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「あ……」


 記憶(アネモネさん)を取り出したせいで、ぐらりと私のほうへ倒れてくるドウマン。私はそれを慌てて支える。


 頭を打ったら大変だ。


 そう思いながらしっかりと支えていると、腕の中のドウマンが小さく動いた。私は顔が近くなりすぎないようにしつつドウマンに声をかける。


「ドウマンさん」


「……っ!」


「え……」


 声をかけられたドウマンは私を見るなり、ズササササッと音が聞こえるような素早さで私と距離を取った。その素早さをぽかんと間抜けな顔をして見てしまう。


「も、申し訳ありません! 無礼をお許しください……!」


「え、いや、あの、私は大丈夫ですから顔を上げてください。それに謝るとしたら私です。勝手にドウマンさんに触れてしまいましたし、近すぎましたよね。ごめんなさい」


「っ、いいえ! あ……」


 顔を上げたドウマンは私を見た瞬間、ぶわっと首まで赤くし私から視線を逸らした。


 ん、んん。このドウマンの反応は……。


「救世主様は何も悪くないので、気になさらないでください」


「ありがとうございます」


「……あの、救世主様」


「はい。なんでしょうか」


「途中から記憶がないのですが、アネモネ様とお話しできましたか」


「はい。できました。そしてついさっきアネモネさんは私の力の中へとお引っ越ししました」


「お引っ越し……それではアネモネ様は消えていないということですか」


「はい。私の力の中で生きています」


 ドウマンは嬉しそうに、でも少し泣きそうな顔をして「そうですか」と言った。


「ドウマンさん。一つ確認したいことがあるのですがいいですか」


「はい」


「アネモネさんの記憶が水晶のような形をしているって聞いたのですが、私が視たアネモネさんの記憶は炎だったんです。それってどういうことなんでしょうか」


「水晶のような形のほうは偽物で、本物の記憶は炎なのです。本物の記憶はアネモネ様の魔力と同じ色を持つ守護者の中へと隠し守ってきました」


「なるほど。あと、これはアネモネさんの話とは違うのですが……ドウマンさんは私のことをどう思いますか」


「っ、どう、とは?」


「私のことを優しいとか怖いとか……そういうのが難しければ好きか嫌いか普通かみたいな感じで私のことをどう思いますか」


「……」


 ドウマンは私から視線を逸らし、右手で口元を隠した。そしてまた色づき始める顔。


 それを見て私は思う。この感じは嫌われてはいないと。そしてどちらかと言えば好きの気持ちなんだろうなと。


 私はただドウマンの答えを待つ。なので少しの沈黙が続き、ちらりと私を見るドウマンの肩から力が抜けたように見えた。


「……お慕い、しております」


 呟きにも似た小さな声。けれどしっかりと私の耳に届いた言葉。そしてドウマンは話を続けた。


「初めてお会いした日は、アネモネ様のこともありクロウを真似て救世主様に近づきました」


「あの、どうしてクロウさんを真似たんですか。そのままのドウマンさんでも問題ないように思いますけど」


「それは前の救世主様が私の接し方を好んでおらず、クロウの接し方には好感を持っていました。なので同じ失敗をしないようあなた様にはクロウの接し方にしました」


「なるほど。でもそれは人によると思いますよ」


「救世主様の仰る通りですね。私がクロウを真似て救世主様に近づいたとき、救世主様は笑顔でありながらどこか嫌がっているように見えましたので。あのときのことは本当に申し訳なく思っております」


「あ、いえ。それは……大丈夫ですよ」


 少しひきつった笑みになってしまう。


 いやまあ、私はわかりやすいらしいから気づかれている可能性はあった。だからドウマンが気づいているのはどうしようもない。だけどもう少し、こう、なんとかならなかったのか私よ。それに恐らくクロウも気づい

ているんだろうな。


「救世主様は表情が素直に出ますね」


「え、と……それはどっちの意味ですか」


「いい意味で申し上げております」


「本当ですか」


「はい。だから私はあなた様を信じることができました。そして使命や興味といった考えや想いから、温かく制御するのが難しい想いへと変化していったのです」


「……」


「救世主様。私はあなた様を心よりお慕いしております。それが救世主様の質問の答えです」


 そう言いきったドウマンは優しく微笑んで、自身の心臓辺りに触れた。


 私はドウマンを見ながら、どう返事をするべきか考える。


 聞き方が悪かった。団長さんに教えてもらったときにいろいろ考えていたのに……全部すっぽ抜けてそのまま言葉を口にしてしまった私の馬鹿。


「救世主様」


「はい」


「悩まないでください。私はこの想いへの答えがほしいわけでも、受け入れてほしいわけでもありません。ただ私があなた様をどう思っているかの質問に答えただけのことなのですから」


「……っ」


 ドウマンに何か言おうと口を開きかけてやめる。


「救世主様。一つだけお願いをしてもよろしいですか」


「なんでしょう」


「救世主様が成したいことを成し遂げ元の世界へと帰る前に、少しだけ私と話す時間を作っていただけないでしょうか」


「っ、もちろんです! 話しましょう!」


 勢い強めに言うとドウマンは本当に嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と言った。


「こちらこそありがとうございます」


「なぜ私にお礼を?」


「ほんの少しかもしれませんが、ドウマンさんを知ることができたので。本当のドウマンさんの笑顔は温かくてほっとします」


「……そう、ですか」


「はい。ドウマンさんとお話しできてよかったです。もし話すことがなかったら、私はずっとドウマンさんを苦手なままだったかもしれません」


「……」


「ドウマンさん。私にお声をかけてくださったこと、とても感謝しています。だからありがとうございます」


 笑顔でドウマンに伝える。そしてドウマンから借りた本を手に取り、にっと笑う。


「ドウマンさんからお借りした本で勉強も頑張ります。まだまだ知りたいこと、知らなければならないことがありますから」


「私でお力になれることがあれば遠慮なく仰ってください。すぐに駆けつけますので」


「ありがとうございます。情けない話ですが、たぶんすぐに頼ってしまいそうです」


「頼ってください。救世主様お一人で頑張る必要はないのですから。救世主様には私たちがおります。一人で抱えて苦しまないでください」


「っ……!」


 ぶわっと感情の波が襲ってきて涙が出そうになる。それをぐっと抑えて「ありがとうございます」と少し震える声で伝えた。

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