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 しばらく走っていると聞こえてくる激しい音。


「これは戦ってる音かな……」


 ゆっくり立ち止まり、走り続けて乱れた呼吸を整える。


 ここからは慎重に、かつ出来るだけ息を殺して近づく。そして不浄をよく見る。


「……」


 大丈夫。大丈夫。頑張れ、私。


「よし、行こう」


 私は先程よりも集中して歩く。下手に音をたてたら戦いの邪魔になるし、何より不浄をしっかり見ることが出来なくなる。


 そっと木の影から顔を出すと、さっき見た不浄とギルベルト・フライクが戦っていた。


 よかった。どうやら私の直感は合っていたようだ。


 ほっと胸を撫で下ろす。


「よし……」


 見つけられたことに安心している場合ではない。集中して戦いを見なくては。


 二人の攻防を見る限り、私からはギルベルト・フライクがやや優勢のように見える。


 だけど何だろう。何だか違和感がある。


 なぜギルベルト・フライクはあんなにも汗をかいているのか。


 ずっと動き回っているからかな。でも、それだけであんなにも汗が出るもの。


「もしかして、毒とか……?」


 毒を飲んだことがないからわからないけど、漫画とかで見る限りかなり辛そうだった。それに量によっては死ぬかもしれない。あの汗は毒に耐えているから溢れ出ている可能性があるんじゃ。


 そうすると不浄を助ける前にギルベルト・フライクを助けなきゃ。ああ、でもどんな毒とかわからないし。例え何の毒かわかったとしても、何が効くのかわからない。


 もしかして……これ詰んだのでは。いやいやいやいや、諦めちゃいけない。そうだ。何か必ずいい方法がある。


「それにしても……暑い」


 ここへ辿り着いたときよりも気温が高くなっている気がする。暑いのは走ってきたからだと思ってたけど、もしかしてあの不浄の力かもしれない。もしそうなら火や熱とかを操る感じの力だろう。


「……」


 待てよ。今私とっても重要なことをさらっと思わなかったか。


 暑くなってる。火や熱を操る感じの力だろう。


 ギルベルト・フライクが汗をあんなにもかいているのは、不浄の近くがここよりも気温が高いからだとしたら。水分不足や熱中症でぶっ倒れるのも時間の問題だ。


 そんなギルベルト・フライクがさっきから僅かだけど何かを探しているような、そんな素振りを見せている。


「何を探してるの……?」


 自分よ、よく考えて。私が今この状況で探すとしたら、どんなものを探す。


 不浄が火や熱を操る力だと仮定して、それを無効果もしくは弱体化させらるようなもの。涼しい場所、とか。いや、それだと弱い。


 ここは森だ。森の中で熱を冷ませるようなところがあるとするなら……泉や川とかだろうか。


 不浄がどのくらい熱いのかわからないが、上手くいけば無効果はできないにしても隙は生まれるかもしれない。


 そう考えると、とりあえず自由に動ける私が探すのが得策だろう。ただ問題が一つある。それは彼の探しているものがそれではなかった場合だ。


 ギルベルト・フライクの体力にも底がある。時間を無駄にはできない。何か彼と連絡がとれる方法はないか。


 --雪月。君にこれを渡しておくね。


「……あ」


 そういえば、ここに入る前にギルベルト・フライクから渡されたものがあった。


 慌ててズボンのポケットに手を突っ込む。そしてそれを掴んで出す。


 手の上に乗っているのは、綺麗な琥珀色のイヤリング。無線みたいな役割をしてくれるらしい。頭が痛くなるからと着けずに仕舞ったのだ。まあ、あとは連絡を取り合いたくなかったというのもある。


