4
ドウマンと散歩をした日から特に何もなく三日が過ぎた。まあ、その三日の間にアリシアさんとエミリオ、ユーリとフォールマにもドウマンのことを聞いたんだけどみんな団長さんと同じことを言っていた。
ただ、エミリオだけは「クロウを恋愛の手本にしているように見えた」と言っていた。
エミリオだけだったけどそういう風に見えたということは、ドウマンも恋をするのが初めてなのかもしれない。
「……」
とは思ったけど、今まで恋をしても上手くいかなかったからクロウをお手本にしたということもあることに気づいて……私の脳内は混乱中だ。
目の前にある文章を流し見しながら、書庫で大量の本に囲まれつつドウマンのことを考える。
「これは……」
ドウマンに聞いたほうが早いような気はする。だけどドウマンが本当の自分を隠してしまったら……。
「私は、知ることができない」
本当のドウマンを。
ドウマンの考えや想いを。
「救世主様。何かお困りですか?」
「あ、ドウマンさん。いえ、少し本の内容が難しくて読むのに苦戦中なんです」
「なるほど。少し本をお借りしてもよろしいですか?」
「はい」
柔らかく笑って私から本を受け取ったドウマンは本を真剣な表情で読み始めた。
ドウマンのすみれ色の瞳が文字を追い動く。
とても綺麗な瞳だ。
ドウマンと話すときに目をしっかり見ることがなかったから気づかなかった。だからついじっと見つめてしまう。
少しの間ドウマンを見つめていると、その綺麗な瞳が上へと動き私を捉える。
「救世主様……」
「はい」
「その、申し訳ありません。救世主様に見つめられますと緊張で集中できないので、少し私を見るのをやめてください……」
「っ! あ、ごめんなさい!」
頬を色づけ恥ずかしそうな表情に、謝りながら慌てて机に視線を移す。
ついまじまじと見てしまった。そりゃあ見られていたら集中切れるよね。私でも気になって切れるし。申し訳ない。
「……」
見続けてしまったこととは別な話、団長さんから聞いた今ならわかる。確かにドウマンは私に好意があるように見えるし感じる。だけどその想いは本物だろうか。
これはあくまで憶測でしかないから違うかもしれない。だけどもし始まりの救世主の力が働いていて救世主に好意を寄せるように操られていたとする。それが私の憶測ではなく真実だとしたら、ドウマンの本当の心はどこにあるのだろう。
「救世主様。お待たせ致しました。この本の内容と同じことが書かれていて且つこれよりもわかりやすく書かれている本を私が持っています。救世主様が嫌でなければ、その本をお貸ししますよ」
「嫌じゃないです! 貸していただけるならぜひ貸してください! お願いします!」
「はい。では、明日の朝に私とここで会っていただけますか」
「もちろんです! あ、でもお借りする立場の私が待つだけというのは申し訳ないので取りに伺います」
「いえ。それはお気になさらずに。そもそも私が貸しましょうかと聞いたのですから。それにここでしたら他にわからないところがあってもすぐに答えることができますので、救世主様が嫌でなければここで会っていただけるとありがたいです」
「え、あ、すみません。それじゃあお言葉に甘えてお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願い致します」
このあと少しだけ別の本の内容について質問したりしてドウマンと二人っきりの時間を過ごした。ただ覚悟が決められなかった私はドウマン自身については何も聞くことが出来なかった。
***
眼前に広がる色とりどりの可愛らしい花たち。それはまるで花の絨毯のようで。
吹く風に髪は踊り揺らぐ。まるで春の訪れを知らせるような心地よい風に、思わず目を細める。
大きく息を吸って空気を取り込む。そして肩の力を抜きながら息をゆっくりと吐き出す。
「ここはいつもと違う……」
ここは夢ではないし、よく似ているけれどひなたちゃんがいる場所でもない。
それならば答えは一つ。私は楓さんの力をコントロールできずに発動してしまっているということ。そして問題が一つ。これが誰の記憶なのかがわからないということ。単純に考えると力の持ち主だった楓さんだけど。
目を凝らし辺りを見るけれど、遠くまでお花が咲いていて地面を彩っている。
ふと遠くから女性の震えた声が聞こえ、急いで声のしたほうへと足を動かす。そして声の人物を見つけた私は、女性の姿に思わず口を押さえた。
「……」
黒い靄。だけど今まで見たどの靄とも違う。
逃げたい。
怖い。
寒い。
体は震え、がちがちと歯が鳴り始める。心臓はざわざわと騒ぎ悲鳴をあげる。
私は自分を守るように腕を回し、縮こまりそうになる体を意地と気力で立たせる。
『アネモネ……っ! アネモネ!』
女性の声にはノイズが混じっていた。そしてアネモネと呼ばれた老齢の女性が靄になりつつある女性を呼ぶ。けれど女性の名前だと思うところが音になっておらず聞こえない。
『ーーっ! 何があったの! 何があなたをそんな姿に!』
『それを話している余裕がもうないの……お願い。アネモネ、わたしを覚えていて。わたしが人間だと、覚えていて』
アネモネさんに縋るようにして必死に「覚えていて」と言う女性は、まるで女性自身に自分は人間だと言い聞かせているような気がした。
『覚えているわ。絶対に忘れない。ーーが人間だということを』
『ありがとう。最期にどうしてもアネモネに会いたくて。アネモネ。この世界がどうなっても変わらないで。どうか私に負けないで、希望を繋い、で……』
その言葉を聞いた瞬間、勢いよく私の意識が浮上する。そして息を忘れていたのか、思いっきり空気が取り込まれる。
「っ……!」
目を開け、回りを確認する。寝たときと同じクローゼットの中。
荒い呼吸を整えるように深呼吸を繰り返す。体から力を抜き手を開いたり握ったりを何回か繰り返す。そして気づく。自分の手が氷のように冷えていることに。
「あの人……」
過る考えに私は体を抱き締めるように腕を回し、顔を膝に埋めた。




