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「雪月。すまんな。我の悪ふざけで空気を悪くしてしまった」
「だ、大丈夫です」
悪ふざけが何かわかっていない私はただただ戸惑いながら返事をする。
「そちらもすまなかった。安心しておくれ。雪月には何もせぬ」
「あなたのその言葉は信用なりません」
「雪月の頬に触れたとき何をした?」
何を……何をってどういうこと。既に私は何かされているの。え、気づかなかったんだけど。それでこの警戒か。
納得して小さく頷く。
ん、いや、納得して頷いている場合ではないな。何かされているらしいし。
そう思いながら木蓮さんに視線を戻すと、笑みが返ってきた。
「マーキング、というもだ」
「っ、この……!」
「っ……!」
「わ、待って待って! エミリオ駄目! アリシアさんも駄目ですからね!」
「ピャッピャッ!」
私がエミリオとアリシアさんの腕を掴んでとめていると、リーヤもばっと両腕を広げて二人をとめるために説得してくれる。
「雪月様。とめないでくさい」
「ここではないその先で雪月の害になるかもしれない。そうなる前に今この場でなかったことにする」
「エミリオ! 物騒なこと言わない! 大丈夫! 悪意があるなら私も気づくし、何よりルナが出てきてない! あとお守りもあるから大丈夫だよ! ね? だから少し落ち着こう」
エミリオとアリシアさんの腕にしがみつきながら言葉を流れるように口にする。
ちょ、本当に落ち着いて。木蓮さんに向かっていこうとする二人の力が強すぎて腕が軋んでいるような気がする。
何よりここで木蓮さんに何かあったら未来が変わってしまう可能性がある、というより変わってしまう。それだけはなんとしても阻止せねば。
そう思うけど、ほんっとうに強いなこの二人。私の腕外れないか心配になってきた。
「っ……え」
ふっと空気が澄んで軽くなるのを感じた。そしてさっきまで床だった場所が、一瞬で色とりどりのお花で埋め尽くされている。
突然のことにエミリオたちはさらに警戒を強めたけれど、私の意識は足に触れる花たちへ移る。
「我は雪月の力である、そちらの反応を確認したかった。なぜならここはそちらの知らない世界。考え方も力の大きさもそちらの知る世界とは桁違いに危険だ。故にどれだけ些細な悪意も見逃さないことが必要になる。そちら二人は反応がよい。そしてリーヤと他二つの力は見る目がある」
「ピャアッ!」
「貴殿は、私たちには見る目がないと……そう仰りたいのですか」
「僕たちは雪月を主として選んだ。見る目はある」
「確かに。ただ雪月の害になる力なのか否かを見定める目はない。それは力としての経験の差だ。そちら二人は今まで誰の力でもなかった。対してリーヤたちは誰かの力として共に生きてきた経験がある。だからこそ害のある力か否かが感覚でわかる。そこがそちら二人との力としての違いだ」
木蓮さんの言葉にエミリオとアリシアさんの表情が少し曇る。
エミリオとアリシアさんは今は力だけど、本当は違う。私と同じ人間なんだよ。
でも今は私の大切な力ーー。
私はエミリオとアリシアさんの手を握り、二人を交互に見る。
「エミリオ、アリシアさん。二人は私と一緒です。まだまだ経験がない。だから、一緒に前に進んで成長しましょう。ね?」
「雪月」
「雪月様」
エミリオとアリシアさんが小さく頷いてくれたのを確認してから、私は疑問に思っていたことを訊くため口を開く。
「木蓮さん。一ついいですか?」
「いいとも。なんでも訊くといい」
「私の力の反応を確認したかったって木蓮さんは言いましたけど、確認したかったのってエミリオとアリシアさんだけですよね」
「なぜそう思う?」
「木蓮さんはエミリオとアリシアさんが今まで誰かの力ではなかったことを知っていました。だから力としての二人を知りたいと思ったのかなと、そう思って訊きました」
「雪月の言う通り、確かにそう思った。それと同時に力を教えねばとも思ったのだ」
声と表情は柔らかく、纏う空気は澄んでいて少し冷たい。
ーーああ、神様だ。
そう、瞬間的に思う。
神聖な場所へ足を踏み入れたときのような、そんな空気。
「本来、僅かにでも自我のある力を複数持つということは危険なことだ。だが雪月は複数力を受け継いでいる。そして雪月にはまだ力を受け継げるだけの器がある。故に新たな力を雪月が受け入れても、既存の力が新たな力を否定すれば……雪月の中で力同士の争いが始まる。そして力が暴走し、雪月の命を奪うことになる」
「っ、雪月の命を……」
「そんな……」
「そちら力が雪月を大切に思っていることはわかる。だからこそ、そちらは雪月にとって害ある力か否かを見定める目を養わなくてはならない」
エミリオとアリシアさんは互いに見つめ合い頷いた。そしてリーヤを見つめる。
「君たちは、僕たちが雪月の力になることを許してくれた」
「だから私たちは雪月様の力になれたのですね」
「僕たちを温かく迎えてくれたこと感謝する」
「ありがとうございます」
「ピャッ! ピャピャッ!」
「リーヤ。私からもありがとう」
「ピャッ!」
それから……ルナ、スターチスもありがとう。
そう思いながら伝えると、ルナとスターチスが姿を現し返事をしてくれる。
「ウォン」
『ーー』
「本当に、ありがとう……」
今度は言葉にして伝えるとルナが右の頬にすり寄ってくれて、スターチスは私の左肩に手を置いて左頬にそっと自分の頬をくっつけた。そして少しの間のあとルナとスターチスが離れ、木蓮さんに話しかけた。
「クウ」
『ーー』
「そちらはルナとスターチスというのだな。我は木蓮だ」
「ウォン」
『ーー』
「ふむ。そうか。それは悪いことをした」
ルナたちの会話を聞いて、驚く。
どうやら今私の中に木蓮さんの力があるらしい。えー、ということは……。
「神が私の中にある……」
「ほんの僅かにだ。全て譲渡してしまうとここに縛りつけてしまうことになる。そうするとここから元の場所へ帰ることができなくなる」
「……」
「そちは覚悟している。だからここにいる間に少しでも神を渡し馴染ませておけば後々困らないだろうと思ったのだが……まだそのときではなかったらしい」
『ーー』
「ウォン!」
「ピャッ? ピャッピャッ」
「大丈夫だよ。特に変わったところはないかな。でも木蓮さんが私に力を渡してくれていたことに気づきませんでした」
「そちも無意識に害あるものか否かを判断しておる。そして害がないと思えば素直に受け取ってくれる」
「そう、なんですか……?」
そう言われてもぴんとこない。
首を傾げていると、リーヤも一緒に傾げていると言うか傾いていた。
「だから我の力を違和感なく受け取ってくれたのだ。渡したその力を今は眠らせておる。時が来たら目覚める」
自分の両手をじっと見つめ、握ったり開いたりする。
偉大なる力、神。
その力が私の中にほんの僅かだけどある。そして今は眠っているらしいけど、どこか温かく優しいものを感じる。
きっとこの力が目覚めても、大丈夫。私は私でいられる。そんな気がする。