 だけどこういうものがあってよかった。これでギルベルト・フライクと話せる。


 だけど使う気がなかったから、彼の話を聞いていなくて使い方がわからない。


「ギルベルト・フライク」


 とりあえずイヤリングに向かって小さく彼の名前を呼んでみる。


 すると--。


『雪月……! 大丈夫か? 怪我とかしていないか?』


 とても慌てた声色がイヤリング越しに聞こえてきた。それに驚きつつ「私は大丈夫。ありがとう」とだけ伝える。


『無事ならよかった。不浄は倒せたか? もし倒せていなくて隠れているなら、そのままいてくれ。必ず助けに行くから』


「あ、大丈夫。倒したというか、ちゃんと不浄を見送ったから」


『見送った……? 不浄が消えたなら恐らくそこは安全だ。こっちを終わらせたらすぐ迎えに行く』


 不浄に気づかれないよう顔を出して、ギルベルト・フライクを見る。


 さっきより辛そうだ。声だけ聞くと大丈夫そうに感じたけど。たぶん暑さで体力がごりごり削られていってるんだ。早くどうにかしなきゃ。


『今君は俺の近くにいるんだね。辛いけど大丈夫。君はもう何もしなくていいから、ここから離れて。どこにいても必ず見つけて無事に帰すから』


「え……?」


 何で声に出していないことがギルベルト・フライクに伝わってるんだ。まさかそういう力の持ち主。いやいやまさか。


『ふはっ。やっぱりあの時俺の説明を聞いてなかったね。それはそういう特殊な加工が施されてて、組になっている物同士は声を出さずに話せるようになっているんだ。ただし持っている人間同士が話したいと思わなければ話せないけど』


「なるほど。ごめん」


『大丈夫。何となくわかってたから。ごめんね。この世界の戦いに巻き込んで、戦わせたりして』


 会話しながら木の影からギルベルト・フライクを見ていると、彼はそう言って申し訳なさそうに笑った。


 ……何だかもやっとした気持ちが出てきたぞ。


 別にギルベルト・フライクに何かされたわけじゃないから、そういう申し訳なさそうな顔をされると困る。いや、まあそれが作戦だと言われたらそれまでなんだけど。でも完全に信用は出来ないにしても、私が無事かどうかを一番に聞いてくれたから。


「だから、私はあなたにも傷ついてほしくない」


『雪月……』


「大丈夫。まだ動けるから。それからあなたはさっきから何かを探しているようだけど、それって水があるところ?」


『……そう、だけど』


 突然、歯切れが悪くなったギルベルト・フライクに首を傾げる。


 どうしたの。何かあった。


「もしかして体が限界? それなら私が囮をやってあなたが水があるところを……」


 ああ、でも体が限界ってことは動けないよね。それなら私が不浄を呼びながら、直感で水がありそうな方向に走る。


 これならギルベルト・フライクは休める。ただ不浄が私の方に来てくれればいいんだけど。


『雪月』


「なに? 辛い?」


『君は怪我も死にたくもないんだろ?』


 ギルベルト・フライクの質問にきょとんとする。


 何を当たり前なことを聞いてるんだ。


「もしかしてギルベルト・フライクは怪我をしたりすると喜ぶ性癖の持ち主なの?」


『え……!? 違う! 違うよ! 俺はそういう性癖の持ち主じゃないから!』


「それじゃあ突然どうしたの?」


『いや、怪我も死にたくもないのに君がしようとしていることはそれと隣り合わせなのになって思って』


「ああ……うん。今ちょっと私ね、変なの。たぶんこういう状況だからだと思う」


 それにあなたが怪我をしたり、死んだりしたら……私が後悔するから。自分でも何でこんな風に動いてるのかわかってないんだ。だからこれ以上は何も問わないでほしい。


『わかった。水があるところを見つけたら、また連絡して。俺の体力はまだまだ持つから無理をしないで。気を付けてね』


「ありがとう。また後で」


 返事をして彼と話したいという気持ちを捨てる。


 いや、まあ、ギルベルト・フライクが嘘を吐いていて私の心の声がまだ聞こえている可能性もあるが。ま、それならそれでよし。どうにかなる。


 それにこれが終わったらちゃんと話をまとめて考えなきゃ。


 私は小さく、けれど長く息を吐く。そして見つからないように姿勢を低くして出来る限るの速さで走り出す。


 後で彼が真っ直ぐ来られるように、木を傷つけさせてもらって回りの音に集中。

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