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 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。


 思い浮かべるのは、彩り豊かな絵本たち。その絵本たちを捲り、とあるページから色と形を掬い上げ宙へと浮かべる。そして徐々にその存在から色と形を消していく。


 起こったことの全てを、起こる前へ。


 そう、何もなかった。

 何も起こらなかった。


 それだけを、現実に。

 それだけが、真実であるように。


 白紙になったページをなぞり願いを込める。


「みんなが本来進むはずだった道へと戻り、その道が幸多きものでありますように」


 絵本たちから暖かな光が現れ、ふわふわと宙を泳ぐ。そうして少しのあと、絵本たちは本来あるべきところへと帰っていった。


「ウォン!」


「なあに?」


「ワンッ! ウォン! ワウッ!」


「ありがとう。うん、私もだね」


「ワンッ!」


 ぶんぶんと尻尾を振り喉を鳴らすルナの頭を撫でる。


 戻ったら今度こそ帰る方法を探して、ちゃんと帰る。でも……できることなら行き来できるような道がいい。


 今の私は、ユーリと話をしたあの日の私よりずっと明確にそう思う。そう思うのは間違いなくみんなのことが大切になっているから。だから一緒にいたいって思う。だからみんなとの別れを淋しく思い、惜しんでいる。


 そう思いながらルナを見ると、ルナは首を傾げ問いかけるように鳴いた。


「ルナたちのことが愛しいなあって、そう思っただけ」


「ウォン! ワンッ!」


「ん、ふふ、ありがとう」


 わしゃわしゃとルナを撫でて、抱き締める。


「ありがとう。私のそばにいてくれて」


 ルナが「クウ」と小さく鳴いて私の頬にすりっと自身の頬を寄せた。


「……アメリアさんとエミリオに会いに行こう」


 そしてアメリアさんとエミリオを人に戻す。今の()ならできるから。


「ウォン!」


「ルナ」


「ワンッ! ウォン!」


「ありがとう」


 そっと寄り添ってくれるルナの頬をもう一度撫でて鼻と鼻をくっつける。


「ワウ」


「うん。行こう」


 そう言った私の前に扉が現れ、私は迷わずに扉を開けた……その瞬間、体に衝撃が走る。


 額にはリーヤ、背中にはスターチスがいた。そして左側にはアメリアさんがいて右側にはエミリオ。倒れかけた私の両手を掴んでくれるのはクロウ。その奥でギルベルト・フライクや団長さんたちがなんとも言えない表情をしていた。


「雪月のうそつき……どうしようもなくなったらの選択だって言ったじゃないか」


「確かに言った。でも、ごめん。自分が納得のいく選択がこれだったの」


「それは理解している……だけど僕たちの気持ちもわかってほしい。君には人でいてほしかったんだよ」


 エミリオの背中に触れてそっと撫でる。


「……雪月」


「なんですか」


「おかえり」


 か細くそう言ったエミリオは私を離さないようにか抱き締める力が増す。アメリアさんもエミリオと同じ気持ちなのか同じように力が増した。そしてアメリアさんが離れて微笑みながら言った。


「雪月様。私たちは人には戻りません。あなた様の力のままでいます」


「っ、でも……」


「それが僕たちの選択だ」


「私たちも後悔しない選択をしたのです」


 私は二人を交互に見て、そして「うん」と言って頷くことしかできなかった。だって二人の覚悟や想いが伝わってきたから。だから私は二人の想いを離さないように手を握った。


「ギャオッ! ギャギャッ!」


「リーヤも心配をかけてごめんね。それからありがとう」


「ギャギャッ! ン、ギャオ!」


 リーヤが踏ん張るような声を出したと思ったら、トカゲの姿へと戻っていた。


「え、リーヤ?」


「ピャッ!」


 ぺちっとリーヤに額を叩かれる。


 痛くないけど突然の出来事に驚いていると、リーヤがエミリオのところへ移動してくりくりの瞳で私を見た。


「ピャキュキュ! ピャピャッ!」


「ご、めんなさい……」


「ピャピャッ! ピャッ!」


 どうして自分がいないところで無茶をしたんだ、と叱られてしまった。


「ピャキュキュ。キュウ」


「リーヤの言う通りだね。私がリーヤの立場でも同じこと言ってるもの」


「ピャキュキュ?」


「反省してる。ごめんなさい」


「ピャッ! ピャア」


「ただいま」


 リーヤが私に向かって両手を広げる。私はリーヤに近づき抱き締めるように手に乗せ、頬をくっつける。


「ピャピャア」


「ウォン!」


「ピャッ!」


 ルナに呼ばれたリーヤがルナの頭の上へと飛び乗る。それが合図だったかのようにクロウが私の前へとやって来た。


「雪月様、おかえりなさい」


「ただいま」


「抱き締めてもいいですか?」


「どうぞ」


「失礼します」


 クロウは包むように私を抱き締め「雪月様、ありがとうございます。頑張ってくれたこと、帰ってきてくれたこと。あなた様が今ここにいてくれることに感謝いたします」と言った。その言葉にじわっと涙の膜ができる。


「言いたかったことの一つはみんなが伝えてくれたからさ、僕は雪月様が頑張ってくれたことと生きて帰ってきてくれたことについての感謝を伝えたくて」


「ピャピャッ! ピャッ!」


「クロウ。あなたってそういうところがありますよね」


「え? それを言ったらエミリオ王子もでは?」


「ビャッキュキュ」


「そうですよね。リーヤも言っていますが、エミリオはいいのですよ」


「えー。それはエミリオ王子を贔屓しすぎしょう」


「キュッキュッ」


 リーヤが首を横に振ってエミリオを贔屓していないことをクロウに伝えている。それに不服そうな表情を浮かべてリーヤの額をつついていた。つついているクロウの指を叩くリーヤと、クロウを注意するアメリアさん。


 私はリーヤたちからエミリオへと視線を移し彼を見ると、エミリオの表情が複雑なものになっていて心なしか困惑している姿が映る。


『ーー』


「ウォン!」


「確かにそうですね。雪月様! 私たちも雪月様に感謝しています」


「ピャッ! ピャキュキュ!」


 ずずいっと距離が近づいて、まっすぐ目を見て伝えられる言葉に私の頬は緩む。


「ありがとうございます」


 無意識に音となって出た私の言葉に、みんながきょとんとした。

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