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 みんながルナとリーヤの頬を触っていると、遠くからぱたぱたとこちらに向かって走ってくる音が聞こえた。そしてすぐに見えたその人物は、確かいつも狸国王の隣に控えていた人だ。


 彼は私を見るなり目を丸くし、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。そして「あなたは、救世主様ですか?」と問いかけられたので、返事をしてから大きく頷く。


「陛下がお呼びです」


「わかりました。呼びに来てくださってありがとうございます」


「ザール、父上は彼女だけを呼んだのか?」


「はい。救世主様だけをお呼びするよう言われました」


「そうか」


 険しい表情を浮かべるエミリオに、少しずつ不安が募ってくる。


 たぶん殺されるようなことはない。あるとしたら監禁、もしくは軟禁だろう。自分で言うのもなんだけど、今の私には価値があるから。


 そう思っているとエミリオが私に近づき耳元で「何かあってからでは遅いから僕たちも一緒に行く。父上には認識されないようにしていくから共に行くことを了承してほしい」とこっそり言った。エミリオも私が想像している内容を彼も想像しているのだろう。私が頷こうとしたとき、陛下の隣に控えていた男性……あ、えー、ザールさんだったかなが口を開いた。


「殿下。恐れながら陛下は救世主様と二人っきりで話をされたいとのことです。ですので殿下にはご遠慮願いたく」


「ザールも父上がどういう人か知っているだろう。大切な彼女を父上と二人っきりにはさせられない」


「……」


 エミリオの言葉に、ザールさんは何か言い淀んだような気がした。けれどすぐに「陛下のご命令です」とエミリオに告げた。


「ザール……」


「よしなさい。エミリオ」


「姉さん」


「きっと大丈夫よ。あなたが思うようなことにはならないわ」


「どうしてそんなことが言えるんだ。姉さんも父上がどういう人か知っているだろう」


「ええ。だからこそ大丈夫だと言っているの。今のお父様は、私たちが愛しているお父様よ」


 アメリアさんの空気は安心できるような柔らかさがあって、その言葉にも真実だけが含まれているのがわかった。


 無意識に力が入っていたらしい肩から、ふっと力が抜ける。


「どうして、そう言いきれる……もし彼女に何かあってからでは遅いんだよ」


「ねえ、エミリオ。外を見て」


「……」


「柔らかで温かく、優しい。そして美しいわ」


 アメリアさんは微笑みながらエミリオの手に触れそっと持ち上げた。


「お父様は鈍い人ではないわ。ちゃんと、わかっていらっしゃる」


 エミリオは険しい表情のまま口を閉じていた。そんな彼から目を逸らし考える。


 エミリオが言うように、何かあってからではという不安はある。だけどアメリアさんの言うことも正しいと思う。前にアメリアさんから聞いた陛下と救世主の話。あの話が頭のなかでずっと流れている。


