不浄との出会い
はーい。どうも。今のところ元気に異世界生活を送っている冬夜雪月です。帰る方法はまだ見つかっていません。帰りたいです。ホームシックです。
えー、先日のことですがギルベルト・フライクという男性が私にとって爆弾発言をしました。そのせいで私は彼と一緒に不浄がいる森へと来ています。
そして現在、私たちは不浄と交戦中。つまり冷静にあれこれ振り返っている暇はないんだけど……。
「雪月! 避けるんだ!」
「っ……!」
自分が現在持てる限りの全力の瞬発力で『不浄』の攻撃から避ける。
そう。考えている暇なんてないんだけど、あまりの怖さに脳内が現実逃避している。私は死が近すぎると、逆に冷静になるタイプらしい。
「オマエ、イラナイ。イラナイ」
さっきからそう言って私を攻撃してくる不浄。倒し方なんて知らない私は、本当に全力で避けるだけ。だが、そろそろ私の体力も限界に近い。
ギルベルト・フライクは私の前にいる不浄とは違う不浄と戦ってくれていて、私の方には来ないようにしてくれている。
あっちの不浄も何か言っているのが聞こえる。こっちの不浄とは違う言葉で、かなり大きな声でまるで叫んでいるみたいだ。
こっちの不浄はどちらかと言うと、静かで冷たい感じ。あっちは興奮していて熱い感じ。
まるで不浄にも性格があるみたいに感じる。
「オマエ、イラナイ。イラナイ」
思案していると、突然ビュンッと風を切る音が耳に届く。そして私の右横の地面がナイフのような武器で割られる。
「……」
さーっと血の気が引き、我に返る。
「だから冷静に考えてる場合じゃないんだよおおおおおお……!」
いくら脳内が冷静であっても、体の疲労はどうにもできない。限界ぎりぎりの私の足はかなり震えている。それはもう生まれたての小鹿のように。ぷるっぷると。
でも逃げなきゃ……。
逃げなきゃ、殺される。わけもわからない世界とわけもわからない生物に。
「それは嫌だ……!」
私は意地で走り出す。目的地なんてない。作戦もない。ギルベルト・フライクから離れすぎるのも危ない。それでも走る。
心臓は痛いくらい早く動くし、息もしづらくなってきた。でも、それは私が生きているから起きる現象で。
だからこそ、私はまだ安心にも似た感情があるのだ。
まだ私は生きている。生き続けたいからーー。
「オマエ、イラナイ。イラナイ」
すう、と息を大きく吸う。そして立ち止まり、大声で言う。
「あなたの『いらない』は聞き飽きた! そういうことを言いながら襲ってくるから不浄なんて呼ばれるんだよ!」
私の言葉は届かないだろう。それでもいい加減頭にきているのだ。これだけ『いらない』を連呼されて嫌な気持ちにならない人間はいないだろう。
何よりこの言葉で少しくらい隙が生まれないかなとか思っている。そうしたらどうにかなる……気がする。うん。
「……」
だが、気がするでは駄目なのだ。これから先、帰る方法を見つけて無事に帰れるまで、私は自分の力でどうにかしなければならないのだから。
ふう。だから冷静になれ。冷静になって探せ。どうすれば助かるのか。
「オ……」
「お……?」
「オマエ、イラナイ。イラナイイイイイアアアアアアアア!」
ビリビリッと空気が震える。
不浄が頭を押さえて叫んでいる。まるで自身に暗示をかけているみたいに。
「オマエ、イラナイ。イラナイ。オマエ、イラナイ。イラ、なくない。助け……て」
瞬間、私の体は勝手に不浄に向かって動いていた。
別に正義の味方になりわけじゃない。救世主になりたいわけでもない。むしろそんな回りの評価なんてどうでもいい。
でもこの行動の結果論が正義の味方だとか救世主だってなら、それはそれでいい。でも勘違いするな。これは全部自分のためにやることであって、この世界や人類のためじゃないということを。
だって助けを求められたあの一瞬、不浄が自分に見えてしまったんだもの。
いや、もしかしたら罠で近づいたら死んでしまうかもしれないけれど。
それでもたぶん助けなきゃ私が後悔する。それは死ぬのと同じくらい嫌だ。
「あー! もう……!」
矛盾だらけだな、私の行動。死ぬのが嫌で、死にたくないって言ってるのに危険事に自分から首を突っ込んでる。
「馬鹿でしょ、私」
そんな自分に苦笑する。
「オマエ、イラナイ。イラナイ」
ボロボロッと大粒の涙を流しながら、同じ言葉を繰り返す不浄。
私は立ち止まり、不浄に問いかける。
「どうしたらあなたを救えますか」
私と不浄の距離はほんの僅か。腕を少し伸ばされたら、私の首だ。掴まれたり、絞められたら私にはなす術がない。
だが、私の心はとても穏やかだ。
「グ……」
唸り声のような音を漏らす不浄。私はただただそんな不浄を見つめる。
「ミト……メテホシイ。ワタシハガンバッタ……の」
「……うん」
「ワタシ……ハガンバッタノ。ダケドダれもワタシを……」
言いながら、ボロボロと涙を流す不浄に手を伸ばす。そしてゆっくりと抱き寄せる。