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それは本当に、突然のことだった--。
日が沈み、時刻が深夜一時頃ユーリが酷く苦しみ始めたのだ。そして慌てて城勤めの医者や癒し手フォールマに診てもらったけれど、もう手の施しようがないと言われた。
何かの間違いだと、医者やフォールマの顔を見るけど……みんな深刻そうな顔をしていてそれが本当であることを突きつけられる。
突然の死の宣告……。
体から血の気が引いて、呼吸がしづらくなる。
震える手を握り、どうにか自分を奮い立たせる。
私が弱気になってどうする。フォールマたちにどうにかできなくても、私にできることがあるかもしれない。
「……」
そう思って考え始めてから三十分。ユーリはいまだ苦しそうにしている。
「ユーリ……」
私はタオルでユーリの額の汗をそっと拭う。
「う……くっ……」
「……」
「本当に死にそうなのね」
突然、扉のほうから声が聞こえて視線をそちらに移す。するとそこには薄桃色の髪に青い瞳の一見とても優しそうな女性が立っていた。でも私の直感が違うと言っているし、身体中がぞわぞわとする。
何も言わずじっと見つめていると、彼女と目が合った。
「もしかして、あなたが救世主様?」
「はい」
「わあ、そうなのね! はじめまして。わたくしはミリア・ローズホワイト。以後お見知りおきを」
表情明るく私に自己紹介する彼女に、私は固まった。
この人が、ミリアさん。ユーリがお姉さんと言っていた人。
私は何も言えず、ミリアさんに頭を下げる。すると微笑んで、優雅にこちらに歩いていきた。そしてベッドの横で立ち止まり、ユーリの頬を撫でた。
「ユーリ。わたくしよ。わかる?」
「ミ、リア、ねえさん……?」
「そう。しっかり目を開いて、わたくしを見なさい」
「……」
「いい子ね。ユーリ」
しっかりとミリアさんを映すユーリを褒める彼女。そして頬を撫でて、頭を撫でるミリアさん。
「苦しいわよね。解毒薬が存在しない毒を飲んだのだから」
「え……!? どういうことですか!」
「ふふ。わたくしの暗殺を企んだ者がおりまして。それに気づいたユーリがその者を捕らえてから、毒を飲み干したのですわ」
「そんな……」
信じられない言葉に開いた口が塞がらない。それどころか聞き捨てならない言葉を聞いた。
「なんで捕まえてから、毒を飲む必要があるんですか。そのまま毒はどこかで処分すればいい話でしょう」
「ふふ。だってその毒を飲んだらどうなるのか見てみたくて、わたくしがユーリに飲むように言ったんですもの」
「は? 飲むように、言ったんですか? ユーリはあなたの弟でしょう」
「いいえ。この子はわたくしに従順な魔獣ですわ。この子の代わりなどいくらでも用意できますもの」
「げほっ……ぐっ……」
「ユーリ!」
しまった。弱っているユーリの前でするような話じゃなかった。
「ミリアさん。少し外でお話ししましょう。ユーリの前で話すことではないです」
「別にわたくしは気にしませんわよ。だってこの子はもう死ぬのだから、夢を見させてあげる必要がないですもの」
「ミリアさん! 部屋の外へ行きましょう」
「どうして? 現実ではいい夢を見させてあげたのよ。死ぬ間際は絶望して苦しめばいいと思うの」
それを聞いた瞬間、私はミリアさんの腕を強く引っ張って扉に向かって歩き出した。だけどミリアさんの護衛の人に捕まって手を放される。
「こら、あなたたち。救世主様に無礼を働いては駄目よ。彼女は世界を救ってくださる存在なのですから」
「……」
「救世主様。護衛の者が大変失礼致しました。痛むところはありませんか?」
「大丈夫です。私も強く引っ張ってしまってすみません。ですがここで話す内容ではないので、お願いですから部屋の外に行きましょう」
「わかりましたわ。ただ少し待っていただけるかしら?」
「いいえ。待てません。行きましょう」
これ以上苦しんでいるユーリには聞かせない。早く部屋の外へ出さなきゃ。
そう思ってミリアさんにはっきりと伝えた。それを聞いたミリアさんは意外にも素直に部屋の外に向かって歩き始めてくれた。ほっと息を吐く。だけど、突然ミリアさんが振り向いた。
「ユーリ。あの一族最後の生き残りがあなたのような愚か者で、死んでいった一族の者たちは恥ずかしいでしょうね」
彼女が言い終わる前に部屋の外へと押し出し、後ろ手で扉を閉める。
どうかユーリに最後まで聞こえていませんように。
そう願いながら私はミリアさんを見る。目が合った彼女はとても愉しそうに笑っていた。
「救世主様。死にかけでもよろしければ、あの子をあなたに差し上げますわ」
「何を言って……」
「わたくしにはもう必要ありませんし……あなたのほうがあの子を必要としている。そうでしょう?」
「……」
「ふふ。あとはあなたのお好きなようにしてくださいな。わたくしが何か申し上げることは致しませんので」
私はただ彼女を見ることしかできなかった。そしてそんな私を余所に、彼女は続けて「用件は終わりましたし、わたくしはこれで帰りますわ」と優雅に言って帰って行った。
「ふー……」
息を吐き出し、大きく吸う。
ユーリを侵しているのは毒だとわかった。でも解毒薬はない。
「……ルナ」
「ウォン」
「お願いがあるの。ユーリを侵している毒の解毒薬を作ることってできる?」
「クウ」
ルナは私の問いかけに、首を横に振り申し訳なさそうに一鳴きする。
「そっか……ごめんね。無理を言って」
「ワンッ」
本当に為す術はないの。何か、何かないか。
「ピュッキュ! ピャッ! ピャッ!」
部屋の中からリーヤの声が聞こえ、慌てて中へと戻る。そして目に映るのは、リーヤがユーリの額に右手をあて左手で私を手招きする姿。
「ピャッ! ピャッ!」
「リーヤ、どうしたの?」
「ピュッキュ」
「ユーリの中……」
「ピャッ」
「楓さんの力を使うってこと?」
そう問いかけるとリーヤは満足そうに頷いた。
「でも、ユーリは毒を飲んで……」
「キュキュ」
「それ、本当……?」
「ピャッ」
「わかった。やってみる」
「ピュッキュ!」
「ウォン」
リーヤが言ったことが本当なら、ユーリを救えるのは私しかいない。
私はユーリの手を握り、意識をユーリに集中させる。
今はこの力をしっかり扱うために訓練してる最中で、まだまだ駄目だけど……自分を信じるしかない。
「ユーリ。すぐに行くからね」
ゆっくりと自分の意識が沈み、暗闇の海へと行く。