 陛下と救世主は恋をして、アメリアさんとエミリオを産み……そして、自ら命を絶った。


「……」


 もしも、陛下が今も変わらず救世主(かのじょ)を愛しているのなら……(わたし)と話をしたいと思うかもしれない。


「エミリオ。私一人で陛下とお話ししてくる」


「雪月、君まで……」


「私も、陛下と話がしたい。でも不安もある。だからもし何かあったら助けて」


「……わかった」


「ありがとう」


 了承はしてくれたけど不服そうな表情を隠さないエミリオに、笑顔でお礼を伝える。


「それでは行ってきます! あとでまたみなさんの時間を私にください」


 そう言うとみんな頷いてくれてたので笑顔でお辞儀して、ザールさんと一緒に陛下の待っている場所へと向かう。



    ***



 いつもの場所だと思っていたけど違ったみたいだ。だって今歩いている廊下は今まで隠されていて気づかなかったし、何より雰囲気が違う。


 まるで、日本家屋。和風なその構造は、おばあちゃんの家を思い出す。懐かしくて落ち着く雰囲気と香り。


 陛下が待っているし案内もしてもらっているのに、その場で立ち止まり思わずくるりと一周を見回す。


「救世主様もここが落ち着きますか?」


「はい。とても落ち着きます。あ、ごめんなさい。案内してもらっているのに立ち止まってしまって」


「大丈夫ですよ。ゆっくり行きましょう」


 柔らかな声色と表情を浮かべるザールさんに、私は「でも陛下が待っていますよね」と焦ってしまう。そんな私を見たザールさんは小さく笑い声を漏らした。


「実は陛下より、救世主様がきっとここを気に入るからこの道へ入ったら救世主様の速度に合わせてくれと申し使っております」


「そうなんですか?」


「はい」


「それじゃあお言葉に甘えてゆっくり行かせてください」


「はい」


 そうして廊下を眺めながら歩き陛下が待っている部屋に向かった。


「陛下が中でお待ちです」


「はい」


「陛下。ザールです。救世主様をお連れしました」


「入りなさい」


 いつもより穏やかで温かな……そしてどこかすっきりしたような声。


「救世主様、どうぞ」


「ありがとうございます。失礼します」


 中へ入ると、暖かな陽の光に照らされている陛下がいた。陛下は私を見て小さく笑う。そしてザールさんに「救世主と二人にしてくれ」と言った。その言葉に頭を下げたザールさんは、私にも頭を下げてくれて襖を閉めた。


「突然の呼び出しに応じてくれたこと感謝する。して、ここまでの道はどうであった」


「……懐かしかったです」


「そうか」


「はい」


 陛下は視線を私から窓の外へと戻した。


 いつもより沈黙が嫌ではない。恐らく陛下の纏う空気がいつもより柔らかだからだろう。


「彼女が私に会いに来てくれた」


「……」


「願いと別れの言葉、そして最後の愛をくれた」


 陛下は私のほうへと視線を移し佇まいを正した。そして「彼女を救ってくれたこと、感謝する」と静かに頭が下げられる。その行動に驚いてやめてもらえるよう伝えようとしたけれど、それより先になぜか窓が開きたくさんの花弁が舞うように部屋へと入ってき

た。


「たくさん、ありがとうなんだよ」


 ひなたちゃんと同じくらいの女の子がにこにこしながら私に花冠をくれる。突然の出来事に頭が追いついていない私を見た女の子は、ぱあっと花が咲いたように笑ってもう一度「ありがとうなんだよ」と言った。


「え、と、ありがとう」


「んふふ。おはなすき?」


「うん、好き。だから嬉しい。素敵な花冠をありがとう」


 女の子はにっこり笑って振り返り陛下を見る。


「オレイアス、ひさしぶり! あのこのおねがいがかなったね!」


「ああ」


「うれしいね! オレイアスってばずっとこわいかおしてたから、しんぱいしてたんだよ。でもいまはわたしたちのしってるオレイアスだ」


「生まれつきこの顔だがな」


「ちがうよ! もっともっとこわいかおだったんだから! いっしょにしないの! あ、そうだ! オレイアス、ゆづきにおれいをいうんだよ!」


「……ふ、あははははっ!」


「オレイアス! わらうのはちがうでしょ! ほら、おれいだよ! ゆづきごめんね。オレイアスがおれいするからね。まってて」


 弟を叱るように注意する女の子と大笑いする陛下。そしてその状況にぽかんとする私という不思議なことになっている。


 あ、いやいやいやぽかんとしている場合ではない。


「あの、陛下からのお礼の言葉は先ほどいただきました」


「ほんとう?」


「はい」


「オレイアス、ほんとうにちゃんといった?」


 大笑いしていた陛下は涙を拭いながら女の子を見つめ頷いた。すると「そう。それならいいの。オレイアス、いいこだね」と言ってにっこりと笑う。その光景に思わず二人に問いかけてしまった。


