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あちらとこちら

 あの日から早一週間。私は団長さんと一緒に不浄にされたこの世界の人たちに会いに行ったり、ユーリと一緒にこの世界とあちらの世界を行き来できるように道を探したり途中まで創って壊したり、木蓮さんに会いに行ったり、ドウマンと出掛けてゆっくりしたりして過ごしていた。ちなみにあの日起きて部屋にあった姿見で確認したらいつもの自分に戻っていた。そこから目立った変化はなく、(ちから)も馴染んでいるように思う。


「んー」


 お気に入りの庭園にあるベンチに座り、花を見ながら意味もなく声を出す。


 行き来できる道が見つかったとして、神となった今の私では帰ることができない。なぜならこのまま帰ってしまうとあちらの世界でどんな影響が出るかわからないからだ。


「ルナたちにはお留守番の形でこちらに残ってもらえれば大丈夫だとして……問題はペンタス」


「ピィ」


 頭の上から可愛らしい返事が聴こえてくる。


 今のペンタスはもっふりとした愛らしい小鳥の姿をしていて、鳴き声も他の鳥たちと同じような鳴きかたをしている。そして居心地がいいのか一週間ずっと私の頭の上にいる。だけどお風呂のときと寝るときは違う場所にいてくれるから安心した。


「ペンタス。リーヤやルナたちのように自由に動いていいんだよ」


「ピィ」


「そっかあ。そこがいいんだね」


「ピィ」


 満足そうなペンタスのお返事に、それなら何も言えないなと思う。


「ピャッ!」


「リーヤ、どうしたの?」


「ピャッ! ピャキュキュ!」


 リーヤは両手をぱっと開いて大きな円を描く。


「大きくて丸い何かがあったの?」


「ピャッ!」


「ピィ」


「ピャ! ピャキュキュ! ピャッ!」


 リーヤが「着いてきて」と大きくて丸い何かがあるほうへと顔を向ける。


「うん。行こう」


「ピャッ!」


「案内お願いします」


 リーヤは可愛らしいにぱっとした表情を見せてくれて歩き出す。私はリーヤを踏んでしまわないように気をつけながら着いていく。そうして歩き始めて数分、リーヤは元気よく庭園を出てこちらを振り返る。


「ちょっと待ってね」


 そう言って備え付けられている扉の鍵を外し庭園から出る。鍵はリーヤが竜の姿になって器用に閉めてくれた。そしてまたトカゲの姿へと戻って案内してくれる。


「なんだか冒険みたいだね」


「ピィ」


「ピャキュ!」


「楽しい」


「ピィ、ピィ」


「ペンタスも楽しいんだね。一緒だ」


「ピィ」


 頭の上でご機嫌に歌うペンタスに、リーヤも楽しそうに歌い出して私は笑顔を浮かべる。


「ピャッ!」


「着いたの?」


「ピャッ!」


 リーヤが立ち止まった場所まで行くと、丸い鏡が落ちていた。サイズは私の顔くらい。


「ピィ、ピィピィ」


「え?」


「ピャ?」


 ぱたぱたと私の頭の上から鏡へと移動したペンタスは、鏡の回りを歩き大きく一鳴きした。すると、聞いたことのある声が私を呼んだ。そして続けて彼女は言う。


『今どこにいるの!』


「え……あ、えと、異世界?」


『まだそっちにいるのね。わかった。雪月、あなた無事よね』


 鏡越しに話しかけてくれる彼女は、以前会ったときと変わらない。


 どうして、とか。

 なんで、とか。

 そういった単語がぐるぐると回る。だって彼女が私を覚えているはずがない。


 口を開けては閉じるを繰り返す私に、彼女は『まさか無事じゃないの? どこか痛むところとかある?』と訊いてくれる。


「無事です。ただ、どうして私を覚えているの」


『言ったでしょう。わたしは雪月(・・)を忘れない。だから必死に記憶を掴み続けたんだから』


「菫……」


『ちなみにわたし怒ってるから』


「ええ、怒ってるのか。どうして」


『どうして? それ本気で言ってるなら拳骨ものよ。雪月はわたしたちを救うために、わたしたちの中からこの世界の記憶を消したでしょ』


「消したね。でもこの世界でされたこと全て菫たちには必要ないと思ったから」


『そうね。この世界の記憶は必要ない。覚えていたくもないし、思い出したくもない記憶ばかり。だけどね、雪月のことは別でしょ。あなたもわたしたちと同じ喚ばれた人間なんだから。それにもしわたしたちの中であなたと同じ軸から喚ばれた人間がいたら、帰る手がかりや道になれるかもしれない。だから雪月を忘れることは何があったっていけないことなの』


