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私は涙を服の裾で拭って、鼻をすする。そして息を大きく吸って、ゆっくり吐く。
「……よし」
両頬を二回ほど叩いて、意識を集中させる。
楓さんの他にもう一人いた。楓さんよりも熱く、興奮している不浄が。
楓さんと関わることができてわかったことがある。それは不浄の性格は、人間のときの性格とほぼ変わらないということ。
ということは、もう一人の不浄は怒りっぽいのかもしれない。いや、普段は穏やかだけど何かがあってそれに対して怒っているという可能性もある。
「ただ後者の場合、あの不浄が何に対して怒っているのかがわからないんだよな……」
もしこの世界の不条理に怒っているなら、まだどうにかできるような気がする。だけどもし色恋関係で怒っているなら、私には無理だ。どうすることもできない。
なぜなら私は色恋にまったく興味がないから。だからそういう誰それが誰を好きだとか、誰それが誰々と仲がよくて腹が立つだとかの気持ちがわからない。
……さて、どうしたものか。
不浄となったあの人本人に聞くのはかなりハードルが高い気がする。だけどど直球に聞くしかないよなあ。上手くいけば楓さんのときのようにどうにかできるかもしれない。だがそれは反対に失敗したら、死ぬかもしれないということ。現状恐らく死ぬ確率が高い。
「ふー……」
自分の死を想像して気持ちが沈む。
死にたくない。
殺されたくない。
生きていたい。
帰りたい。
それは不浄になった人たちも同じだと思う。だからこそ、どうにかしなきゃ。
「……いやいやいやいや。何で助けようとしてるんだ私」
確かに楓さんには転移者の救世主だと言われたけど、だからって全員を救う必要はないんじゃないか。
それにどうしたら救えるのかもわからないのに。自ら危険なことに首を突っ込む必要もないだろう。
それに今はギルベルト・フライクが相手してくれているから、もしかしたら彼が倒してくれるかもしれない。
「そうだよ。それに楓さんは保身に走るのは仕方ないって……」
そう言ったけど。そう言ってくれたけど……本当に後悔しないか。私。
でも知らない世界で知らない人のために命を賭けるのか。私はただの女子学生だぞ。それに楓さんは救世主は必ず何かの力を持っていると言っていたが、現段階で私の力が何かはわかっていない。そして発動の仕方や発動条件もだ。
無理はしないほうがいい。ここで無理をするのは得策じゃない。
「……」
息を思いっきり吐き、大きく吸う。
「だけど、自分がもし不浄になったら助けてほしい」
私は覚悟を決めて、直感で不浄とギルベルト・フライクがいるであろう方向へ走り出す。
これよく考えなくても迷子になるパターンかもしれない。だけど私の直感がこっちだって言ってる。
大丈夫。自分の直感を信じて。
走れ。走れ。脚を動かし続けろ。
「……」
上手に動けるかなんてわからない。
どこからが上手に動けているということなのかもわからない。
私の選択が正しいのかすらわからない。
今日死ぬかもしれない。
すっごく痛い思いをして殺してくれと思うのかもしれない。
「あー、もう……邪魔だ!」
いろいろな考えが頭の中をぐるぐると回って、心がその考えを邪魔だと言う。
負の考えばかり浮かぶが、それに反して脚は前へ前へと動いてくれる。
あれこれ考えたって、私の答えはもう決まってるんだ。
だったらうじうじ考えるな。それに自分が後悔しないと思った選択なんだから間違ってない。




