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「木蓮さん。なんで神聖なこの場所に人間がいるんだ?」
「我の客人だ。そのように威嚇するでない」
「へえ、客人ね」
ガラの悪いギルベルト・フライクは私に近づいてきて、値踏みするかのように頭から順番に見られていく。そして鼻で嗤ったギルベルト・フライクは、私に近づき耳元で言った。
「たかが人間がどうやって木蓮さんに取り入ったんだ?」
嫌悪や見下すような嫌な音が混じった声が私の耳を通して頭に響く。
すっと離れたギルベルト・フライクは嫌な笑みを浮かべていた。
……なるほど。過去のギルベルト・フライクは、私が知るギルベルト・フライクとは真逆のようだ。
それにしてもこういう風に嫌悪や見下されるような感じは、なんだか新鮮に感じてしまう。出会ってから今までこういう雰囲気のギルベルト・フライクは見たことなかったもんなあ。
へーと思いながらギルベルト・フライクを見る私と、私の気持ちが連動しているのか同じような顔をしてギルベルト・フライクを見ているリーヤ。だけど一つだけ私とは違うところがある。それはリーヤの小さな口があーと開いているところだ。
私はリーヤからギルベルト・フライクへと視線を移す。そして今の思いを隠すことなく言葉にする。
「そういうことをしたつもりはありません。ただあなたに話したくはないので、言いません」
「あ? 話すのが筋だろ」
「嫌です。話すことを拒否致します」
リーヤが私とギルベルト・フライクを交互に見ているのがなんとなく伝わってくる。
「生意気な人間だな」
「生意気で結構です。ですが一つだけ言わせていただきます。初対面で敵意丸出しのあなたに話したところで、それが真実だとしても私の話を全て否定するでしょう」
「っ……!」
「だから話しません」
「人間が神の子に口答えするなっ!」
「あっ! もう一つだけ。私の名前、冬夜雪月っていいます。あなたからしたらただの人間だと思います。ですが私にも名前があるのでちゃんと呼んでくださいね」
私がそう言うと、ギルベルト・フライクはぴしりと少し固まった。けれどすぐに怒りからか顔が赤くなる。
「誰が呼ぶかっ!」
「そうですか。それじゃあ絶対に話しません」
にっこり笑って言い切る。ギルベルト・フライクの体がわなわなと震えているけど知るものかという気持ちだ。そう思っていると、今まで私たちのやり取りを静かに見ていてくれた木蓮さんが小さく吹き出した。
「ふ、ふふ。ギルに物怖じしないとはすごいな。このようにはっきり言う子が好きだよ。我が守るから安心してもっと言ってやりなさい」
「木蓮さんっ! こんな生意気な人間の味方をしないでくれ!」
「ギル。人間という呼び方をするでない。雪月という素敵な名があるのだから。雪月と呼ぶべきであろう」
「っ……俺は帰る! 調子にのるなよ人間!」
「のらないですよ。気をつけて帰ってくださいね」
ふんっと鼻を鳴らして帰っていく。その後ろ姿に手を振る私とリーヤ。
「木蓮さん。騒がしくしてしまってごめんなさい」
「構わないさ。言っただろう。我が守るから安心してもっと言ってやりなさい、と。我は楽しかったよ。あのように狼狽えるギルを見るのは」
「そう言ってもらえると助かります。あの、彼は人間が嫌いなんですか?」
「嫌いではないよ。ただ関わりかたがわからないからあのような態度になってしまうのだ」
「関わりかたがわからない……」
「この世界で神の子という立場は神聖なものとして考えられている。故に人間が神の子を前にすると頭を垂れ、目が合うことも話すこともない。それがさらに人間と神の子
の距離を離してしまう」
木蓮さんは慈しむように私を見つめ、そして頭をそっと撫でる。
「神の子は元々人間よりも力がある。だが行き過ぎた信仰は互いを蝕み苦しめるだけ。結果、神の子も二分する形となってしまった」
「二分ですか……?」
「そう。人間に友好的な者たちと、人間は神の子に尽くせという者たちの二分だ」
「木蓮さんは、人間に友好的な方ですよね」
「どちらかと言えば、だな」
「それは、どういう意味ですか……?」
「さっき我は神の子は二分したと言ったけれど、それは大きく分けたときの話。我は……」
ーーたった一人の神になりたいのだ。
その言葉が私の身体中に響く。そして細胞にじんわりと馴染むようなそういう感覚にも陥る。
「我はたった一人のために力を奮い、そしてその者と生きたい。我は誰か一人を愛したいのだ」
「それは、その誰か一人の力にならなければ……あなたは誰か一人を愛してはいけないんですか」
「……今の我は神の力を受け継いだ者。所謂、神という存在だ。神とは全てを見るだけ。誰か一人を優遇するようなことはしてはいけない」
「……」
「我がもし誰か一人を愛したならば、間違いなくその者のためにだけ動く。全てを見捨てでもその一人のためだけにだ。だがしかし現状それはできぬ。いつか、いつか我は誰か一人のための力になりたい。そう思っている」
頭を撫でていた木蓮さんの手が、するりと私の頬を撫でる。その瞬間ーー私の体は誰かに引き寄せられ、木蓮さんと距離ができる。
ぴりっとした緊張感が走り、私の表情も固まる。
「ふ、あはははっ……! すまんな。真剣に話を聞いてくれる雪月が愛らしくて、つい悪ふざけをしてしまった」
けらけらと笑ってそう言う木蓮さんに対して未だに緊張感が走り続けているこちら側。
視線を動かして確認すると、私を抱き寄せているのはエミリオらしい。そしてその隣にはアリシアさんがいる。
私にはわからなかったけど、木蓮さんのいう悪ふざけにエミリオとアリシアさんは気づいて私を守るために出てきてくれたのだろう。
自分が気づかなかったばかりに……空気が重くなってしまった。どうしよう。この空気。