「……」


『忘れられることは、存在しないのと同じこと。だから、わたしから雪月を奪わないで。最期まで覚えていさせてよ』


「……ごめん、菫。覚えていてくれてありがとう」


『どういたしまして。とりあえず雪月と話ができて、無事も確認できたから……あなたの住所を教えて』


「え? 住所?」


『そう。雪月の住んでるところがわたしの世界にあるのなら、行って確認してくる。雪月を探している家族がいるかどうか。そして雪月が帰る軸がここなのかを』


 菫のその言葉に私は頷いて住所を伝える。すると菫は『隣町だからすぐに行ける。ただ、今私が雪月と話している媒体が姿見なの。だから持っていけないし、電話みたいに繋げたり切ったりができるのかがわからないことが不安だし怖い』と言った。


「ピィ、ピィピィ」


「え、本当?」


「ピィ」


『雪月、その小鳥はなんて言ったの?』


「私と連絡できるように、ペンタスが繋げたり切ったりしてくれるって」


「ピィ」


『ペンタス……ああ、わたしたちを送ってくれたあの大きな鳥ね。確かにできそうだわ』


「ピィピィ」


「ペンタス、お願いします」


「ピィ」


 ペンタスはぱたぱたと私のところまで飛んできてくれたので、手の上に乗ってもらう。すると腕を歩いて私の頬へすり寄った。


「ありがとう」


「ピィ」


『それじゃあ一度離れるわね。確認できたら連絡するから。雪月に繋いでね』


「ピィ」


「菫、お願いします」


『ええ、任せて。あ、雪月。その鏡強度はあるから安心していいわよ。曰く付きだけど』


「え、曰く付き……?」


『そう、曰く付き。最初は普通の鏡を使ったんだけど駄目だったの。それでふと曰く付きならいけるかと思って使ったら、一発だったわ。買ってきてすぐにいろいろ試したから、強度は大丈夫よ。曰く付き様々ね』


「菫、ありがとう。もし同じ世界だったらお金払うからね」


『お金は必要ないわよ。お代は、雪月が無事に帰ること。それだけよ。だからお金のことは考えないで。わかった?』


「わかった。ありがとう」


『ええ。それじゃあ今度こそ行ってくるわ』


「お願いします」


「ピィ」


 ペンタスが一鳴きすると、鏡は私の姿を映した。私はペンタスにお礼を伝え、鏡を割らないように持つ。


 強度はあると言っていたけれど何があるかわからない。それに曰く付きらしいから、この世界と合わなくて割れる可能性もある。なるべく自分のそばに置いておきたいと言うか、持っていたい。


「ピィ」


「ピャッ! ピャキュキュ」


「それ、本当?」


「ピィ」


「つまり、この鏡はこの世界に帰ってきたってことだよね」


「ピャッ」


「そっかあ……おかえり。それからあなたが無事に帰ってこられてよかった」


「ピィ」


「ピャッ、ピャッ!」


 ペンタスとリーヤが私の願いが叶うと言ってくれて、私は笑顔で「ありがとう」と伝える。



    ***



「雪月」


 後ろから声をかけられて振り返るとエミリオがいたので近づく。


「なに」


「先日、父と一緒に母が残してくれた部屋へ行ったんだ。そこで母の想いを改めて知ることができた。そして父と話をして、父の想いも知った。だから……昔と同じまではいかないけれど、知らなかったときより大切な父だと思える。ありがとう、雪月」


