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この輝きの中で、神である冬夜雪月がルナとスターチスに想いを託した。
誰にも邪魔されない。
誰にも干渉されない。
空気は澄んでいて、強大で柔らかな力で満たされている。
ここは、そう。まるで神の領域のような場所。
今からここで冬夜雪月がやったように、私もルナとスターチスの力を選択する。
立ち止まり目を閉じると、体の内側から力の熱を感じる。意識しているからか力の熱が徐々に上がっているように思う。
「大丈夫」
私の中にある力は敵じゃない。
私を傷つけたり、苦しめたりしない。
私の味方だ。
「雪月様」
「え、クロウさん? なんでここに……」
「僕もあなた様の力となりましたので、おそばにと思い馳せ参じました」
「私の力になったって、どういうことですか?」
「言葉の通りです。冬夜雪月から雪月様へと譲渡されました」
「冬夜雪月から……」
突然のクロウの言葉に少なからず動揺している。
どのタイミングで譲渡されたのだろう。頬に触れられたときか、背中を押してくれたときか……いずれにせよクロウは私の力になったのだろう。
「雪月様。先ほど譲渡時に元々あった僕の力の形は消失いたしました。ですので僕の力は自由に決めていただけます。僕にあなた様の思う力をお与えください」
「え、やだ」
「……はい?」
「ごめんなさい。やだ、だけじゃ駄目ですよね。ちゃんとします」
きょとんとするクロウに近づいて、両手に触れ胸元辺りまで持ち上げる。
「あなたが私の力ならば、私の願いはあなたの自由です。好きなことをして嫌なことは嫌だって言える、そういう力の持ち主に縛られない生き方をしてほしいです。そして何より幸せになってほしいと思います」
「な、にを言って……っ、僕は! 僕はあなたの力で、あなたが望む力になれるんですよ! あなたからすれば僕には利用価値があるはずです!」
「私の望みは、あなたが自由であること。それ以外にはありません。ただクロウさん自身も含めて、私や他の人たちを傷つけたり苦しめたりなどはしないでください。それ以外なら、何をしても構いません」
「自分勝手が過ぎる! 何が自由にだ! そんな風に生きられるわけがないだろ! 僕はもう人間じゃないんだから!」
クロウはきゅっと何かを堪えるように私の両手を握った。その手は少し震えていた。それはきっと戸惑いや私への怒りだろう。
「自分勝手? だってあなたは私の力ですよね。私の力を私がどうしようと、私の自由でしょう? だから私は私の望みをそのまま伝えただけです」
「っ、は……馬鹿ですか」
「馬鹿かもしれませんね」
「今のあなたにとって望む駒を手に入れられるのに、なぜ機会を逃すようなことを言うのですか」
「だって私はクロウさんの温度を知っています。だからこその願いであり、望みです。私はクロウさんに幸せになってほしくて、クロウさんの笑顔が見たいです」
「……」
「大丈夫ですよ。私の判断になってしまいますが、駄目なことをしそうになったら駄目って言います。だから、私のところで好きに生きてください」
「っ……あなた様は冬夜雪月と同じ姿をしているけれど、違うのですね」
クロウはどこか泣きそうな表情でそう言った。そしてクロウの青い瞳が私の目をまっすぐ見る。
「あなた様の言葉通り本当に自由にしますよ」
「はい」
笑顔で頷くと、クロウは手を繋いだまま私に近づいて……指先に口づけを落とした。そしてふっと柔らかに笑って私の頬にもそっと口づけを落とした。
「後悔しないでくださいね。雪月様が自由にしていいと言ったのですから」
「……う、うん? 悪いことは駄目だよ」
「悪いことはしません」
「それならいいの」
