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「あの、どうして着いてくるんですか? さっきクロウに聞きましたよね。私がここを自由に歩き回っても大丈夫だと木蓮さんからお許しが出ていると」


「木蓮さんが許しても俺は許していない。それに今はクロウもいないしな。図々しい人間が何かしないよう見張るためだ」


「そうですか。では見張っててもいいですが、もう少し存在を薄くできませんか? 存在感がありすぎて見ることに集中できないので」


 そう伝えるとギルベルト・フライクは苦虫を噛んだような顔をして舌打ちをした。


「私が嫌いなら近くにいないで物陰から見張ってもいいのでは?」


「人間が俺に指図するな。鬱陶しい」


「指図ではなく提案です。ですが嫌なら私が言ったことはお気になさらず」


「……」


 ギルベルト・フライク。あのですね、怒ると存在感が増すんですよ。知っていましたか。


 それを言ったらさらに怒らせてしまうから黙っていよう。うん。


 そう思って何も話さず歩き始める。


 何も話さないで黙々と歩いていると開けた場所に出た。その場所を見た瞬間、頭を過った光景に小さく声が漏れる。


「ここ……」


 雰囲気も景色もまったく違う。それにここは神の國で、私の知るあの王国ではない。だけどなぜか私の頭や目は、私が喚び出されたあの日のあの場所として映っている。


 小さく震える手を握り締める。そして答えてくれるとは限らないのに「あの、ここはどういった場所なんでしょうか?」私はそうギルベルト・フライクに問いかけていた。


 彼は私を見て、目を見開き驚きの表情を浮かべた。


「お前、なんて顔色しているんだ……」


「お願いします。教えてください」


「っ、おい。体調が悪いなら今日は休め。体調がいい日に回ったほうが効率がいいだろ」


 そう言ったギルベルト・フライクは私の知っている彼に似ている。やはり心根が優しいのだ、ギルベルト・フライクは。


 そう思いながら私は首を横に振り、ギルベルト・フライクを見つめる。


「これは恐怖や嫌なことから目を背けたい私の心が顔色に出ているだけなので、気にしないで大丈夫です」


「お前……」


「私は知る(・・)ために来ました。知らなければ進めないから」


「……」


「だからお願いします。ここがどういった場所なのか教えてください」


 言い切って頭を下げる。視線の先にある床は澄んでいて、まるで鏡のように情けない私の顔を映していた。


 ここが、全ての始まりかもしれない。もしそうならば、私はあの日以来避けていたあそこへと行くべきなのだろう。


 今となってはどうして避けていたのかもわからない。だけどもしかしたら直感的に何かに気づいていたのかもしれないと思う。


「どうして知りたいんだ。何を知りたくて来た」


「それは……」


「怖いのなら避けるなり逃げるなりすればいい。あえて近づく理由はなんだ? お前の選択は必ずしも安全な道ではないだろ」


「どうしても……会いたい人がいます。その人に会いに行くためには知らなければならないんです。この世界(・・・・)のことを」


「人間。お前にとってその相手はそんなにも大切なのか。下手をすれば死ぬぞ」


「そう、ですね……死ぬかもしれません。でも会いたいんです。会って、話がしたい」


 ひなたさんのあの表情が頭を過る。そしてひなたちゃんの声が耳を通り頭の中で響く。


 ギルベルト・フライクが小さく息を吐き出したのを感じ、顔を上げる。見えたギルベルト・フライクの表情はとても真剣で、少し怒っているようにも感じた。


「お前の選択で、お前が死ぬとしよう。そのときのお前は覚悟を決め、お前自身は納得のいく選択だ。だけどな、残された者は違う。お前は誰かに悲しみや苦しみを背負わせるのか」


 問いかけであって問いかけではないその言葉に思わず大きな声が出る。


「あのっ! 私、生きますよ! 絶対に死にませんからね! それに死なないって約束もしているので、もし死にそうになっても必ず生きて帰ります!」


 言い切ってからふと思う。そして付け足すように挙手しながら伝える。


「でも心配はかけてしまうかもしれません! それは申し訳なく思います! たださっきも言いましたがちゃんと生きて帰りますのでご安心を!」


「お前……俺に言ってもしかたないだろ。それに心配もかけさせるな。相手が辛いだろうが」


「確かにそうですね? でもあなたに言わなきゃって思ったんです。あと心配については無理です。ごめんなさい。たくさん私を心配してください」


「はあ!? 何言ってるんだお前は!」


「え? たくさん心配をかけますっていう宣言を」


「するなっ!」


 勢いよく突っ込むギルベルト・フライクが私の知る彼とは本当に違って、それがなんだか可笑しくてふはっと息を漏らす。


「今のどこに笑うところがあったんだ。お前の笑いのツボは変なところにあるのか」


「ん、ふふ……そうかもしれないですね」


「なんなんだ、お前は」


 呆れたような、でもどこか温かさのある音が耳に届く。そしてギルベルト・フライクは最終確認だと言わんばかりに私をまっすぐ見つめ「死ぬ選択はしないんだな」と私に問いかけた。私を見つめるその翡翠色の瞳は強い光を宿していて、まるで私の心を見通さんと言わんばかりだ。


 私は笑って頷き、言葉を音にする。


「絶対にしません」


「そうか。で、お前はここがどういった場所なのか知りたいんだったな」


「はい」


「ここは神が死に、そして()が生まれた場所だ」


「神が生まれた……その神って偉大な力のことですよね」


 ギルベルト・フライクは私の問いかけに肯定しながら静かに頷いた。


 どこか遠くを見つめたギルベルト・フライクは小さな声で「俺たちが生まれる場所でもある」と言った。


「……」


 偉大な力である神を受け入れられる器が神の子。その神の子がここで生まれる。


「そして……」


 私はここで喚ばれた。きっと楓さんも花さんも、桜さんに菫。ひなたさんも……歴代の救世主みんなここで喚ばれたのだとしたら、救世主(私たち)は神を受け入れられる器になっている可能性がある。何より私がここに来る前にギルベルト・フライクが言っていた「異世界から喚んだ人間は、無条件で穢れを受け入れ浄化できる器にされる」は、恐らく異世界から喚ばれたことによる影響で起きた偶然のようなものだろう。


 そう納得しかけた私の頭の中でふいに響く木蓮さんの声と言葉。


『この世界の者がそちを巻き込んだようだ』

『そちは我の持つ力と似た力を持っておる』


 巻き込んだ。

 神に似た力。


「あ……」


 違う、かもしれない。私がここで喚ばれたのは間違いない。だけどひなたさんはここと似ているだけの、違う場所で喚ばれて穢れを受け入れられる器にされた。そしてその過程で得たものが神に似た力。そのあとこの世界はひなたさんによって変わり、楓さんたちを喚んだ。楓さんたちもひなたさんと同じ場所で喚ばれて神に似た力を得た感じだろう。


「あれ」


 つまり楓さんたちから力を受け継いだ私の中には、神に似た力が存在している。それはいい。だけど過去(ここ)へ来て木蓮さんが私の中にほんの僅かだけど神を入れたから……今私の中には神と神に似た力が存在しているということで。


「んー」


 木蓮さんは、恐らく知っている。この未来(さき)がどうなるのかを。


 だから試し、許してくれた。そして今も私は試されているのだろう。


 私がどのような選択をするのかを。

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