 エミリオからの感謝の言葉に否定の言葉が出かけたけど、それは違うと思って「どういたしまして。いろいろとよかった」と返す。


「母が残してくれた部屋に、写真というものがあった。それで家族全員が揃った写真が丁寧にしまわれていたよ」


「写真か……うん。よかった。何度も見ることができるから写真って素敵だなって思う」


「うん。朧気になってしまった母の顔を思い出すことができたんだ。それが、嬉しかった」


 そう言ったエミリオの笑顔が幼くて、可愛くて……愛しい気持ちになる。


「雪月。話は変わるが……その、訊きたいことがあって」


「訊きたいこと? 答えられることなら答えるから、どうぞ訊いてください」


「まだ行き来できる道が見つかっていないけれど、その、元の世界であなたに伴侶となる相手はいるのだろうか」


「へ……伴侶? いないよ。いないいない」


 ぶんぶんと勢いよく右手を左右に振り否定する。


「好いている相手はいるか」


 その問いと雰囲気、流れでどういう話なのかを察してしまった。


「いな、いよ……うん」


「そうか」


 こういう話は、なんと言うか苦手だ。何がと問われると困ってしまうけれど、あえて言うならばこう、心がざわつくのが苦手だ。


「雪月。僕は、あなたが好きだ」


 心がざわつくのが苦手もある。ただ、この世界に生きる人の私への好意はそれ以外の感情を生む。


 エミリオ。私へのその想いは、本当にエミリオの心が動き生まれたものですか。


 そう、疑ってしまうのが嫌だ。


「雪月。この想いは僕のものだ。誰かが生み出したものではない。それだけは断言できる」


「ど、うして……」


「もし必要なら最初からそういう意味で好意を持っていたと思う。何より僕がそういう意味で雪月を好きだと思ったのが徐々にだったというのと、あなたの力になってから雪月の感情が僕に伝わってきていたから。だから、この想いは僕のものだ」


「っ、ごめん。ちょっと待って……! え、私の感情がエミリオに伝わっていた? ええ……それはとても恥ずかしい」


「大丈夫。愛しいよ」


「そういうことではないんだよなあ……あれ、つまりアメリアさんにも伝わってる?」


「伝わってる」


 思わぬダメージに私は顔を隠し呻き声に似た音を出す。


「ちなみにリーヤたちにも伝わってる。君の力だから」


「リーヤとルナ、スターチスとペンタスは伝わっててもいい! だけどエミリオとアメリアさんとクロウは無理! 恥ずかしいからっ!」


「僕はよかったと思ってる。雪月を一人にさせたくないから」


「エミリオはね。でも私はエミリオが見せてくれる感情しかわからないから、隠されたらどうにもできなんだよ」


「雪月には隠さないよ。約束する」


「ありがとう……」


「うん。それで話を戻すけど、行き来しながら僕のことを異性として見てほしい。それで無理なら無理でいいから。ただ土俵には立たせてほしいだけ」


 困惑しているのが伝わっているからか、そう言ってくれたエミリオは柔らかく笑った。それに対して私は「うん」と小さく頷き答える。


 エミリオと別れたあとアメリアさんにも会って話をした。そして時間は過ぎ夜になった。私は食事を終え、部屋へと戻りお風呂に入り終わりそろそろ寝ようと思ったときに菫から連絡がきた。


『雪月の家はあったけど、お家には誰もいなくて会えなかった。だから明日また行ってみる。迷惑になってしまうと思うけど朝一に。もし雪月を探しているなら早く安心してもらいたいし、雪月に早くどっちなのか伝えて方法も考えたいからね』


「ありがとう。お願いします」


『任せておいて。雪月、ちゃんと休むのよ』


「うん。菫も無理しないで休んでね」


 菫は満足そうに笑って『ええ。それじゃあおやすみ』と言った。そしてペンタスが一鳴きして切ってくれる。


「ピィピィ」


「うん。どうなるかわからないけど、前向きさ大切だね」


「ピィ」


「ありがとう」


「ピィピィ、ピィ」


「おやすみ。ペンタス、いい夢を」


 ペンタスの頭を撫でておでこをくっつける。そして布団へ入って目を閉じた。

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