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 行き止まりまで進んだ私たちの前には扉が一つあって、それを迷わず開ける。


「ウォン」


「ルナ。ありがとう」


「ワンッ」


 喉を鳴らし尻尾をぶんぶんと左右に振るルナの頭を撫でる。


「行こう。この先にひなたちゃんがいる」


『ええ』


「ルナ、行ってくるね」


「ウォン」


 ルナの頬を撫でて、それからひなたちゃんがいるほうへ歩き出す。


 柔らかで暖かな日差しに心地よい風。愛らしい花たちは、落ち着く香りを放っている。


 花の道を歩き続けていると、今までとは違う景色が現れた。澄んだ水が円形に花畑を囲む美しい景色。その中心に、ひなたちゃんが立っていた。


『……』


 彼女の歩みが先ほどより重くゆったりとしたものになったのに気づく。私は握っていた彼女の手にきゅっと力を込め、ゆっくりと立ち止まる。


『ごめんなさい……怖くなってきてしまって』


「心の準備ができたら、行こう」


『……』


 彼女は頷いて握っていないほうの手を胸に添えた。そして深呼吸を繰り返す。


 緊張が握っている手から伝わってくる。先ほどよりも手が冷たいかもしれない。


 私は振り返って彼女の手を擦る。少しでも彼女の力になりたいから。


『ありがとう』


「うん」


『まだ怖い、けど……行きたい』


「それじゃあ行こうか」


 ひなたちゃんがいる花畑へ行くには一本道しかなくて、そこに足を踏み入れた瞬間ーーさあああっと風が強く吹く。


 たくさんの綿毛が風に連れられ宙を泳ぐ。新しい命がどこかで宿り、物語が始まる。


 ふと、そんなことを思った。


「ひなたちゃん。連れてきたよ」


「ゆづきおねえちゃん。ゆづきさんを連れてきてくれてありがとう」


「うん。約束したもんね」


「ゆづきさん……おひさしぶりです」


『ええ、久しぶりね』


 彼女はひなたちゃんのほうへと歩いていき、そしてひなたちゃんに目線を合わせるようにしゃがんだ。


『私は……私はあなたを恨んだし憎んだ。でもあなたを助けたいと言ったのも、嘘じゃない。だからあなたが私のために想いの具現化(その姿)になってまで、ここに縛られることを選んだのを知ったとき……私は後悔した』


「……」


『あなたも私と同じなのに、私はあなただけを恨み憎んだことを。そしてあなたを(ちから)に捧げて、自分だけ救われようとしたことも……ごめんなさい。あなたは、私を忘れずにいてくれたのに。本当に、ごめんなさい』


「あやまらないで。わたしこそごめんなさい。(ちから)にのみこまれて、あなたにすべてをおしつけてしまった。ただひとり、わたしをたすけるといってくれたやさしいあなた。わたしは、あなたにすくわれた。だからわたしも、あなたをたすけたいとおもったの」


 ひなたちゃんは彼女から私へと視線を移した。


「でも、わたしじゃたすけられない。だれかにおねがいしなければならなかった。だけどわたしがよべるのはひとりだけ。それだけのちからしかのこっていなかった。だからわたしはたくさんみて、そしてゆづきおねえちゃんをよびました」


