10
私がここに来た意味。それはきっと全ての始まりの人に会いに行くこと。そして、とめる。そうすればーー。
「ウォン! ワウッ! ウォン!」
『ーー』
「ルナ、スターチス?」
姿を現したルナとスターチスは私をまっすぐ見つめ、そして首を横に振った。私はルナとスターチスを交互に見て問いかける。
「……行ったら駄目なの?」
「ワンッ!」
『ーー』
「どうして? ここに、いるんだよ」
「クウ……ウォン」
ルナは大きくなりながら私に近づき、私の頬にすり寄った。そしてルナは私のおでこに自身のおでこをくっつけた。
『ルナ、スターチス。あの男に私を会わせないで。会ってしまったら最後、私の願いは叶わなくなる』
『私? 私はね、この終わりに満足しているし納得もしているよ。ただ、きっとこの終わりに満足も納得もしない私が来る』
『だからね、ルナとスターチスにお願い。願う終わりに向かえるよう、何も知らない私のそばにいて。そしてできれば支えてほしい』
『ルナ。あなたの力は時を越え、時を繋ぐもの。スターチス。あなたの力は時を記憶し、時を映すもの』
『私に、繋いでね』
流れる映像。そしてルナとスターチスに想いを託す人物。その人物を私は決して見間違えるはずがない。
だってその人物は、私だったからーー。
「っ……ルナ、あなた」
「クウ」
『ーー』
「ルナ、スターチス……」
「ワンッ」
『ーー』
ルナのふわふわな体を撫で、そっと抱き締める。そしてスターチスは私を後ろから寄り添うように抱き締めてくれた。
私がルナとスターチスを縛った。それが私の願いだったから。
「……ごめんね」
「クウ」
『ーー』
「全部……全部、ごめん」
「ガウッ」
「わっ……!」
『ーー』
「いたたっ」
ルナが私と少し距離をとったと思ったら、鼻を噛まれた。そしてスターチスには頬を控えめに引っ張られる。
『ーー』
「うん。ごめん間違えた。一緒にいてくれて、ありがとう」
「ワンッ! ウォン!」
満足そうに尻尾を振り喉を鳴らすルナと、ふわりと微笑むスターチス。
私に願われたからじゃない。ルナとスターチスは、自分たちの意思で私のそばにいてくれた。私を支えてくれた。
「ルナ、スターチス。本当にありがとう」
「ワンッ」
『ーー』
「進むよ。ちゃんと」
「ウォン」
『ーー』
ルナの頭を撫で、スターチスとはハグをする。そして木蓮さんに向き直り伝える。
「木蓮さん。私、行きます。私が行くべき場所へ」
「そうか。決まったのだな」
「はい」
「我が邪魔はさせぬから安心してお行き」
「ありがとうございます」
木蓮さんにお礼を言って、今度はアメリアさんとエミリオを見る。二人は私がルナとスターチスと話している間、静かに待っていてくれた。そして今、木蓮さんと一緒に私の邪魔になりそうな存在を排除しようと警戒してくれている。
私はルナとスターチスだけじゃない。アメリアさんとエミリオも一緒がいい。もちろんリーヤも。
「アメリアさん、エミリオ。二人にも一緒に来てほしい」
「私たちがご一緒しても、よろしいのですか……?」
「僕たちは邪魔になるだろう」
「アメリアさんとエミリオも私には大切な存在です。だから、そばにいてください。それに私は守ってもらうだけは嫌です。一緒に進みましょう」
二人の手にそっと触れ、軽い力で握る。じっと二人を見つめ返事を待っていると、二人も私の手を握り返してくれた。
「雪月様が許してくださるのなら、共に行きます」
「僕も共に行く」
「ありがとう。それじゃあ、行きましょう」
「ピャピャッ」
「うん。リーヤも行こう」
「ピャキュキュッ! ピャッ!」
リーヤの元気な声と動きに笑顔になる。可愛いなあと思いながら頭を撫でて、目的地に向かって歩き始める。
向かう先は、私が喚ばれたあの場所。
***
いろいろありながらも走り続け目的地へと着くと、この間は何もなかった中央が輝いていた。そしてその輝きの中に人の姿があった。はっきりとした形や表情まではわからない。でも、私の直感が言っている。
