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 あの日から幾日か過ぎ、私はユーリに特訓してもらいつつフォールマのところへ通う日々を送っている。


 楓さんの力はなんとなくコツを掴めたように思う。だけどまだまだコントロールが完璧ということではないので、そこを重点的に訓練中だ。


「ピャッ」


「うん……」


 そしてついさっきユーリとの訓練を終えて、今は図書室へと向かっている最中。


「キュキュ」


「うん……やっぱり気のせいじゃないよね」


「ピャッ」


 どこからかはわからないけれどここ数日ずっと見られている。それはもうずっと。部屋にいても感じる視線に私は参っていた。だからここ数日はちゃんとベッドで寝てるふりをして朝になるまでの時間を過ごし、ユーリと訓練する前に少しだけ寝させてもらっている状態だ。


「……はあ」


 周囲を確認しても見当たらないから、上手に隠れているんだろうとは思う。だけどそれなら私が見られている(・・・・・・)と感じないように見てほしい。いや、見られたいわけではないけど。気持ち的な問題で見られていると感じるのと感じないのとではかなりの差がある。


 さて、この視線のきっかけはなんだろうか。前まではなかった。


「あ」


 そういえばフォールマと話し出してからだ。この視線を感じるようになったのは。つまりフォールマが関係しているってことかな。そうだとしてフォールマが私と仲良くするのを快く思わない人物。例えばフォールマに恋をしている女性とか、フォールマを尊敬していて自分が認めた人以外が彼の近くにいることを許せない人とかだろうか。他にも理由があるかもしれないけど今の私が考えられる理由はこの二つだ。


「……あ、いやもう一つある」


 そしてこれが一番可能性が高くて私の命が危ない理由。


 それがーー救世主(わたし)を嫌いな人。


 もしかすると私が今まで気づかなかっただけでずっと見られていたのかもしれない。私がこの世界の人たちと関わり、私の回りに人がいる。それはつまり救世主の回りに人がいるということ。そして自分でいうのもなんだが、救世主(わたし)に心を開いてくれている人たちがいる。だからこそ私を見ている相手が私にわかるようにしたのだとしたら……。


「それは、すっごく怖い」


 じわじわと恐怖が襲ってくる。


 どこから見てるのか。

 いつ襲ってくるのか。

 性別は。

 年齢は。

 職業は。


 次々に出てくる疑問と不安。重くのしかかってくる恐怖。


 もしこの考えが合っていたとしたら至急どうにかしなくてはならない。なぜなら部屋の中にいても感じる視線。それはつまり私に気づかれないよう姿を隠し部屋の中にいるということだ。


「……」


 この世界に喚ばれてからの全部を見られていたと考えると、さあっと血の気が引いていく。でもまだ手を出してこないということは、様子見なのだろう。それならここから私はどう動くのが正解なのか。


「ユヅキさん。そんなところで立ち止まってどうしたんだ?」


「あ、フォールマ。いや、なんと言えばいいのか……」


「ああ、なるほど。俺と一緒に医務室へ行こう。怪我が悪化するといけない」


 一瞬、フォールマの言葉の意味がわからず眉間に皺が寄ってしまう。だけどフォールマが私の手を取り、驚いた私が手から彼の顔を見たときにその意味がわかった。だから私は慌てて頷きフォールマにあわせる。


「あ、うん。ごめん。ありがとう」


「気にすることはない。ユーリと訓練をしているときは集中しているから気づかなかったんだろう。今度からは悩まずに俺のところへ来てくれ」


「うん。そうする」


「さ、立ち話をしていても怪我は治らないから医務室へ行こうか」


「うん」


 小さく頷きフォールマに続いて歩き始める。そして未だ感じる視線がただただ怖くてしかたがない。



    ***



「ここは少し特殊で俺の好きにできるんだ。だからいろいろと張り巡らしてある。ここに来てくれれば守れるから、何かあれば迷わず来てくれ」


「うん。ありがとう……それにしても、よく気づいたね」


「あなたのことを見ているからな。少しの変化も見逃さないさ。それに見逃して後悔したくない」


「……ありがとう」


 とりあえず医務室(ここ)は安全ということで肩の力が抜ける。だけど問題は何も解決していないわけで。


「ユヅキさん。俺はあの視線の持ち主に心当たりがある」


「え、本当? 教えてほしい」


「あの視線の持ち主は、この国の王子だろう」


「お、うじ……」


 王子って、つまりあの狸国王の息子ってことか。その息子が私を見ている。


 何それ。どういうつもりで見ているんだ。でもあの狸国王の態度に変化はない。


「ちなみに微かにしか気配がないが姫もあなたを見ている」


「っ……!」


 くらっと意識が遠のきそうになるのを意地で引き留める。


「お姫様まで私を見ているなんて……ああ、もう頭が痛い」


「あなたの頭をさらに痛めるかもしれないが、恐らく姫はあなたの救世主活動にも着いて行っているはすだ」


 フォールマの言葉に頷く。だってそうだろう。ここでずっと見られているのに、私がここから離れたときだけ見ないなんてそんなことあるはずがない。フォールマは恐らくと言ったけど、私は絶対に着いてきていると言える。


「……」


 着いてきて私の邪魔をするわけでも、私の命を狙うわけでもない。そして一つ思い出したことがある。部屋でも感じる視線は、ある時間からなくなる。それは私が寝る時間の少し前から。私が寝ようとベッドに近づいたタイミングでなくなるのだ。もしそれがお姫様によるものだったら。


「私は……お姫様と一対一で話してみたい。それが一番いい気がする」


「駄目だ。それには賛成できない。もしあなたに何かあったら大変だ」


「心配かけてごめん。危険なのはわかってる。だけどもし私を殺すのが目的ならいつだって殺せたと思う。寝るときやお風呂のときは一人だし、それに団長さんたちと別れて一人で行動していた時間もある。それでも私を殺さなかった。そこにはきっとちゃんとした理由があるよ。だから話してみたい」


「……」


「そりゃあみんながいてくれたら安心するよ。でもそれだと意味がない。一対一じゃなきゃいけない気がするの。だからお願い。一対一で話すことを許して。そしてこのことは団長さんたちに言わないで。私とフォールマだけの秘密にしてほしい」


 私は立ち上がり「お願いします」と言って頭を下げる。するとフォールマは息を吐き出し「わかった」と言った。その言葉に顔を上げると、言葉や声とは裏腹に納得していませんと言わんばかりの不服そうな顔をしているフォールマが目に映る。


「あなたがそういう性格なのはシヴィから聞いていたけど……本当に、馬鹿な人だ。心配でこちらの寿命が縮んでしまう」


「ごめん……」


「ユヅキさん。一つ約束してくれ。もし姫と話しているときに、王子があなたの前に現れたら全力で逃げてここへ来ること。決して一人でどうにかしようとしないでくれ」


「うん。迷わずここに来る」


「あと、姫と話すときも気を抜かないように」


「わかった」


「約束だぞ」


 まっすぐフォールマの目を見つめ、はっきりと「約束する」と伝える。そして暫くいろいろと話し合い自分の部屋へと戻った。

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