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 なんとも言えない感情を抱いたまま迎えた朝。


 未だにぐるぐると感情の波が押し寄せては引いていくのを繰り返している。


「この、タイミングで視たってことは……」


 もしかするとドウマンが何か関係しているのかもしれない。それを教えてくれようと楓さんの力が発動したのだとしたら……。


 ドウマンが始まりの救世主に操られている可能性。

 ドウマンがアネモネさんと繋がりがある可能性。

 その両方である可能性にどちらでもない別の可能性。


 閉じていた目を開き、顔を上げ前を見る。そこには薄暗さが広がっている。


「……この世界に喚ばれてから今までの経験上、たぶん最初に思い浮かんだ二つが正解だ」


 それなら覚悟が決められなかったなんて言い訳をしてる暇はない。


 知らなきゃ駄目だ。ちゃんと。


「ちゃんと知る努力を……」


 私は両頬を小さく叩いて笑顔を作る。


 笑顔は、幸運の魔法。


 ぎこちなさを感じさせてはいけない。


 心は前向きに、笑顔はとびっきりのを。


 頭の中で何度も復唱してクローゼットから出る。そして身支度を済ませ書庫へと向かう。


 ドウマンにはどうやって切り出そうかと悩みながら。



    ***



「救世主様。お待たせしまい申し訳ありません」


「いえ! 私も今来たばかりですので気にしないでください! それよりありがとうございます」


 慌てて椅子から立ち上がりドウマンの元まで行く。するとドウマンは目を細め慈しむように笑った。


「これが昨日お話ししていた本です」


「ありがとうございます。すぐに読んでお返ししますね」


「いえ。すぐてなくとも大丈夫ですよ。救世主様が満足し、納得するまで読んでから返してください」


「ありがとうございます。お言葉に甘えてじっくり読みますね」


「はい」


 ドウマンの言葉にありがたいと思いながら、意識は少し遠くにいる。


 結局ここに着いてもドウマンについてどう聞こうか答えが出なかった。


 さて、どう切り出そうか。タイミング的にはここかな。ここだよね。よし。


「ドウマンさん」


「救世主様」


 重なってしまった声に慌てて謝罪する。


「ごめんなさい! なんでしょうか?」


「こちらこそ申し訳ありません。いえ、先に救世主様のお話から」


「すみません。できれば私より先にドウマンさんからお願いします。私の話はとっても長くなるので」


「そうですか? それでは私から先にお話しさせていただきますね」


「はい」


「救世主様に視ていただきたい記憶があるのです」


「……どうして私に視る力があることを知っているんですか」


 言ってから愚問だと思った。だって考えればすぐわかることだ。団長さんたちから伝わってるって。それなのに動揺していた私の口からはそんな疑問がぽろりと出てしまった。


「救世主様の視る力に気がついたのは、本当に偶然でした。昨晩、私の守護する記憶が救世主様を映したのです。そして救世主様に繋げよ(・・・)と記憶は私に告げました」


「……っ」


 昨晩ということは、あのとき私が視ていた記憶はドウマンが守っている記憶だろう。そしてその記憶の持ち主がアネモネさんかそれとも靄になりつつあった女性のどちらだろうか。


「ドウマンさんが守っているその記憶の持ち主は誰ですか?」


 私の問いにドウマンは一度目を伏せて、そしてすぐにすみれ色の瞳が私を捉える。


「私が守っている記憶の持ち主の名は、アネモネ・ライ・フィンド。始まりの救世主が最期に会った方の記憶です」


「最期に……あの、記憶を守っているということは形があるということですか」


「はい。水晶のような形をしております。ですが私たちは記憶に触れることができません。記憶に触れられるのは救世主(あなた)様だけです」


 記憶は水晶のような形。

 記憶に触れられるのは私だけ。


 ちょっと待ってよ。どうして記憶が形として存在しているの。それに記憶はどうやって形になったの。


「ドウマンさん。アネモネさんの記憶が水晶のような形になったのはいつ頃ですか」


「アネモネ様が亡くなった日です。前触れなく記憶は水晶のような形となりアネモネ様の体から出てきました。そしてその記憶はアネモネ様の高純度の魔力で包まれその存在を隠しました」


「存在を隠したのなら、守る必要がないように思うんですが……」


「その状態を維持することは容易ではありませんでした。ですから私たちフィンド家の者が常に高純度の魔力を注ぎ、その状態を維持することで守ってきたのです。始まりの救世主に悟られないように」


「っ……待ってください! 始まりの救世主に悟られないようにしていたのにそれをここで私に言ってしまったら意味がないじゃないですか!」


「それは大丈夫ですよ。今の救世主様にはアメリア姫とエミリオ王子がおりますから。お二方の力と救世主様が揃えば無敵に近いので、始まりの救世主がこの話を知ることはないでしょう」


「え……?」


「アメリア姫は無の力でエミリオ王子は有の力。そしてお二人はその力を使いこなせる。けれど今までお二人には力の主人となる救世主がおりませんでした。ですが救世主様と出会い、救世主様の力となりました。故に救世主様がいる限りお二人は最強ですよ」


「……」


 なんだろう。さっきからなんか引っ掛かる。でも何かがはっきりとしない。


 下がりかけていた視線をドウマンへと戻し、じっとドウマンを見つめる。


 ……ドウマンの話に変なところはなかったはず。それなのにやっぱり何かが引っ掛かる。


 私はあまりにもそれが気になりすぎてドウマンに返事もせず、ただただドウマンとの会話を思い出す。


「あ……」


 音にならない音が口から零れる。


 ドウマンは、始まりの救世主が最期にアネモネさんに会った(・・・)と断言した。どうして断言できるのだろう。それを証明できるような何かがあったのだろうか。何代も続いているのならあり得なくはない。だけど……。


 ゆっくりと瞬き一回。


 今私が思っていることができるかわからない。だけど楓さんたちの力は私の味方だ。そして力は私と一緒に成長しているはず。


「……」


 そう。だから今の私ならできる。できるんだ。


 視線をドウマンから逸らさない。

 視る(・・)先はーードウマンの中。


 二つ(・・)の淡く揺らぐ炎のようなものが視える。それが意味することは一つ。


「今のあなたは本当にドウマンさんですか」


 そう言った私の声は思ったりよりも響き、そして少し緊張していた。

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