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「一つ約束してほしい」
「それは、内容によります……」
「この先どうしても全てから逃げたくなったら、僕にだけ教えて。僕があなたを逃がす。そしてあなたを追う全てから守り抜くと誓う。だから隠さず教えてほしい」
「……」
「それが無理なら僕はあなたに力を貸せない」
ああ。この気持ちをなんと言葉にしたらいいのだろうか。
嬉しさ。むず痒さ。驚き。困惑。
いろいろな感情が私の中を走り回っている。その中のどれか一つだけが正解ではなく、今私の中にある全部の感情が正解で。
まだ王子に対して恐怖心はある。だけど怒りはなくなった。
「王子様。本当にありがとうございます。私のことを考えてくれて……約束します。もし逃げたくなったら必ずあなたに言います。あなたにだけ、言います」
いろいろな感情が混ざっているせいで表情も複雑になってしまったけど、王子の顔をまっすぐ見て言い切る。すると王子は柔らかく笑った。無表情なときからは想像もつかないほどの優しい笑みで、私は間抜けな顔をしてしまう。
「ありがとう。それなら僕はあなたの力として、僕の全てを懸ける。そして僕自身も守り抜くと誓うよ」
「っ……ありがとうございます! それからよろしくお願いします!」
言い切ってから勢いよく頭を下げる。床を見ながら、私は嬉しさから口角が上がってしまう。
王子は本当に私のことを考えてくれているのだと思う。だって王子は、王子自身も守り抜くと言ってくれた。それが嬉しい。
これから私が王子に対する恐怖は少しずつ薄れていくと思う。それくらい王子は私を考えてくれている気がする。
「冬夜雪月さん」
「はい」
「初めてお会いした日にあなたの肩を刺したこと、お詫び申し上げる」
「え……あ、もう大丈夫ですよ。謝らないでください。それにほら、理由があったわけですし」
「理由があったにしても、刺した事実がある。そしてあなたに傷痕を残した。それに対して謝罪もなしに都合よくあなたの力となるわけにはいかない」
「では、その謝罪を受けとります」
私は王子に近づき、王子の目線に合わせて少し上を見る。そして少しの間のあと私は一文字ずつ大切に音にしていく。
「そして私はあなたを許します」
「そんな、簡単に……」
「あなたが私の力なら、あなたは私の心も同じです。自分を許せずに自分の力を遺憾なく発揮できるとは思いませんから。だから私は王子を許します」
「っ……」
王子が突然片膝をついて、私を見上げた。
「エミリオ・ルウ・アルディーナはあなたに誓います。必ずやあなたを元の世界へと無事に帰し、あなたがこの世界で成したいこと成せるようこの力を振るわせていただきますことを」
私は笑顔でお礼を伝える。すると王子は何を思ったのか私に手を伸ばして右頬に触れた。
「は……」
驚きで言葉になりきらなかった音だけが出ていく。
「……」
両頬に口づけされた感触が残っているのはわかる。前から右頬が王子。後ろから左頬がアリシアさん。
いや、いやいやいや。アリシアさんはいつ私の後ろに回ったんだ。まったく気づかなかった。それよりもアリシアさんが後ろに回ったことに気づこう、私よ。もしアリシアさんが敵だったら死んでいたぞ。ああそれよりどうしてアリシアさんたちは突然私の頬に口づけしたんだ。今まで救世主はそれで力の譲渡をしてくれていたけど、アリシアさんたちは力そのものだから……。
大混乱中の私が二人の顔を見ると、とても満足そうな表情をしていて何も言えなくなる。
「これで私たちは正式に雪月様の力です」
「あなたの心のままに使ってほしい」
瓜二つの笑顔で二人は声を揃えて「よろしくお願いします」と言った。もう私は二人に何も言う気にもなれず、ただただ笑顔で頷いた。




