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今、とてつもなく大声で言いたいことがある。誰か叫んでも大丈夫なところを知りませんか。
「……ふう」
いや、落ち着こう。心を穏やかに。深呼吸して。
……駄目だわ。さっき国王に言われた言葉を思い出しちゃって、ふつふつと際限なく怒りが沸いてくる。
何が「あの清めの儀はお主が救世主としてやっていけるかの試験だったのだ」だ。つまり、あの人たちがポイ捨てしてたのってわざとってことでしょう。
そしてそれを見て「きゃー! 救世主様ー!」って馬鹿じゃないの。私は睡眠時間をがっつり削るはめになったというのに。いや、嫌なら逃げれば……違う。逃げていたら恐らく問答無用で殺されていた。逃げずに頑張ったから今の私がいる。そうだ。そう考えよう。うん。
そして護衛というか私に付き従う仲間は、私に防御魔法をかけて「それじゃあ救世主様。頑張ってね。防御魔法がかかってるから安全だよ。安心して作業を続けてね」と言って部屋に行ってしまったのもしかたない。うん。しかたがないのだ。もしかしたら私と同じくらいしか眠れていないかなと思っていたが、彼らの目の下や肌を見たらその思いも消されたけど気にしない。
あとは国王に「救世主として合格したお主は、これから多くの不浄を倒してもらう。決して死なないように」と言われたのも気に……するわあああああああああ。
何でだよ。何でなんだよ。『不浄を倒す』って何。ゴミ拾いで何ができるようになったと言うんだ。誰か教えて。
私は怒りに任せて与えられた部屋にあった、ふわっふわの枕を思いっきり叩く。きっと枕はこう思っている「解せぬ」と。だがしかしごめんよ。八つ当たりさせてくれ。
「どうした? 随分と荒れているじゃないか」
その声に枕を叩く手をとめて、ばっと振り返る。
「よお。救世主のお姫様」
翡翠色の瞳に長い赤色の髪を三つ編みにして前側に垂らしている男性が、開いている窓に立っていた。
ついでに言うと、これまた美形だ。さぞモテることだろう。この世界の顔面偏差値はどうなっているんだ。高すぎではないだろうか。
そしてどうやって窓まで来たんだ。この部屋は高い場所にあるんですが。まさかよじ登ってきたのかな。え、この美形が。それは絵面的に問題があるんじゃないかな。あるよね。残念な感じになるよね。さて、それでどうやって来たんだろうか。
「あ、俺はギルベルト・フライク。君の名前は?」
私が彼をじーっと無言で見ながら思案していると、彼は思い出したように名乗ってくれた。そして私の名前を聞いてくれる。
「……」
この世界に来てから初めてだ。名前を聞かれたの。ずっと『救世主様』って呼ばれるだけで、誰も私の名前に興味はなさそうだったし。うん、だからだろう。私の口からすっと自分の名前が出てきたのは。
「冬夜雪月」
「ユヅキ、ね。どういう字なんだい? この世界とは違う字だと思うから教えてくれないか」
人懐っこい笑みで彼、ギルベルト・フライクは言った。
私は彼を机まで案内して、紙を取り出す。ファンタジーのような世界だから羽ペンを想像していたのだが、万年筆のような感じだ。書き心地は最高にいい。
書き慣れた自分の名前を紙に書いていく。
「こう書くの」
「へえ。すごいね」
彼は興味深そうに、紙に書かれている字を見ている。
「貴方の名前はどう書くの?」
「ん? 俺はね、こう」
万年筆を私から受け取った彼は、私の名前の下に筆を走らせる。字にすると長いんだな。
んー。見たことのない字だけど、この人が書く字って綺麗だ。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
「へ……?」
「声に出てたよ。綺麗な字だって」
彼は楽しそうに笑いながらそう言った。
その表情を見て思う。この世界に来てから会った人たちとは違う雰囲気だ、と。詳しく言うのは難しいけど、どこか違うのだ。
だからと言って安心してはいけない。いつ、どこでどうなるかわからないのだから。
「君の字も綺麗だね。一文字一文字に意味があるの?」
「ありがとう。んー、意味……。意味というか、この字は冬でこっちが夜。それからこれが雪で最後が月だよ」
自分で書いた文字を指で差しながら、とりあえず一文字ずつ読んでいく。意味ってそうことを聞きたいわけじゃないだろうけど、ごめん。私にはこれが限界です。
「冬の夜に雪と月、か。綺麗な名前だね。君によく似合う」
自然な所作で彼は私の髪に触れた。そして私の目をじっと見つめて……。
「この長く美しい黒い髪に、黒い瞳はまるで夜のようだ。そして君の声は月の光のように優しい」
そう言うと彼は微笑んだ。対して私は、髪に触れられた時から驚いて固まっていた。
歯が浮くような甘い言葉とはこういうことをいうのだろうか。言われたことがないのでわからないが。
「ごめんね。君に許可なく触れて」
「あ、いや、大丈夫です」
……あれ。クロウやドウマンに触れられた時は気持ち悪かったけど、この人は嫌じゃない。いや、嫌じゃないだけで好きではないけど。
私たちの間に沈黙が訪れる。ぐ、沈黙が辛い。饒舌に話されるのも辛いけど、沈黙も辛い。な、何かないか。
「……」
逸らしていた視線を彼に戻すと、ギルベルト・フライクは私をまっすぐ見ていた。
そして彼は、私にとって爆弾発言をしたのだ。「あ、そうだ。国王様から聞いていると思うけど、今回は俺と一緒に不浄退治だよ」と。
いや、聞いていませんが。そんなことさっき国王は一言も言っていませんでしたが。今回は一言一句聞き逃さないようにしてたから、間違いない。
大切なことはちゃんと伝えてくれ。言い忘れじゃなくて、わざと言わなかったんですかね。もう、本当に信用ならない。
早く帰る方法を見つけなくては。