 私はその言葉にーー笑って頷いた。


 もう悲しみや怒り、憎しみはない。ただただ穏やかにいてほしい。


 神ではなく、人として。


『碧月ひなた。私たちは、違う軸の私たちを含むたくさんの人を巻き込んだ。それはどんな理由があっても許されてはいけない』


「うん」


『だから、共に逝こう。この世界の一部へとなりに』


「っ……あの! 私、二人をこの世界の一部にさせる気ないのですが!」


『え……?』


「ゆづき、おねえちゃん?」


 私の発言に二人はきょとんとした表情をした。


 え、これは私が間違ってる感じですか。いいえ違います。私、間違ってません。


「だって私は嫌です。二人がこの世界の一部になるなんて。それに私はずっと魂だけになってしまいますが、二人を元の世界に帰すって決めてます」


『何を言ってるの。そんなことが許されるわけないでしょう。魂だけだとしても責任を取らずに帰るなんて……』


「もし責任を取れとこの世界が二人を責めるなら、それこそ私が許さない。あと二人が巻き込んだ全ての軸の人たちはあとで私がどうにかする」


「っ、でも! ゆづきおねえちゃんはすくわれない! ひとりになっちゃうよ!」


『そうよ。あなただけがここに縛られるわ。それでは意味がない』


「……大丈夫。どうにかする」


『曖昧な言葉ではなく、ちゃんとした方法を提示して。私たちが納得できるだけの方法を』


「……」


『ないんでしょう? それなら私たちは救われてはいけない。それに私の願いをあなたは叶えてくれた。これ以上望むことはないわ』


「ゆづきおねえちゃん、わたしもゆづきさんとおなじいけんだよ」


 二人にじっと見つめられて居心地が悪い。確かに私が帰れる保証はない。だけど二人がこのままこの世界の一部になるのは嫌で……。


「こう、(ちから)がご都合主義的展開で救ってくれるような……気がしないでもない」


『そんな展開があったら私たちはこんな風になっていないのよ』


「ごもっともです」


『……はあ』


 彼女が立ち上がって私の両手を掴み持ち上げた。私がそっと彼女を見ると難しい顔をしている。


 呆れではない、私だからわかる。この表情はどう言えば私が諦めるか悩んでいるときのものだ。


 だからーー。


「譲らないよ。これだけは、何をどう言われたって譲らない」


『……』


「だって二人は魂しか帰せないし、大切な人たちに会えないんだから……その時点で責任を取ってる。他の人たちはみんなそのままの人生を送れるように帰す。ちゃんと帰すよ」


『……だから、それじゃああなたはどうなると聞いているの! 一人でこの世界に残されるのよ! 私たちを救ってくれたあなただけがっ!』


 悲しみや苦しさを押さえるように、けれど叫ぶように伝えられる言葉。


 ーーあなたは帰れる。


 不意に楓さんの声が、頭の中に響く。


「っ……」


 そうだ。私は帰れる……そう楓さんが言ってくれた。きっと、きっと私はどうにかして帰れる。帰れるまで不安や恐怖があるだろう。だけど、私は帰れる。


 大丈夫ーー私は、帰れる。


あなたは帰れる(・・・・・・・)。一ツ木楓さんが私に言ってくれた言葉。今はまだ帰れる方法は不確定だけど、ちゃんと帰るよ」


『それで納得すると思うの?』


「思う」


 私は言い切って力強く頷く。


『……』


 それは小さな、本当に小さな息を吐く音。でもその中に詰められた想いはとてもたくさんで。私のことを考えてくれているのが伝わってくる。


「それに、私も帰りたい。帰れないとか帰れるとかの話じゃなくてさ、帰るよ。帰りたいもの」


『……』


「でも、後悔や心残りがあるままじゃ帰れない。だから納得してほしい。私が帰れるように」


『……馬鹿ね。本当に、馬鹿よ』


「ゆづきおねえちゃん。わたしたちも、ゆづきおねえちゃんとおなじきもちなんだよ」


「うん。私を気遣ってくれてありがとう。でも今どうにかできるのは私だけ。だからどうか私の想いのほうを汲んでください」


 ひなたちゃんの視線がが私から彼女へ移る。彼女もまた私からひなたちゃんへと視線を移していた。二人は小さく頷き、私から離れる。


「ゆづきおねえちゃん。たすけにきてくれて、たすけてくれてありがとう」


「私も、守ってくれてありがとう。そして私に会いに来てくれてありがとう。ひなたちゃんに会えてよかった」


「っ……ゆづきおねえちゃん!」


 ひなたちゃんが私に駆け寄ってきてくれてぎゅっと抱きつく。私は包むように上半身を曲げ抱き締める。


「たくさんのつみをおかしたわたしがいっちゃだめだけど……わたし、ゆづきおねえちゃんがだいすき」


「ありがとう。私もね、ひなたちゃんが大好きだよ」


 ひなたちゃんの大きな瞳から涙がぼろぼろと静かに零れる。私は微笑んでもう一度抱き締める。


 ああ、なんて優しい温もりだろう。


「私、あなたのことも好きよ」


『っ! 私は、わからないわ。だけど感謝している』


 私が左手を差し出すと、彼女はそう言いながら私とひなたちゃんを包むように抱き締めた。


『冬夜雪月、ありがとう。どうかこの先のあなたの物語が幸せなものでありますように』


「ありがとう。そうなるように、頑張る」


 ぽうっと暖かな光の粒が宙を舞い始める。そして二人の姿が徐々に透けていく。


 すぐそばにあった温もりが感じられなくなり、お別れの時なのだと理解する。だから最後に私の想い(かご)を来世の二人へ贈る。


「二人の来世が幸多きものであることを、(わたし)がここに断言します」


 私の言葉を聞いた二人は目を見開き、そして微笑んでくれた。


「さようなら」


 風が強く吹き、花たちが先ほどより色鮮やかに咲く。そして宙で咲き舞い踊る青い炎の薔薇。


「ペンタス。二人の魂を元の世界へ送り届けて」


『ーー』


「ゆづきおねえちゃん」


 ペンタスの元へ行く前にひなたちゃんが私の両頬を包んで、額と額を合わせた。それはまるで愛を私の中へ残し寄り添ってくれているようで、私の瞳から意図せず涙が一筋頬を伝った。それを彼女が拭ってくれて、柔らかに目を細めた。


『冬夜雪月。あなたの世界は、美しい』


 彼女は私の髪を一束持ち上げキスを落とした。


『さようなら』


 今まで聞いたどの声色とも違う。柔らかで、温かく心に馴染む。


 空を見上げ、ペンタスの元へ着いた二人に手を振る。光の粒となった二人が私に手を振り返してくれているような気がした。


 ペンタスは先ほどとは違い、空に溶けるように消え彼女たちの世界へと向かった。


 私は、ただただ空を見上げていたーー。

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