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遠くから目覚ましの鳴る音が聞こえて起きた私は、見たはずの夢の内容をほぼ全部忘れてしまっていた。
とりあえず覚えていたのはユーリのことだけ。ユーリのあとも何かを見たはずなんだけど、朧気ではっきりとしない。
何か、とっても大切なことだった気がする。
そういう気がするのに、まったく思い出せないから意味がない。それにあれから何時間も経ってしまったから尚の事思い出せないしぼやぼやするしで悲しくなってきた。
ユーリとの訓練を真剣にやり終えてからずっと意味もなく木を眺めている。
「あー……」
「救世主様。何か気になることでも?」
「え?」
突然声をかけられて振り向くと、ドウマンが笑顔で立っていた。瞬間的に前に会ったときの記憶が呼び起こされて、ぞわっと毛が逆立つ。
「私がお手伝いできることならば喜んで力を貸しますので仰ってください」
「い、いえ特にはありません。お気遣いありがとうございます」
苦手意識がついてしまっているので、どうしてもひきつった笑顔になってしまう。
「そうですか。ではまたお手伝いできることがあればすぐにお呼びください。駆けつけますので」
「ありがとうございます」
「いえ」
……あれ、なんだか雰囲気が違うような感じがする。気のせいかな。
じっとドウマンの顔を見つめていると、彼の頬が薄く色づき始めていくのがわかった。そしてドウマンが少し照れたように私から視線を逸らし俯く。
私は前のドウマンと今のドウマンの違いに、ぽかんと間抜けな顔をしてしまう。
え、今私の目の前にいるドウマンは私が知っているドウマンですか。どうなんですか。もし同一人物ならあまりにも前と違いすぎませんか。前はもっとこう押せ押せな感じだったと思うのですが……。
「あの、もしかして体調が悪いですか?」
「っ……いえ! とても元気です!」
「そう、ですか。それならよかったです」
ばっと顔を上げたドウマンの頬が先程よりも赤く染まっていて驚くのと同時に、勢いがある返事に少し安心する私。
「あの……救世主様はこのあと何かご予定はありますか?」
「え? あ、その……」
突然の予定確認に狼狽えてしまい歯切れが悪い音だけが口から出ていく。その様子を見ていたドウマンはどこか意を決したように口を開いた。
「もしあなたがよければなのですが、一緒に散歩でもしませんか。もちろん私は指一本触れないことを誓いますので」
「……散歩だけなら」
「っ、感謝致します。良い散歩道を知っていますので、ぜひそこを歩きませんか」
「はい」
「では、行きましょう」
ぱあっと花が咲いたように笑うドウマンに、私の調子がどんどん狂っていく。
ドウマンの心境とかに何か変化があったのかな。前のように無闇矢鱈に触ってこないし押せ押せでもないから、今のドウマンなら普通に会話できる気がする。あくまで今のドウマンは、だけど。
「……」
うん。とりあえず私らしくドウマンと向き合おう。前のように隠さず、ある程度ぶつかってみる。それで駄目ならそこまで。命が危なさそうならどうにかして生き残るだけ。
苦手だからと知ろうとしないのは、あとで後悔しろと言っているようなものだ。それにもしかしたら団長さんたちのようにいい関係が築けるかもしれない。
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「わあ、綺麗……」
「今の時期、水晶の花が見頃なんですよ」
「そうなんですね。とっても素敵で綺麗」
返事をしながら、辺り一面を見る。
太陽の光を浴びてきらきらと輝く花びら。吹く風に花が揺れると、光がふわっと浮かび風と共に流れていく。
「気に入っていただけたようで何よりです」
「あの! ここへ連れてきてくださってありがとうございます。とっても綺麗で、どきどきしてます。あ、いや、わくわくかもしれません」
あまりの美しさに私の胸がこう、楽しいって叫んでいる。なので身ぶり手振りでドウマンに気持ちを伝える。
「そこまで喜んでいただけると私も嬉しいです」
そう言って柔らかく笑うドウマンはとても紳士的で、思わず首を傾げてしまう。
散歩しているときもあまり話さなかったし、話したとしても私が問いかけたときだけ。基本は私のする話を静かに聞いてくれていた。
私はもうドウマンという男性がわからない。どっちが本当の性格なのだろう。団長さんたちならわかるだろうか。帰ったら一度聞いてみよう。