言いながらクロウの手を柔く握ると、温かかった。ふと私の体温が移ったのかなとも思ったけど、なんだかそれは違う気がする。もしかすると力の選択が関係しているのかもしれない。なんにせよクロウのこの先が幸せ……ちょっと待って。今思い出したけど、ここって過去だ。クロウが未来で私に出会うまでの間、私いないわ。良いも悪いも何も私いないからできることない。え、それは駄目なのでは。いやでも駄目なのではって思っても現実問題どうすることもできない。さて、どうする。どうするのが正解だ。
「雪月様。僕は待ちますよ。ちゃんと、いいこで待ってます。あなた様に会える日を」
「ありがとうございます」
「思い出したら僕を迎えに来てくださいね。僕はあなた様の力ですから」
私は大きく頷いてクロウの両手を握る。
「ウォン!」
『ーー』
「ルナ、スターチス」
「ワンッ。ウォン」
「っ、ありがとう。私の気持ちを汲み取ってくれて」
『ーー』
「うん。ルナ、あなたの力は願いを叶える。スターチス、あなたの力は全てを見通す瞳」
「ウォン! ワンッ!」
『ーー』
ルナは大きな姿になってご機嫌な様子で私の鼻に自身の鼻をちょんとあてた。そしてスターチスは私の肩に手を置き、頬と頬をくっつける。
「ルナ、スターチス。ありがとう。大好きだよ」
「ワンッ!」
『ーー』
「ピャピャッ!」
「もちろん! リーヤのことも大好きだよ」
「ピャッ! ピャ、ピャキュキュッ! ピャ!」
リーヤは嬉しそうに両手を挙げて笑ってから「見てて」と言って、ぴょんと私の腕から飛び降りた。
「ピャッ!」
リーヤが一鳴きすると、リーヤの周囲を青い炎が包んでいく。そして炎が宙を舞い始める。その宙を舞う炎が、花開く百合のようで綺麗で見惚れてしまう。そうして数分、炎が姿を消し……現れたのは竜の姿になったリーヤ。そのリーヤを見た私の中に一言では表現できない感情が湧いてきて、小さく声を漏らすだけになってしまった。
「ギャウッ」
「っ、リーヤ……」
「ガウォッ」
「リーヤ! すごい! すごいよ! かっこよくて綺麗で! 可愛い!」
「ギャウッ!」
私は思わずリーヤに手を伸ばす。すると嬉しそうに笑うリーヤは飛んできてくれて、私の手に乗った。
「リーヤ」
私は名前を呼んでいつものようにリーヤの頭を撫でる。目を細めて私の手にすり寄ってくれるリーヤに愛しさが溢れる。
『ゆづ。ゆづの竜はかっこいいな』
「っ! おと……」
振り返った先には誰もいなかった。ただ白く輝く世界が広がっているだけ。
「雪月様? どうされましたか?」
「なんでもないです。ただちょっと後ろが気になって」
「では、後ろは僕が意識しておきます」
「ありがとうございます」
……ねえ、お父さん。炎のトカゲがね、竜になったよ。かっこよくて綺麗で可愛いんだ。お父さんの絵本で見た、とっても素敵な竜。
今のリーヤも手のひらサイズだけど、強くて優しい力を感じる。
思い出が涙になって流れ出てしまいそうだ。それは、嫌だなあ……。
そう思っていたらリーヤが私の顔まで来ていた。リーヤはまるで心に寄り添うように私の頬にすり寄った。
「ありがとう。もう大丈夫」
「ギャウ」
「ん、ふふ……くすぐったいよ」
「ギャ、ギャウ。ギュウ」
「うん。頑張るよ。私も、みんなも幸せになるために!」
笑顔で言いきる。すると左右から抱き締められた。アメリアさんとエミリオの温かさに頬が緩む。
「アメリアさんとエミリオ、あったかいね」
「雪月様も温かいです。全てが終わったら、雪月様から抱き締めてほしいです」
「はい」
「それは僕もお願いしたいな」
「ふふ、わかった」
「ウォン!」
「ギャウ!」
『ーー』
「雪月様が許してくれるなら、僕も」
みんなの言葉に、とびっきりの笑顔で返事をして頷く。
私がここですべきことは成した。だから、これからは現実だ。
現実に戻って……ひなたちゃんに会いに行く。ひなたさんに会うために。




