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優しく頭を撫でる感覚が少し遠くのほうである。徐々に体の感覚がはっきりしてきて目を開くと、色彩豊かな美しい瞳と視線が交わる。
「おはよう。ゆづき」
彫刻のように美しい中性的な顔に声。纏う空気、私を呼ぶ音は、ペンタスのものだ。
「ペンタス。おはよう」
ペンタスは小さく驚いたように目を見開き、そのあと目を細め柔らかく笑う。
「わたしだってわかってくれて嬉しい。ありがとう」
「ペンタス、あなたが私の神様?」
「そうだよ。わたしがゆづきの神様。ゆづきだけの神様だよ」
ふわっとペンタスの髪が浮き、色鮮やかなところが見える。
私は気になっていることを訊きたくて口を開く。
「ペンタスは何が嬉しいと思ってくれたの?」
「名前をくれたこと。その名前で呼んでくれること。一緒にいるとき他愛ない話をしてくれること。あなたといられること、その全てが嬉しくて満たされる。わたしがみんなの神様だったときには得られなかったものだから」
ペンタスは微笑みながら私の頬に触れ撫でる。
「あなたの力になったとき、わたしはあなただけの神様になると決めた。あなたがわたしに、一緒に最後を歩いてと言ってくれたから」
「……ペンタス」
「ゆづき、もう一度わたしを呼んで」
「ペンタス」
「うん。もう一度、お願い」
「ペンタス」
ペンタスは目を閉じて噛み締めるように私が呼ぶのを聴いていた。私は上体を起こしペンタスの両頬を包むように手を添えて「ペンタス。ありがとう。私の神様になってくれて」と伝えると、ペンタスは私の右手を取り握る。そして左手には自身の手を重ね甘えるように頬を擦った。
「ゆづき。わたしがあなたの神を預かる。だからあとは行き来できる道を創るだけだよ」
「ペンタス……ありがとう」
「神を預けるのが不安?」
その問いに頷く。
桔梗が力を貸してくれると言ってくれたけれど、もし行き来できる道が突然消えてしまったら……力を預ける話になったらそれが頭をちらついて不安になってくる。
「ゆづき、大丈夫だよ。色や形、大きさや強さが変われど元はわたしの力だから長期間持っていても堕ちることはない。だから安心して」
「それが、永遠になってしまったら」
ペンタスは柔らかく笑って私の頭を撫でた。そして「ゆづきは優しいね。わたしの身を案じてくれて」と言った。
「行き来できる道が安定するように桔梗も力を貸してくれると言っていたでしょう。それに桔梗と共にいる神様も力を貸してくれる。あとはゆづきの想いと、ゆづきを想う者たちの心次第。まあ、わたしがゆづきを離すつもりがないからゆづき次第かな」
「私次第なら、大丈夫。私、嫌なら行き来できる道を選ばないから」
「うん。それなら絶対に大丈夫だよ。不安になることはない」
「ありがとう。安心した」
ほっと安堵の息を吐いて笑うと、小さくリーヤとルナが鳴いた。そしてスターチスも何か呟いていた。それに気づいた私が口を開くより先にペンタスが言葉を発した。
「リーヤ、ルナとスターチス。ごめんね。もういいよ」
「ピャピャッ」
「ウォン」
『ーー』
リーヤは私の手に自身の手をのせてにぱっと笑った。そしてルナは喉を鳴らしぶんぶんと尻尾を左右に振っていて、スターチスは私を後ろから抱き締めた。
「ピャッ!」
「ワンッ! ウォン!」
『ーー』
「ありがとう。私もみんなのこと大好きだよ」
「ピャ! ピャキュキュ!」
リーヤは思い出したと言わんばかりに声を出し扉のほうへと顔を向けた。それが合図だったかのように部屋の外からアメリアさんとエミリオとクロウが声をかけてくれる。
「雪月様の力としてではなく、アメリア・ルウ・アルディーナとして雪月様を想っておりますのでご安心ください」
「僕はあなたが知っている通りの想いがあるけれど、それがなくてもあなたを想っているから」
「雪月様。僕もあなた様を離す気がないので覚悟してくださいね」
「はい? クロウ、あなた……雪月様! 私も雪月様を離しませんのでよろしくお願いいたします」
「へ……?」
「ふ、あはははっ……! 彼女は思っていても言葉にはしないと思っていたけれど違ったね。ねえ、ゆづき」
「うん、驚いた。でも嬉しい。アメリアさん、ありがとうございます。エミリオとクロウもありがとう」
「ピャピャ」
「あ、そうだね。支度してくる。ペンタス、外で待っていてくれる?」
「もちろん」
「ありがとう。一緒にご飯食べようね」
「うん。食べ終わったらユーリのところへ行こう。あの子なら行き来できる道を見つけることも創ることもできるから」
返事をするとペンタスは微笑み私の頭を撫でて部屋から出ていった。
