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「さて、今ここに居続けてもそちの望むものを知ることはできないだろう。我が許す。この國で自由に動き、そして調べるといい」


「っ、ありがとうございます……!」


「それとここ(・・)にいる間の衣食住は用意するから、必要ならば使いなさい」


 木蓮さんのその言葉に少し引っ掛かりを覚える。


 必要ならば……あ、そうか。ここは記憶だ。さっきから話していると木蓮さんもそのことをわかっていると思う。だから必要ならばって言ったんだ。それに今の私には眠たいとかお腹が空いたという感覚がないのかもしれない。


 私が木蓮さんに「お気遣いありがとうございます」と伝えると、木蓮さんは笑った。


「もしギルに何か言われたら我に許しをもらっていると言ってこの子を呼びなさい」


「この子……?」


「そう。クロウ、おいで」


「クロウ?」


 クロウって、あのクロウのことかな。たぶんそうだよね。だってギルベルト・フライクもいたし。だから木蓮さんがクロウを呼ぶことは変ではない。ん、あれ。木蓮さんがクロウを呼ぶ。


「……」


 それって、まさか、そんな。でもあり得ないことじゃない。


 木蓮さんが、大樹である可能性はーー。


「木蓮様。お呼びでしょうか」


 思案していると、声変わりもまだしていない幼い子特有の高めの声が耳に届く。


 声に誘われるように顔をそちらへ向けると、美しい金色の髪と春空のような青い瞳が私の目に映る。そして、幼いクロウは私を認識すると柔らかに目を細めて笑った。


「っ……」


 その笑みはとても綺麗で、見惚れてしまうものだ。


 だけどーー。

 わかってしまった。

 気づいてしまった。


 その笑みの、作られた美しさに。


「お客様ですか? はじめまして。僕はクロウと申します。以後お見知りおきを」


「はじめまして。私は冬夜雪月です。よろしくお願いします」


「クロウ。雪月がギルに何か言われていたら、我が許していると伝えてくれるか」


「はい。もちろんです」


 変わらない美しい笑みで返事をするクロウ。


 このときのクロウから私が知っているクロウになるまでに何か心境の変化があったんだよね。たぶん。


 ギルベルト・フライクもそうだけど、とても変わりましたね。昔と今で。


「木蓮様。僕はユヅキ様に呼ばれたときだけ行けばいいのですか?」


「いいや。雪月が許して、お前が雪月のそばにいたければ好きにするといい」


「ユヅキ様は常に僕がおそばにいると邪魔ですか?」


 背中がぞわっとした。これはたぶん殺気。私を警戒しているのがひしひしと伝わってくる。


 ……私はそれに気づかない鈍感な人間でいよう。だってここは過去なんだから。


「大丈夫ですよ。知らないことばかりだから、そばにいてくれると嬉しいです」


 そう伝えるとクロウは笑みを深めた。


「それでは僕は常にユヅキ様のおそばにいますね」


 冷たい空気を孕んだその声に、私は少しの悲しさと危うさを感じた。



     ***



 木蓮さんの言葉に甘えて本当に好きなように神の國の中を歩き回った。そして思ったことがある。


 広すぎではないかということ。そう思った私だけど、実はまだ半分も回りきれていない。広すぎてどこを回ろうか悩み始めた私にクロウが書庫はどうですかと聞いてくれたのは本当にありがたかった。そしてたどり着いた書庫。そこも広すぎて一番奥の棚が薄ぼんやりとしか見えない。しかも天井も高い。書庫にしては高すぎるし広すぎる。いや書庫でなくても広すぎる。


 あまりの広さと高さに口が開いてしまう。きっと今の私の顔は間抜けなことになっていることだろう。だけどそれもしかたのないこと。だって広す……いいや。もうこの話題から離れよう。ずっと同じところをぐるぐるしてしまうし。


「ピャー!」


 私の頭の上に登っていたリーヤが楽しそうに声を出した。いつもより張っていたその声は響い、てなかった。あまりにも広すぎるためだ。


「ピャッピャッ」


「楽しそうだね」


「ピャキュキュッ」


 リーヤに手を伸ばして上に乗ってもらうと、それはそれは楽しそうな表情をしたリーヤが私を見ていた。


「読みごたえありそうだね」


「ピャッ」


「ユヅキ様。もし読めない字があれば仰ってください。僕が読みますので」


「ありがとうございます。それからそのときはお願いします」


 お礼を伝えて本棚に並べられている本を見ていく。真新しい本から歴史ある古い本まで様々だ。


 暫く本の背表紙を見続けていたけど、いつまでも背表紙だけを見ているわけにはいないので目についた一冊を手に取る。


「……あったかい」


 手に取った本には心地よい温かさがあった。それに驚きつつ表紙を開く。すると、ふわっと風が吹き前髪が踊った。


「え……?」


「生きている本ですよ」


「生きている?」


「はい。僕たちのように命があります」


 そっと開いたページを撫でる。


「私の持ち方、痛くない?」


 私の問いかけに答えるように柔らかな風がまた吹く。


 たぶん今のは痛くないよってことなんだと思うけど、違ったらどうしよう。大丈夫かな。


 不安になって助けを求めるようにクロウを見ると、小さく目を見開いた表情で私を見ていた。


 え、これは駄目な感じのお返事ですか。

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