるちゃんとなつくんに視線を戻す。


『おねえちゃん、いまのだあれ?』


「おねえちゃんの大切な人だよ」


「っ……!」


『たいせつなひと?』


「そうだよ」


『はるちゃんとぼくとおかあさんとおとうさんとおんなじ?』


「うん。おんなじ」


『おんなじならぼくもおんなじする!』


『わたしもおんなじするー!』


 鏡の向こうできゃっきゃっと楽しそうにする二人に思わず笑みが零れる。


「はるちゃん、なつくん。今からおねえちゃんお母さんを呼ぶから一緒に呼んでくれるかな?」


『いいよ! おねえちゃんといっしょによぶ!』


『ぼくも! おねえちゃんとはるちゃんといっしょによぶ!』


「ありがとう。それじゃあ、いっせーのーで! おかあさーん!」


『おかあさーん!』


『おかあさーん!』


 はるちゃんとなつくんも一緒だからかなり大きな声になったけど、お母さん気づいてくれたかな。私だって気づかなくてもはるちゃんとなつくんの声は聞こえるから、きっとお母さんは部屋に来てくれる。


「もう一回、いっせーのーで! おかあさーん!」


『おかあさーん!』


『おかあさーん!』


『はるちゃん、なつくん。大きな声を出してどうしたの? 何かあった?』


 お母さんの声が聞こえたと思ったら、はるちゃんとなつくんが鏡を動かしたようでお母さんの足元が見える。そしてはるちゃんとなつくんがお母さんに私のことを伝えた。


『おかあさん! おねえちゃん!』


『おねえちゃんとおはなしできるよ!』


『ゆづ、と? 何を言って……』


「っ、お母さん!」


 お母さんの顔が映った瞬間、私はありったけの声量でお母さんのことを呼ぶ。するとお母さんは私に気づいてくれて鏡を覗き込むように見た。


『……っ、ゆず! 怪我してしてない! 無事なの!』


「お、お母さん……大丈夫。怪我してないし、無事だよ。ただちょっと異世界にいるだけ」


 じわりと涙の膜ができたと思ったら、我慢できずにぼろっと大粒の涙となって零れ落ちる。


 私が覚えているお母さんより窶れていて、どれだけ心配をかけたかがわかる。


「お母さん。心配かけてごめんなさい」


『いいのよ。ゆずが無事ならいいの。ああ、でも彼女の話は本当だったのね』


「あ、お母さん。あのさ、その彼女って弓波菫さんっていう人?」


『ええ、そうよ。あなたのことで訪ねてくれて、今は客間で待っていてもらっているわ』


「お母さん。ごめん。菫さんに会わせてほしい」


『わかったわ。はるちゃん、なつくん。お母さんに鏡をちょうだい』


『んー、いいよ!』


『ぼくもいいよ!』


 さっきとは違いにこにこと愛らしい笑顔でお母さんに鏡を手渡してくれるはるちゃんとなつくん。鏡を受け取ったお母さんは菫がいる客間に行くために部屋から出ようとして、不自然に立ち止まった。


「お母さん、どうしたの?」


『ねえ、ゆず』


「なに?」


『この部屋から出たら切れる、なんてことないわよね』


「大丈夫! 切れない!」


『信じていいのね?』


「うん! 絶対に大丈夫!」


 不安そうなお母さんに笑顔を見せてぐっと親指を立てる。するとお母さんは小さく頷いて部屋から出た。


 お母さんは鏡を守るように抱えてくれているようで、廊下を歩く音が聞こえる。そして襖が開く音が聞こえた。


『菫さん。お待たせしてしまってごめんなさいね』


『いえ。大丈夫でしたか?』


『ええ。それで、今この鏡がゆずと繋がっているの』


 お母さんはそう言いながら私が映っているほうを菫へと向けた。そして私と目があった菫は、カッと目を見開き私の名前を呼んだ。


『雪月! え、どういうこと? この鏡も曰く付きなの?』


「ううん。お店で私が直感的にいいなって思って買った鏡」


『その直感が曰く付きを選んだ可能性は?』


「ないとは思うけど、今の状況だと否定しきれないところがある」


 菫と私はなんとも言えない表情をする。そしてなんとも言えない表情から先に抜け出したのは菫だった。


『とりあえずあなたが帰る世界はわかったわね。いい? あなたが帰ってくるのは、ここよ』


「うん。ありがとう、菫」


『あとは道、ね。喚ばれたときは片道切符のような感じだったから、帰り道はないようなものだし』


『そのことで私からいいかしら?』


『っ、あ、ごめんなさい! 雪月さんと二人で話始めてしまって!』


「お母さん、私もごめんなさい!」


『いいのよ。私も邪魔しちゃってごめんなさいね。ただ道のことで思うことがあって……ねえ、ゆず。あなたが一番好きなお父さんの絵本を覚えてる?』


「うん。覚えてるよ」


 だから、リーヤが生まれた。そして今このときまで思い出しては、前に進めたんだ。


『そのお話に、想いの花弁(かけら)を埋め込んだ鏡の道があったわよね』


「っ、あった! あったね!」


 そうだ。見習い魔法使いの女の子が訪れた国に、一人で頑張っている女の子がいた。そしてお話が進み、二人は友達になった。だけど距離がありすぎて会うことが叶わないかもというときに、お師匠様が見習い魔法使いの女の子に魔法を教えたんだ。想いあいがなければ使えない魔法。そして想いが強ければ強いほど花弁(かけら)は色づき、美しいその姿を見せてくれる。


 ーーそれは、道を創り出す魔法。


 想いあいから創り出された(うまれた)道だから、行き来できる。


 私が、求めている道だ。


『ゆず、帰ってくるだけなら別の方法があると思うの。だけどあなたのことだから、行き来できるほうがいいでしょう。でもこの方法ができるかわからないから、方法の一つとして候補に入れておいてほしいの』


「お母さん! 本当にありがとう! どうにかできるように考える!」


『どういたしまして。あなたの役に立てたみたいでよかったわ』


「お母さん……また連絡するね」


『ええ。待ってるわ。ゆず、ちゃんとご飯を食べてゆっくり休むのよ』


「うん。お母さんもご飯食べてゆっくり休んでね」


『ええ。約束するわ』


「私も約束するよ。それじゃあ、また」


『ゆず、愛してるわ』


「私もお母さんとはるちゃん、なつくんを愛してるよ! 菫もまた連絡するね」


『わたしからもするわ』


 いざ切るとなると淋しさが勝ちそうになって、それを誤魔化すように笑顔で手を振ってペンタスに切ってとお願いする。そしてペンタスが表現できない音で鳴くと、鏡には自分だけが映る。


「っ、ふー」


 それが、淋しくて……悲しかった。

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