「ピャ」
「そうだね。鏡を忘れないようにしなきゃ」
「ピャキュキュ」
『ーー』
スターチスがそっと鏡を手に取って、守るように包んで持ってくれる。
「ありがとう、スターチス」
『ーー』
「ウォン」
「っ! あはははっ、ルナありがとうね。でも大丈夫。歩けるよ」
「ワンッ」
私は布団から出て、いつもやっていたように畳み仕舞う。そして洗面所へ行き歯を磨き顔を洗って、動きやすい服を着る。髪にはエドさんと桜さんから貰った深い青色の髪飾りをつける。
準備が終わったので部屋から出るとペンタスだけではなく、アメリアさんとエミリオとクロウもいてくれて……嬉しくなって笑顔になってしまう。
***
ご飯を食べ終えユーリのところへ来た私たちは、ユーリに鏡のことやペンタスのことなどを話した。そして話を聞き終えたユーリは少し鋭い表情でペンタスを見て「あえて言うね。あなたが神様なら雪さんの生まれた世界がわかるはずだし、道を創るのだって簡単でしょ。どうしてそうしないの」と言った。ペンタスはユーリの言葉に、ただただ微笑み言葉を返す。
「だからこそなんだよ。わたしがそれをしたら危険なんだ。だってもしわたしが心変わりしたら、わたしはゆづきをこの世界に引き留めて帰さない。そうなったらゆづきの逃げ道がなくなってしまう」
「っ……!」
「あなた、まさか……!」
「その気があるのか」
「……」
「ペンタス……」
「ああ、警戒せず安心してほしい。今のわたしにそういう気はないから」
「今は? あなたはいつかそうする予定があるわけ?」
「ないよ。だけどもしもがあるかもしれない。だから、行き来できる道を見つけ創るのがわたしではいけない。そういう理由があるから、できれば君一人ではなく他の者にも頼んでほしい。できるだけ多くの者が関わることで安全と安心さが増すからね」
「……そうする。雪さん、僕団長たちを呼んでくるね」
「私も行くよ」
「それじゃあ、手分けして呼びに行こう」
「うん」
そうして私はユーリと分かれてフォールマを呼びに行くことになった。そして距離の問題でアメリアさんはドウマンを、エミリオはギルベルト・フライクを呼びに行ってくれている。ちなみにクロウとペンタスは私と一緒で、ペンタスは小鳥の姿になって頭の上にいる。私は包むようにペンタスを掴み手のひらに乗せ直して目線を合わせる。
「ピィ?」
「ねえ、ペンタス。大丈夫だよ。私がいる。もし、そういう気になってしまったら話をしよう。それで駄目なら真っ向からぶつかりに行くからさ……だから、大丈夫だよ」
「……ピィ」
「うん。どういたしまして」
「雪月様の神様、僕からもよろしいですか?」
「ピィ」
「あなたの抱くその恐怖が僕にはわかります。だから念のため互いに見張りませんか。僕にも、そのもしもがあるかもしれませんので」
「ピィ、ピィピィ」
「それではその兆しが少しでも見られれば僕が止めますし、雪月様に報告してぶつかりに行ってもらいますね」
「ピィ」
「大丈夫ですよ。僕の力は自由なので、あなたに引けは取らないかと」
「ピィ、ピィピィ」
「はい。よろしくお願いします」
流れるように自然と話が進んでいくのを聞いていたら、そのまま争うことなくまとまった。
うん。まとまったのはいいことだと思う。思うけど……そうか。クロウもペンタスと同じように、もしもがあるかもしれないのか。
「雪月様、ご安心ください。そのもしもはないに等しいので。ただ念には念を、です」
「それじゃあ私も念には念をということで言いますが、クロウもそういう気持ちになったら隠さず言ってね。それで話し合おう。私の知らないところで、はい終わりましたはなしでお願いします」
「承知いたしました」
クロウのどことなく胡散臭い笑みに、じとっとした眼差しを送ってしまう。
「クロウ、約束ですからね」
「はい、約束です」
「……ペンタス、どう思う」
「ピィ」
「そんなに胡散臭いですか? 大丈夫ですよ。雪月様との約束ですから守ります。それにほら、僕いいこで雪月様を待っていたじゃないですか」
「……確かに? あ、でもしないほうがいいって言ったことしたよね」
「あれは僕だとわかるように接しただけで、ちゃんといいこで待ってましたよ。雪月様にした約束です。だからちゃんと守りますよ」
クロウは褒めてと言わんばかりの笑みを浮かべてそう言い切った。その笑みに先ほどの胡散臭さはない。
「クロウ、疑ってごめんなさい」
「いいですよ。でもちゃんとわかってくれましたか? 僕がいいこだって」
「はい」
「僕は雪月様とした約束は絶対に守るので、そこは信じてくださいね」
クロウの曇りなき可愛らしい笑顔に私はただただ頷いた。




