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 下へとたどり着いた私の視界には、あの花畑。色とりどりの可愛らしいお花たちが、穏やかに吹く風に揺れている。


 上とは違って暖かく、まるで春のよう。


「……」


 吹く風に髪が後ろへと流れる。頬にあたる風の優しさ……そして、呼んでいる。


 花畑の中に足を踏み入れ前へ進む。そうして歩き続け、小さな背中が見えてきた。


 じわじわといろいろな感情が溢れてくる。


 真実を知っても変わらない会える嬉しさ。話せる喜び。触れることのできる幸せ。

 真実を知ったから生まれた悲しさ、怒り、苦しさ。


 その全てを……終わらせよう。


「ひなたちゃん」


「ゆづき、おねえちゃん……? っ、あ! ゆづきおねえちゃん!」


「ひなたちゃん、ごめんね。会いに来るの遅くなっちゃて」


「ううん。あいにきてくれてありがとう! わたしうれしいよ!」


「私も嬉しい。ひなたちゃんに会えて、嬉しいんだよ」


「ゆづきおねえちゃん、かなしそうなおかおしてる。どこかいたいの?」


「ううん。どこも痛くないよ。ただ、ひなたちゃんに会えて嬉しくて……溢れそうになっただけ。心配かけてごめんね」


 私がそう言っても、ひなたちゃんは心配そうな表情で私の頬に触れる。


 この小さな手の温もりを、前のようにただ感じていたい。ひなたちゃんに、幸せになってほしい。


 でも、それは……。


 ああ、言葉が喉に詰まって出てきてくれない。私は、ひなたちゃんに言わなければならないのに。


「ゆづきおねえちゃん」


 幼い、けれどいつもより凛とした声。その声を聞いた瞬間に私は理解した。ひなたちゃんが何を言おうとしているのか。


「あのひとに、あいにいきたいんだね」


 ひなたちゃんの言葉に、できる限りの笑みを浮かべて頷く。するとひなたちゃんは、いつも私に見せてくれていた可愛い笑顔を浮かべた。


「ゆづきおねえちゃんはまちがってないよ。まちがえて、まきこんだのは……わたし。わたしなんだよ」


「ひなたちゃん。それでもね、私はひなたちゃんに会えて、お話しできて嬉しかった」


「ゆづきおねえちゃん、ありがとう。ゆづきおねえちゃんはいつもやさしくて、あったかい」


 ひなたちゃんは私の頭を抱えるように、ぎゅうっと私を抱き締めた。


 聞こえる心音の穏やかさに、涙が溢れそうになる。それをぐっと飲み込み腹の底へと沈める。


 ひなたちゃんの腕にそっと触れて離れる。そしてひなたちゃんの目をまっすぐ見つめ口を開く。


「ひなたちゃん。私と一緒に外に出てくれますか」


「うん。わたし、ゆづきおねえちゃんといっしょにいく」


「ありがとう」


「あのね、お願いがあるの」


「なあに」


「だきしめてほしいの。ぎゅうって、だきしめてほしいんだ……」


「喜んで」


 私は笑顔で腕を伸ばしてひなたちゃんを抱き寄せる。そしてぎゅうっと抱き締める。


「あったかい……」


「私も、あったかいよ」


 そうして数分、惜しむように離れ……どちらからともなく手を繋ぎ上に向かって歩く。


 私を召喚した場所に近づくにつれ、どろどろとした重い空気を感じ始める。


 きゅっとひなたちゃんの手を握る。


 そうだよね。あなたはこの時を待っていた。でもね、まだあなたには渡さない。まだ、ひなたちゃんに会うときじゃないんだよ。


 あそこへ行って、あなたに会うのは、冬夜雪月(わたし)だけ。


「私で終わるんだよ、この物語は……」


「ゆづきおねえちゃん?」


「ひなたちゃん。あのね、外に私の大切な人たちがいるの。その人たちがひなたちゃんを守ってくれる」


「どうして……」


「まだその時じゃないんだよ。だからひなたちゃんは外に出て、その人たちと一緒にいてほしいの」


「でも! それじゃあおわらないよ!」


「ううん。終わるよ……私が、終わらせる。そしてあの人をひなたちゃんの元に連れてくるから」


「ゆづきおねえちゃん! わたしといっしょにいくっていってくれたでしょ。どうしてひとりでいくの」


「あの人をとめたいから。ひなたちゃんがあの人と一緒になってしまったら、私はもうあの人をとめられない。あの人の本当を知ることができない」


 すごくすっごく綺麗事だなって思うよ。でもここまで来たら私も譲りたくない。諦めたくない。


 あの人と向き合えるチャンスは、ひなたちゃんがあの場所から出るときだけ……大丈夫。外にはみんながいてくれる。そしてアメリアさんたちが結界を張って、ひなたちゃんを守ってくれる。


 私だけ。私だけがあそこへ行く。


「いたいことや、こわいおもいをするかもしれないんだよ。ゆづきおねえちゃんは、たくさんがんばったんだよ……だから、もうがんばらなくていいんだよ」


「ひなたちゃん、ありがとう。でも()は頑張らないと後悔する。だから私は、ひなたちゃんをあの場所から出したかった。ごめんね」


 ひなたちゃんは首を横に振って「ゆづきおねえちゃん。わたし、そとにでたらそのひとたちといる。ゆづきおねえちゃんをまってる」と瞳に強い光を宿して伝えられる。


「ありがとう。それと、ごめんね。上に着いたら、ひなたちゃんを抱えて外まで一気に駆け抜ける。そして絶対にあの人が追ってくるから、最悪の場合ひなたちゃんを投げてしまう。そのときはルナたちがキャッチしてくれるから安心してね」


「うん、わかった。ゆづきおねえちゃん、おねがいします」


「うん。よし、行こう」


「うん!」


 話している間に上付近へやって来た。私はひなたちゃんを抱っこして、深呼吸ひとつ。気合いを入れて走り出す。


『やっと出てきてくれた』


 嬉しそうに、けれど狂気を孕んだその声。


 その声に連動するように、ひなたちゃんを奪うように伸ばされる黒いどろどろした何か。そして私の進みを止めるように凍っていく道。


「渡さない」


 炎で氷を溶かし道をつくる。でもそれは一瞬で、あの人の(ちから)が強くなっているのがわかる。だけど一瞬でも溶かせればいい。その一瞬で駆け抜ける。それだけ。


 もう少しで外だ、というところで黒いどろどろした何かに背中を掴まれる。


 まだいける。失速してしまったが、まだいける。


 私の感情に青い炎が反応し、私の背中から溢れ出る。そして離れた一瞬で外に繋がる入り口へたどり着く。


「っ……ルナ、ひなたちゃんをお願い!」


「ウォン!」


「アメリアさん! ひなたちゃんたちがそっちへ行ったら急ぎ結界をお願いします!」


「はい!」


 私の言葉に瞬間でこっちへ来てくれるルナにひなたちゃんを渡す。そして次の瞬間、私を越えて黒いどろどろした何かがひなたちゃんを捕らえるように伸ばされる。それを私も瞬間的に掴む。


「ルナ! 早くアメリアさんのところへ!」


「ウォン!」


「ゆづきおねえちゃん!」


「約束守るから! 行ってくるね!」


 ひなたちゃんに向かって伸ばされる黒いどろどろした何かを抱えるようにしたり足で踏みつけたりしながら、心配そうに表情を歪めるひなたちゃんに笑顔で伝える。そしてひなたちゃんがアメリアさんのところまで行ったのを確認して、後ろへ重心を傾ける。


「私と話をしようよ」


 真っ暗闇に、そう声をかけた。

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