ーー神がいる、と。
『あ、来たね』
直感通りの聞き慣れた声が私の耳に届く。
私はぎゅっと拳を握り気合いを入れて輝きに近づく。
『こんにちは』
「こ、んにちは」
『ふふ、緊張してるね。大丈夫だよ』
「大丈夫と言われても……」
『困る? そうだよね。困るよね。でも気にしないで。ね?』
「……うん」
小さく頷く私を見たその人はけらけらと笑った。
『私が誰かはわかるよね?』
「うん。冬夜雪月でしょう」
『正解。ただあなたとは別の冬夜雪月。枝分かれした世界のうちの一人だよ。だから選ぶ道も違う』
「うん。でもあなたが私に繋いでくれた。あなたのおかげで私は無事に来られたよ。ありがとう」
『ん、ふふ、あはははっ! そのお礼は受け取れないなあ』
「どうして?」
『だって、ここまで無事に来られたのはあなたがした選択の結果だもの。私はただルナとスターチスに託しただけ。それにルナとスターチスにはどうするかは自由に決めてって言っていたからね、結局はあなたの選択で変わっていた。あとあなたのそばにいる他の力に関して、私は何も知らないんだよ。全部あなたの頑張りだ』
「それでも、ありがとう。あなたがつくってくれたきっかけのおかけで選択できることもあったから」
『……どういたしまして』
輝きの中から出てきたその人は、光のローブを纏っていた。そして床につくくらい長い髪は、まるで風を纏っているかのようにふわりと宙を泳いでいる。
『ねえ、冬夜雪月。私は神になった』
そう言ってまっすぐ私を見るその人の瞳は、世界の色全てを映すかのように移り変わり輝いていた。そして全身にあたる力は、大きく強いのがわかる。けれど、どこまでも柔らかで穏やか……それが意味することは一つ。
「それが、あなたが選んだ終わりなんだね」
『うん。私の軸で、私が満足して納得する終わりはこれだったの。だから私は誰も恨んでいないし憎んでもいない。そして悲しくも辛くもない』
「それはわかる。だってあなたの纏う雰囲気と力がとても優しい。柔らかで温かいから」
その人はふっと柔らかに笑った。
『私のことをわかってくれてありがとう。嬉しいよ』
「冬夜雪月のことだからね。私もわかって嬉しい」
『ねえ冬夜雪月。今の私のこの姿は、あなたがなろうとしている神の姿だ』
私の後ろの空気が大きく揺れたので振り返ると、アメリアさんとエミリオが動揺しているように見えた。
「雪月様……今のは本当ですか?」
「あなたが覚えていてほしいと言い続けているのは、それが理由か?」
「アメリアさん、エミリオ」
私は二人にただ笑顔を見せる。それは二人の質問に対する肯定で、誤魔化しでもあった。でも二人はそんな私を逃してはくれない。
「雪月様がその選択をなさるのなら私たちはとめます! たとえ雪月様に拒絶され否定されることになったとしても……私たちはとめます」
「僕も姉さんと同意見だ。雪月、それだけは僕たちも見過ごせない」
「アメリアさん、エミリオ。最悪の場合です。どうしても、それしかなかったらっていう話で……絶対これっていう選択ではないんです」
「それでもあなたがそれを選ぶ可能性があるなら、僕たちはこのままあなたを進ませるわけにはいかない」
「エミリオ……」
「雪月様。私たちは雪月様の願いを、想いを知っています。だからこそ私たちも譲れません」
「……」
『有の力を持つ者、無の力を持つ者よ。大丈夫だよ。今の冬夜雪月の願いと想いは必ず叶う』
その人は、はっきりと言いきった。そして手を伸ばし、私の頬に触れて『あなたがどの道を選んでも、今までのあなたの選択が救ってくれる』と私にだけ聞こえるように言った。
私はその言葉に小さく頷く。
「ありがとう。私、あなたに会えてよかった」
『私も会えてよかった。さあ、あなたの想いのまま進め』
温かな力が背を押してくれる。それを自分の中の力にして、私は輝きの中へと入った。




