とある救世主の本音
アネモネさんの記憶を視るため医務室へと向かうことにした私。理由は、以前フォールマがいろいろと張り巡らしてあって安全だから何かあればと言ってくれていたので遠慮なく行くことにした。そしてドウマンは途中で英雄騎士団の団員さんに呼ばれてしまったのでそこでお別れして一人で向かうことに。
書庫にはたくさんの本があるため離れにあって、医務室まで行くのには距離がある。そのため医務室まで行くのに外を歩くんだけど、個人的にはその道が好きだ。いい運動になるし、何より可愛らしいお花が咲いているから。庭師の人の腕がいいからか手入れされているその光景は私を癒してくれる。
「いつ見ても綺麗だなあ」
『どうして』
「え?」
花をじいっと見ていると、真後ろから見知らぬ声が聞こえて振り返る。だけどそこには誰もいなくて、気のせいかなと思いつつ回りを確認する。
「……いない」
私の気のせいか。風の音とかで声みたいに聞こえただけかもしれない。
『どうしてあんただけ』
「っ……!」
気のせいで終わるところで、確かに聞こえたその声に体が跳ねる。
恨めしそうな低い女性の声だった。
『ねえ、わたしが代わってあげる』
「な、にを……っ!」
突然ぐんっと後ろに引っ張られる感覚に体がよろめく。その瞬間、私の目の前が暗転する。突然の暗さに混乱と焦りが出てくる。
「雪月様!」
「雪月!」
アリシアさんとエミリオが私を呼んでいる声が聞こえ、よろめき倒れた私の体を支えてくれている感触だけが伝わる。
心配させてごめんなさい。だけど今の私は何も反応ができない。声を出そうとしているけど出てくれないし、それどころか息苦しささえある。目の前もいまだに真っ暗だ。
ゆらゆらと揺られながら何かに引っ張られ続ける感覚。私をどこへ連れていこうとしているんだろう。
「……」
そういえばさっき「代わってあげる」って言っていた。つまり引っ張られているのは、私の魂。このままじゃ私の体が乗っ取られてしまう。それは、駄目だ。絶対に駄目だ。
「……っ!」
体を動かそうとするけど、ぴくりとも動いてくれない。それどころか引っ張られる速度が上がっている。
これは本当にまずい。どうにかしないと。声だけでも出せ。出すんだ、自分。
「っ……あ」
小さな音を出せたと思った次の瞬間、どこかに座らされた。そして大きく息を吸い込む。
「ぜ、はー」
荒い呼吸を深呼吸して落ち着かせていく。
どうして突然呼吸ができるようになったのかと疑問が出てくる。でもまだ視界は真っ暗なまま。聴覚と嗅覚、それから触覚に頼るしかないのでそこに集中する。
こつこつ、と靴の音が近づいてくるのが聞こえて私は体を強張らせる。
足音は距離のあるところで止まり、そして「どうしてあなたのような人間が救世主なのかしら?」と言った。
見えないせいで不浄なのか、それとも違うのかが判断できず……意を決して問いかける。
「……誰、ですか」
「救世主よ。あんたの前にいた、ね」
その言葉に体が反応して立ち上がりかける。けれど何かに押されて戻されてしまう。
「どうしてあんただけちやほやされているの? 何もしていないのに」
「……」
「不浄は倒した? この世界のために毒は飲んだ? この世界のために血は流した?」
「……いいえ」
「そうだよねえ。なあんにもしてないよねえ。それなのになんであんただけちやほやされるんだろうねえ? わたしのほうが頑張ってたと思うんだけど」
ちりちりと線のようなものが繋がっているのか、彼女の記憶が少しだけど視えてくる。
「あんたがしたことってなんだっけ? ゴミ拾いして不浄になった連中と話をしてたよね。あとは? あとは何をしたっけ? してないよね。救世主としての仕事なんて何一つ。それなのになんでそんなあんたを回りはちやほやするんだろうね。ああ、そっかあ。あんたが救世主のための救世主とかいい気になってるだけのバカだからか。扱いやすいよねえ。バカは。みんなあんたを信用してないよ。みんなあんたを扱いやすい駒だと思ってる」
「……」
「だからわたしが代わってあげる。わたしのほうが救世主としてやれることが多いしね」
「それはお断りします」
「はあ? なんで拒否するの? わたしのほうが救世主として優秀なんだけど」
彼女の言葉を聞きながら、感覚を研ぎ澄ましていく。
「あなたの言う通り、私はあなたを含めた救世主の誰よりも仕事をしていません。それにあなたのほうが救世主としてすごいです」
「だったら断る権利なんてないでしょ? 黙って受け入れたら?」
「……」
刺す言葉。
刺さる言葉。
いまだに真っ暗な視界。だけど視える。彼女が苦しそうに顔を歪めているのを。
生きるために、頑張って。
帰るために、守って。
死なないために、頼りにして。
「でも、あなたは救世主になりたいわけじゃない。あなたはあなたでいたかっただけ」
「っ、はあ? 何を言ってるの? 意味がわからないんだけど」
「ただ、帰りたかっただけ。そして家族に会いたかっただけ」
微かに息を飲む音が聞こえる。私は視線を彼女のほうへと移す。
「私と同じ……救世主たちと同じ、ただの女の子ですから」
「っ……!」
「それに私と代わるならもっと早くにできたはずです。それなのにそれをせずあなたは私を見ていてくれた。そこにはきっと意味があって、でも私にはわからないので教えてくれませんか」
「……知ってどうするのよ?」
「わかりません。まだ私は何も知らないので」
彼女は私の答えに呆れてしまったのか、はあと息を吐いた。そしてゆっくりと近づいてくる足音。
「変な子」
とんっとおでこに小さな衝撃があったと思ったら、徐々に戻り始める視界。
「……」
見えた彼女は、いろいろな感情が混ざった表情で笑っていた。




