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 とある日の夜。ふっと空気が冷たくどろどろとしたものに変わったような気がして部屋を出た。


「っ……なに、これ」


 広がる光景に思わず零れる言葉。


 まるで幽霊のように、透けている黒い球体が数えきれないほどたくさん宙を泳いでいた。そしてその黒い球体が私の横を通りすぎた瞬間ーー流れてくる感情。


 悲しい。苦しい。辛い。ずるい。


 そういった感情が私の中へと流れてくる。そして黒い球体たちは私を囲むように近づいてきた。


『あなたの体をね、ちょうだい』


『あなたの魂は消えちゃうけど大丈夫』


『この中の誰かがあなた(・・・)になるから』


『それでちゃんと使うから安心して』


『その体に宿る力も含めて、ね』


 聞こえてくる言葉を理解してぞっとする。


「近寄らないで。この体は私のだからあげない。力もそう。私の大切なものだから渡さない」


『どうして駄目なの』


『わたしたちは選ばれた存在』


『だから生まれた』


『でも体がない』


『体があれば神になれるかもしれないのに』


「何を言って……っ、うわ!」


 一つの黒い球体が勢いをあげて私に向かってきたから、それを避けて視線を右後ろへと向ける。黒い球体は壁に食い込んでいて、ぱらぱらと壁が砕けていた。


「雪月様。私たちから離れないでください」


「貴様ら誰の許可を得て我らが主の体を奪おうとしている」


 ぴりっとした空気。アメリアさんは私を守るようにそばにいてくれて、エミリオは低く唸るように黒い球体に問う。すると黒い球体たちが嗤ったのを感じた。


「っ……! エミリオ! アメリアさん!」


 私は力一杯に二人を引っ張り、自身の体を前へと出す。だけど少し遅かった。禍々しく強い力が私の眼前にあった。


 瞬間ーー鳴り響く爆発音。


『あーあ、駄目じゃない』


『ごめん。だって大人しくしてくれる感じじゃなかったから』


『せっかくの体だったのに』


『ぼろぼろになってるかも』


『使えなかったら意味ない』


「好き勝手言わないで。この体は私のだって言ったでしょ」


 青い炎が揺れ動き消える。そして私の目に、また黒い球体たちが映る。そして黒い球体たちが嬉々として話し出した。


『今のを防ぐなんて、すごーい』


『綺麗で強大な力。わたしたちが扱うに相応しいね』


『それにやっぱりいい体だね。頑丈だ』


『その体を手に入れたら、神になれるかもしれないじゃない』


『神になれる』


 興奮、それから嬉々とした雰囲気。


 黒い球体たちが私の体を狙っている。だけど私は自分の体を渡すつもりはない。黒い球体たちを警戒しつつ、エミリオとアメリアさんに意識を向ける。


 うん。準備し終えたみたいだ。


 そう思っていると、エミリオとアメリアさんが私の前へと出た。


「貴様らにくれてやるのは終焉……そう思っていたが、それだと僕たちは何も知らずに終わってしまうからな」


『あははははっ』


『弱い力が何か言ってる』


『わたしたちは神になれる力を持ってるの』


『あとは体だけ。体があればわたしたちは神になれる』


『体を持っていても弱いお前たちとは違うんだよ』


「僕たちが弱いことはもう随分と前から知っているよ。でもな、僕たちは主と共に成長している最中なんだ。まだ強くなる」


「弟の言う通りです。私たちは強くなりますわ。そして私からも言わせていただきますね。あなた方は絶対に神にはなれません」


『何を言っているの。わたしたちは神になれるよ』


『その体を手に入れるからね』


『今のうちにわたしたちに媚びておいたほうがいいよ』


『わたしたちはお前たちの主になるんだから』


『ちゃんとお前たちも使ってあげるね』


 私は言い返そうと口を開きかけ、やめる。二人の背中がそうしてほしいと言っていたから。だから黙ってエミリオとアメリアさんの背中を見つめる。


「あなた方が神になれると確信しているのは、我らが主様の体を手に入れるからでしょう。他の方の体では神になれるか不確定。つまり得る体によって強さが変わるということでしょう。そういう存在のあなた方が本当に強いとは言えません」


「僕たちの主は力がなくとも強くなるよ。そして僕たちはそういう主が好きだ。だから僕たちは、主以外の何かには使われてやらない」


 エミリオはそう言いながら右手を動かす。すると一本の棒のようなものが増殖しながら、黒い球体たちを囲い始めた。そして最後にガチャンと鍵がかけられたような音が聞こえ、黒い球体たちは囲いの中へ閉じ込められた。聞こえてくる黒い球体たちの戸惑った声や怒りの声。


「貴様らが何を言おうがそこからは出られないし、出す気もない」


「私たちは、我らが主様に害があるものは全て排除いたします」


『ここから出せっ! 今なら許してや……ギィ、ヤアアアアアアッ!』


「っ、も、くれんさん……」


「すまぬな。そちらを巻き込んでしまって。だが安心しておくれ。あれらは消滅させたからもう害はない」


 そう言った木蓮さんの表情は険しく、雰囲気もぴりっとしていて近寄りがたい感じ。


 今、木蓮さんは怒っているのだと思う。


「我らが主の命が狙われた。あれらがどういうモノなのか教えてほしい」


「元は、神の子として生まれることができず力だけの害のない存在だ。そして本来ならば自然と世界に溶け込み消える。だが、とある者たちがそこに目をつけた。そして人間に力を与える実験を始めたのだ」


 木蓮さんはゆっくりと目を伏せ、そしてまっすぐ私を見つめ言った。


 ーー神を創るために、と。


「神を、創る……?」


「そう。其奴らの思いのままの世界にするために、其奴らに好意を抱き裏切らない神を創る実験だ。最初はこの世界の人間で行っていたが、この世界の人間では無理だと判断した其奴らは……異世界の人間を使うことにした」


 ぞわっと何かが全身を駆け巡る。脈は驚くくらい速くなり、嫌な汗をかき始める。


「そして力が馴染まなかった者はーー黒き(もや)となり、全てを嫌い傷つける化物となる」


 木蓮さんの話を頭の中で整理していく。


 力を与える。

 好意。

 異世界の人間。

 黒い靄。


「……まるで」


 救世主《わたしたち》と不浄のことだ。


 ここは過去。そして過去(ここ)から時が流れた先が私が本来いる未来。


 私の頬は弛み、口角が上がる。


「ここに来られてよかった」


 私の選ぶ道は、もう決まっている。

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