記憶の中を、生きる
クロウと一緒に神の國という場所へとやって来た。神の國が始まりだと聞いたから。
たどり着いた神の國を空から見下ろす形で眺める。広大な緑と澄んだ水がその國を囲んでいた。神が棲んでいるというのも納得の神聖さ。神の國へ来る前に見た他の国とは明らかに空気が違う。
『ーー』
「なに……?」
「お姫様?」
「ねえ、クロウ。今、誰かの声が聴こえた」
「声……もしかすると大樹の声かもしれない。お姫様が心配で一緒に視ているのかも」
「大樹……」
そうなのかもしれない。だけど、さっき聴いた大樹の声より若いような気がする。記憶だから若いのかな……。
『ーー』
また声が聴こえたと思ったら、あの國に溢れている強大な力が全身を覆ってきた。そして記憶だというのに、まるで確認するかのようにゆっくりと全身を巡る強大な力。そのあまりの強さに息苦しさを感じていると、突然ふっと力が私に合わせてくれたのか変化して馴染むように浸透していく。
「え……」
その出来事にぱちぱちと瞬きを繰り返し、意味もなく両手を見つめる。
「お姫様、大丈夫? 苦しそうな顔をしていたけど」
「うん。大丈夫だと思う」
クロウと繋いでいないほうの手を握ったり開いたりしてみる。とりあえず何もなさそう。だけどなんだろう。内側がぽかぽかする。嫌な感じじゃなくて、落ち着く温かさ。
『ーー』
ふっと柔らかな風が私の右頬を撫でる。
「……」
「お姫様、本当に大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。ごめんなさい。心配をかけて」
風が撫でていった右頬にそっと触れる。
なんだったんだろう、今の。まるで力を譲渡されたときのような感じ……でもここは記憶の中。それはない。
そう思っていると、クロウと繋いでいる手に力が込められた。私は目線を神の國からクロウへと移す。
「クロウ?」
私が名前を呼ぶとクロウは笑みを浮かべた。けれど瞳の奥で泣いているような気がして、私もクロウの手を握り返す。何も言わないクロウを見つめていると小さな、小さな声で「ごめんね」と彼は言った。それが何に対してなのかはわからない。
「クロウ。何に対して謝っているの?」
「……俺が、あなたに会いたかった。そしてあの人たちも同じ」
言っている意味がわからず眉間に皺が寄ってしまう。
「巻き込んで、ごめん……」
繋いでいなかったほうの手もクロウによって繋がれる。そして祈るように私の両手にクロウは額をそっと乗せた。
「お姫様。俺はあの日からずっと」
ーーあなただけを想ってる。
その言葉を最後に私の体は現実世界と同じくらい重くなり、どこかへ飛ばされる。
飛ばされる瞬間に見たクロウは泣いてしまいそうな表情で私を見ていた。
***
飛ばされたときは落ちることを覚悟していたけど、そういうこともなく綺麗な床の上に座る体勢で目的地らしい場所へ到着した。
「浮いていない安心感……」
ほっと肩の力を抜くと、心臓が激しく動いているのがよくわかる。落ち着くために深呼吸を数回。
今いる場所の確認をと思ったけど、この力の感じは神の國を見たときと同じ。ということは、私は神の國の中へ飛ばされたのか。
「……」
それにしても、一緒にいてくれるって言ったのに急な手のひら返しで私を一人にするってどういうことなんだ。まあ最初からこのつもりでいたのかもしれないけど。そうだとしても一つだけ言わせてほしい。
あの不思議で意味深な空気で騙されてあげないからな。
「ふー……」
なんだかさっきから体が重い気がする。ここは記憶の中のはず。だけど現実世界と変わらないということは、今私がいるのは記憶の中ではなく過去なのかもしれない。ああでもクロウが深い記憶と言っていた。つまり深い記憶故に現実と同じような状態で視ているという考えも捨てきれない。
「いつもと同じということは、相手からも認識される可能性がある……」
ここから誰にも見つからず早く出なきゃ。不法侵入で捕まっては洒落にならない。
そう思って立ち上がった瞬間ーー。
「我の國にひとの子がいるのは珍しい」
「え……」
後ろから声が聞こえて振り向く。そこには長く美しい白髪と色彩豊かな瞳を持った、私と同じくらいの身長の中性的な顔立ちの人が立っていた。
ごくりと唾を飲み込み、息を吸って勢いよく言葉を口にする。
「あの、ごめんなさい! 不法侵入とかではなくて気づいたらここにいて……物取りなどではないので本当にごめんなさいっ!」
言い切って頭を勢いよく下げる。すると小さな笑い声が聞こえた。
「わかっているから慌てる必要はないし、そちが謝る必要もないよ」
「っ……」
「前触れもなく気配が増えたからね、気になって見に来てみたらそちがいた」
「私……」
「大丈夫。我がすぐにそちの世界への道を探す。だから帰れるよ。すまないね。この世界の者がそちを巻き込んだようだ」
その言葉にぽかんと口を開け固まってしまう。だけど未だに心臓はばくばくと嫌な動きをしているし、罪悪感で冷や汗とかいろいろおかしな状態になっている。
固まっている場合ではない。何か言わなくては。
そう考えていると、美しい人は静かに私に近づいてきた。そして「おや?」と少し驚いたような声を出した。
「あの、何か……?」
「ふむ。そちは特別なようだ。我の持つ力と似た力を持っている。体に異常はないか?」
「ありません」
「そうか」
美しい人はそう言うと、顎に手を添え悩む素振りを見せた。