「すみません。あの、お二人はどういう関係なのでしょうか」


「んー? えだとそのじくをいきるひと、かな」


「枝とその軸を生きる人?」


「ヒナギク。今の説明では伝わらないぞ」


「え、そっかあ」


「救世主よ、全ての始まりを一本の木として考えてくれ」


「はい」


「そして選択され生まれた未来は枝としてわかれる。ヒナギクは別の軸で君に出逢い関わり、そして潰えた枝から生まれたのだ」


「つまりその軸での私は……」


 浮かんだ考えに言葉が続かない。陛下はそんな私を静かに見つめ、女の子は淋しそうな表情を浮かべ「そのじくのわたしは、ゆづきとさよならしたよ」と言った。


「ただね、そうていがいのことがおきたの。あのこがじくをこえ、このじくのゆづきにつなげた。だからわたしがうまれた。ゆづき、あなたのつづるものがたりはつづく。そしてわたしはいつかはなをつけるの」


「お訊きしたいことがいろいろありますが……あのこ、というのは陛下の奥様ですよね。その人はどうやって軸を越えたのですか」


「想いだ。彼女の軸では妹の碧月ひなたを救えなかった。けれど彼女は諦めなかったのだ。どうしても妹を救いたいという姉の想いに、別の軸の冬夜雪月が残り僅かな命と引き換えにこの軸へと道を繋げた。この軸だけが彼女を送っても問題がなかったらしい」


 今の話を聞く限り、ここを除く全ての軸にひなたさんのお姉さんが存在していた。だから送るわけにはいかなかったのだろう。そしてこれこそ憶測だけど、ひなたさんのお姉さんへ道を繋げた私には弟か妹がいたのだと思う。だからこそ道を繋げた。


「彼女は言っていた。この軸の冬夜雪月が終わりを綴る人、だと」


「ひなたさんのお姉さんは、なぜ私が終わりを綴ると思ったのでしょうか。別の軸の私や他の人が終わりを綴るかもしれないのに」


「それは……」


「ゆづきがこのじくにみちをつなげて、あのこがここへきたからだよ。だからしってるの。このじくのゆづきがおわりをつづるって。だってこのじくは、あのゆづきがとおったみちといっしょだから」


「え?」


「ただね、あのゆづきはおわりをつづれないってしってた。だからさいしょっからゆづきにつなげるってきめてたんだよ」


「最初から決めていた……」


「ゆづきはかみのこのあにによってたましいをきずつけられて、もとのせかいへはもどれなくなっていたの。そしてどうじにのろいもかけられていたから、いのちもすこしずつけずられていた」


「……」


「だからね、みんながかえるみらいのためにあのゆづきはひっしにいきたの。そしてあのこもおなじ。あのゆづきはあのこのおもいにこたえて、あのこはあのゆづきのおもいをうけとった」


「……」


「ふたりはね、ともだちなんだよ」


 その言葉に、ふっと目の前に映る光景。そこには私と私の知らない人が笑顔で話をしていた。


 服装や景色を見る限り、元の世界だ。そして距離感も近いような気がするから、元の世界でも友達なのかな。


「うれしい?」


「……はい。嬉しいです。ただ気になることがあって、ひなたさんのお姉さんと別の軸の私が一緒に世界に存在しているときがありますよね。でも救世主は一人しかいられないはずですが、別の軸ではそうではなかったということでしょうか」


「あのこはきゅうせいしゅじゃないよ。じりきでこのせかいにはいってきたの。だからあのこはいせかいのこ」


「ひなたさんのお姉さんは自力で入ってきて、そして別の軸の私に出会ったということであっていますか」


「うん! あってるよ!」


「そこからいろいろなことがあって、ひなたさんのお姉さんはこの軸で救世主になったということですか……?」


「そう! それであのこのちからは、あのゆづきからじょうとされたの! みらいをえがくちから!」


「未来を描く……?」


「そうだよ! とってもすてきなちから! オレイアスもそう思うよね!」


 陛下は女の子を見て、それからゆっくりと私へ視線を移した。そして微笑み「優しく素敵で、そして淋しい力だ」と言った。

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